4.3  燃焼時の煙の低減の研究

4.3.1  低発煙化の概要


 火災の時に火傷で焼け死ななくても、煙に巻かれて死亡することが多い。一酸化炭素による中毒死が多いが、難燃材料から出る有毒ガスや、難燃材料が燃焼しにくいので、より多くの一酸化炭素が出て死亡に至る場合がある。この様なことが起こると、難燃材料自体の必要性に対して疑問が起こるのは当然である。

図 3.3 1 ABSから煙に至る過程

図 3.3 2 PVCから煙または炭化物への経路


図 3.3 3 燃焼時のベンゼンの生成と炭化物生成及び酸素指数(PVC)

 特にアメリカでは火災の時の煙についての研究が進んでいる。ここでは簡単に現在の低発煙化の研究を紹介する。表 3.3 1に低発煙化の方法を示す。低発煙化の方法としては可燃材料自体を不燃材で覆うことの他、材料面の改良として、PVDC, PTFEなどの低発煙構造の高分子や、無機質のフィラーを混入すること、また水酸化アルミニウムなどのガスの希釈剤として働くものを混入させる方法がある。また最近では金属元素の添加によってすすの発生を提言させる方法も研究されている。

表 3.3 1 低発煙化の方法

 煙の量を減少させるには、燃焼を完全に進めるか、もしくは高分子の中から出る分解生成物を少なくするか、さらにできた炭化物を気相に出さないなどの原理が有効である。即ち、完全に燃やすと言うことでは何円生徒相反するのであまり意味がないが、分解生成物を揮発させないと言う点では、炭化層の形成に基づくもの、架橋させるものが効果がある。また、炭化層の粘度を上げたり、補強したりすることが煙を減少させる。


4.3.2  発煙抑制の具体例

4.3.2.1  無機難燃剤と発煙抑制

図 3.3 4 PPと無機難燃剤のブレンドの発煙性

図 3.3 5 修飾した無機化合物と発煙

図 3.3 6 修飾した無機化合物のブレンドと発煙(ABS)

 PPに無機難燃剤を混合したときの煙の発生についてのグラフでは、水酸化アルミニウム、水酸化マグネシウムでは確かに発煙を抑制する効果が見られるが、炭酸カルシウムは50%混入している分だけ煙が少なくなっているに、すぎない。これはサンプルがそれだけ少ないのと同等であるので、煙を抑制する効果があると言うことにはならない。炭酸カルシウムは分解温度が高いので、当然の結果と言えよう1)。

図 3.3 7 水酸化物ブレンドによる発煙抑制

図 3.3 8 水酸化マグネシウムブレンドによる発煙性(NBS-smoke test)


4.3.2.2  PVCの発煙抑制

 発煙は燃焼ともに起こるので、基本的には発煙温度は燃焼温度と同様の傾向を示す。しかし、発煙性という点を取り上げると、発煙を抑制する化合物は発煙開始の温度が上昇し、燃焼中でも発煙量は減少する。例えば、塩化ビニルに酸化銅を添加すると、発煙が著しく抑制される。燃焼時の発煙の基本的な傾向は、難燃剤が含まれると煙の発生は大きくなる。この理由は燃焼が不十分になり、すすが多く出ると考えられる。仮に高分子が完全に燃焼すれば、炭酸ガスと水しかでないのであるから、煙は発生しない。もし、低分子の揮発性分がそのまま燃焼せずに発生しても、それだけでは煙にはならない。煙になるためには、人間の目に見えることが必要である。最低の大きさは可視光線の波長の程度であり、0.4-0.8ミクロン程度である。可視光線波長の短い方では煙としては認識できず、「少しけぶっている」という程度である。しかし可視光線波長の長い方の大きさになると、空気は白濁し、煙に見える。さらに煙の粒子が肥大化してミクロンオーダーに成長すると、我々が日常的に観測する「煙」になる。もっとも一般的にはこの様なミクロな煙と燃焼によって部分的に飛び散る「煤」を含んで「煙」ということが多いので、煙の定量はなかなか困難である。

