4.4 難燃材料の安定性と製品の信頼性

4.4.1 燃焼による構造変化の概要


 難燃材料の最も理想的な設計思想の一つは,燃焼時に有機材料自身は分解せず,燃焼を阻害する添加物は速やかに分解することである。しかし多くの場合このような材料の設計は困難である。500-600℃で分解しないような有機材料は成形性が悪く,材料として優れたものではない。材料に添加された難燃剤が燃焼時に速やかに分解するような化合物の場合には,使用時または成形時に分解したり,揮発したりするのを防ぐことができない。一方,成形材料及びその材料を用いた成形品の信頼性や安全性はますます重要な特性となってきている。経時的な難燃剤のブリードや分解は製品に決定的なダメージを与える。消費者に最終的にわたる成形品の品質ばかりでなく,難燃剤の分解や揮発による成形工場の環境悪化も問題である。使用時や加工時には安定し,燃焼時には速やかに分解するという相矛盾する性質を有する典型的な難燃剤として,ハロゲン化炭化水素と酸化アンチモンの併用が知られている。この難燃システムは使用時,及び加工時にはそれぞれ安定している2つの化合物が燃焼温度付近で速やかに反応することによる,相矛盾する特性を現実のものとしている。しかし,多くの難燃材料の研究では難燃性自体の特性に重きが置かれ,より重要な製品の安定性,信頼性,環境性などは充分に注意が払われていない。その結果,火災時により信頼性のある材料として用いられるべき難燃材料が有毒ガスの発生,低い信頼性,環境の悪化の原因と指摘されている1),2),3),4)。ここでは難燃材料の安定性と信頼性について有機リン化合物の例を挙げて解説する。図 3.4 1のPPE/PS燃焼時に材料表面に炭化層を形成するPPE,PCなどの芳香族ポリマの場合には,UL-94試験において第一接炎より第二接炎時の燃焼はPPE/PSのアロイの組成によらず,一定の傾向を示す。

図 3.4 1 第一接炎と第二接炎時の燃焼の差

 これは燃焼と共に有機材料表面に炭化層(char layer)が形成されることによる5)。表 3.4 1に示すように炭化層の組成は有機材料の平均的な組成よりも,炭素がリッチであり,特に原子比では水素に対する炭素の比率が変化している。これは高分子鎖から脱水あるいは脱水素により,材料表面では燃焼時に水素の引き抜きが起こることを示している6)。

表 3.4 1 燃焼後の元素分析と組成の推定

 芳香族リン化合物にリン化合物を添加したときの燃焼の様子は,コーンカロリメータ(Cone Calorimeter)を用いて測定することができる。 難燃剤をブレンドしない時にはRHRは急激に上昇するが,難燃剤として働くリン化合物をブレンドすることによりRHRの上昇は緩やかになり燃焼時間は長くなる。リン化合物のブレンドにより,PPEの燃焼が抑制されている7)。

表3.4 2 難燃材料の安定性と信頼性の研究に用いたリン系難燃剤


4.4.2 加水分解性

 PPEやPCのような芳香族ポリマーでの難燃性を向上させるために加えられる有機リン化合物の選択と言う見地からは,リンに隣接するエステルがフェノール性であることが望ましい。リン化合物は非ハロゲン難燃材料として有望であるが,ハロゲン化炭化水素と酸化アンチモンの組み合わせのような明快な相乗効果を有するものは発見されていない。赤リンは良好な難燃剤であるが,空気中で分解し安定性の高い難燃材料を作ることは困難である。また分子量の小さいTPPは揮発性があり,成形時に揮発して成形品に割れをもたらしたり,成形工場を汚す。またTPPで成形された難燃材料は高温などにさらされたときには成形品内部から揮発やブリードが原因となり成形品の信頼性を失わせる。TGAにおける20%の原料温度を分子量の関数として整理すると直線関係が得られる。即ち、TPP, CDPのような単量体は300-400℃の範囲にあり,BBC, RBPなどの二量体は700-800℃の温度範囲であることが判る。

図3.4 2 リン系難燃剤の分子量と20%分解温度


4.4.3 ゲルの生成

 成形時の安定性という点で考えると,300-400℃の重量減少温度と,700-800℃の温度では決定的な違いがあることは明らかである。即ち有機リン化合物においては,例えば分子量の小さなTPPの高温での安定性が十分でないことが判る。また、更に成形時の安定性,信頼性はTGA測定のように単純な熱安定性のみでは判断できない。成形時には大きなシェアーがかかり,高分子鎖同士の摩擦,ねじれによるダメージが大きい。有機リン化合物をブレンドしたPPEをラボプラストミルで混練したときのトルクの上昇について,2量体のうちの代表的な有機リン化合物であるRBP,BBCの結果を図3.4 3に示す。

図3.4 3 ラボプラストミルで混練した時のトルクの変化

 2量体のリン化合物の中でも最も一般的に使用される一つであるRBPはPPEの混練と共に,著しいトルクの上昇が見られる。これに対してBBCはトルクの上昇は見られない。成形体の外形でもRBPをブレンドしたPPEが点状の分解生成物が観測され,約50%以上のトルエン不溶分を生じるのに対して,BBCをブレンドしたPPEは異物,着色,不溶分などは見られなかった。BBCがブレンドに対して極めて安定していることが判る。TGA測定で観測されたような単純な熱安定性におけるTPPとBBCの差は化合物の基本的な特性の差として理解することができる。それに対してラボプラストミルの実験でのRBPとBBCの成形安定性の差は化学的な安定性の差であると考えられる。この原因を解明するために,RBPとBBCの加水分解性を測定した。図3.4 4には水溶液中での加水分解の時間を測定した結果を示した。

図3.4 4 リン系難燃剤の構造と加水分解性

 加水分解速度はRBPにおいて最も大きく,この条件では2日以内にほぼ総てのRBPが分解する。2量体のリン化合物のうち,その構造によって加水分解速度が異なる。加水分解反応は多くの有機反応の内でもイオン性の高い反応であり,構造や溶媒との関係が強い。この場合も二量体の間のベンゼン環を含む構造によって速度が支配されている可能が高い。ベンゼン環の置換基と電子状態を整理したHammet's ruleについて関係のある化合物について整理すると加水分解性との関係が認められる。このことから芳香族リン化合物の加水分解速度は2つのリンの間のベンゼン環の電子状態に支配されていることが判った。特にRBPの場合にはレゾルシノール基がリンの加水分解を促進し,この反応によって生成するリン酸が更にRBPの加水分解を加速すると共に,PPEと反応してゲル化させることが考えられる。これに対して,分子内にビスフェノールAの構造を有するBBCでは2つのベンゼン環の間のプロピル基によって電子的な共役が切断され,その結果リン酸エステルの加水分解が抑制されていると考えられる。


4.4.4 安定性のもたらす効果

図 3.4 5 Mold surface of PPE/PS/TPP after 500 shots by injection mold

図 3.4 6 Mold surface of PPE/PS/BBC after 20000 shots by injection mold


参考文献

1) 武田邦彦, シーエムシー,1996年1月号, p.5-31 (1996).
2) 武田邦彦, 大木伸介, 七条謙一, 高山茂樹, マテリアルライフ学会誌, 7 (3) 126-135 (1995)
3) 高山茂樹, 大竹準三, 掛川純子, 武田邦彦, 第42回高分子学会年会, 42, No. 7, (1994).
4) 高山茂樹、掛川純子、工業材料, Vol.43, No.2, pp.48-54 (1995)
5) Fenimore.C. P., and Martin, F.J., Modern Plastics, 44 (3) 141 (1966).,Fenimore, C. P. and Martin, F. J., Combustion Flame, 10, 135-139 (1966).,van Krevelen, D. W., Polymer, 16 (Aug.) 615-620 (1975).,van Krevelen, D. W., Chimia, 28(Sep. ) 504-517 (1974).,van Krevelen, D. W., "Computational Modeling of Polymers", Chap. 1, (1991)
6) K.Takeda, "Recent Development of Flame Retardancy", Lectures held by Japan Polymer Science Society, Nov.12, 1996
7) K.Takeda, T.Takahata, and M.Kinoshita, Conference on Polymer Degradation and Stability, Japan, held by Polymer Science Society, Japan, Dec. 12, 1996