図 3.3 9 酸化銅と発煙性

表 3.3 2 塩化ビニル樹脂に対する低発煙化剤の低発煙効果(無煙燃焼)

 現実的に煙の量を減少させるために、種々の試みが行われている。その一つに、難燃材料に金属元素を添加する方法があり、それによると、最大煙濃度(Dm)はマグネシウム、亜鉛、アンチモンなどで20-30%程度減少している。

表 3.3 3 電線用塩化ビニル樹脂の発煙性に対するモリブデン化合物の添加効果

 塩化ビニルの発煙性については多くの研究があるが、特にモリブデンの化合物を添加すると発煙性が低下することが知られており、表 3.3 3に見られるように、発煙量は4分の1程度になり、酸素指数も若干ではあるが、上昇している。

図 3.3 10 アルカリ土類元素を中心とする低発煙効果

 塩化ビニルにの発煙は熱分解過程の塩化ビニルの芳香環発生と関係あると考えられるが2)、この様な熱分解過程で種々の元素が反応経路に影響を与えることが知られている。これまでの研究の結果を西沢3)が整理したものを示す。

図 3.3 11 塩化ビニルに対する金属酸化物の低発煙効果

図 3.3 12 塩化ビニルのホウ酸亜鉛の添加と発煙抑制
(DOP(可塑剤)50Phr,エポキシ5Phr,安定剤3Phr,厚さ25μmの試料を取って燃やした)

 図 3.3 12に塩化ビニルのホウ酸亜鉛の添加と発煙抑制を示した。図 3.3 12よりホウ酸亜鉛の添加量を多くするに従い、酸素指数は増加している。また、最大発煙量はホウ酸亜鉛の添加により約3phrから著しく減少し、ホウ酸亜鉛の添加により発煙は抑制されることがわかる。次に図 3.3 13にホウ酸亜鉛と酸化アンチモンによる塩化ビニルの発煙抑制の併用効果を示す。図 3.3 13よりホウ酸亜鉛のみでは約3phrで最大発煙量が最小である。塩化ビニルにホウ酸亜鉛と酸化アンチモンを併用すると、割合によっては発煙が抑制される4)。

図 3.3 13 ホウ酸亜鉛と酸化アンチモンによる
   塩化ビニルの発煙抑制の併用効果b

無機化合物は種類が多いのでこのほかにも多くの難燃剤が知られている.その1つに無機ガラスを生成する難燃剤系がある.また,無機イオンまたは金属イオンと錯体を形成する化合物が難燃剤として知られている。低発煙化のために加えられる金属元素の量は数%にすぎないこともあって、金属元素の併用効果が多く研究されている。その代表的な例を下に示した。

表 3.3 4 無機化合物と酸化アンチモンの併用効果

図 3.3 14 DOPで可塑化した塩化ビニル樹脂の発煙性に及ぼすDOP添加量、添加剤の影響

 同様に可塑化した塩化ビニルの可塑剤の量との関係では、可塑剤の量が増大すると一時的には発煙量が増大する傾向にある。図を表にしたものが下表である。

表 3.3 5 DOPで可塑化した塩化ビニル樹脂の難燃性発煙性とモリブデン化合物の添加効果

 難燃材料の研究では特定に金属化合物と有機錯体形成化合物との複合材料が使用される.これは燃焼現象が基本的には化学反応であるために,触媒的に作用する金属元素の影響がおおきいからである.

図 3.3 15 遷移金属元素とアセチルアセトネートの低発煙効果(塩化ビニル)c

 遷移金属元素に官能基を有する有機化合物を添加すると燃焼時の煙の発生は抑制され、難燃材料の加工性も高いと報告されている。

表 3.3 6 無機化合物の添加したPVCのArapahoeテスト結果
(100PhrのPVCに30PhrのDIDP、7Phrの安定剤、0.8Phrの滑剤を添加した試料)

表 3.3 7 難燃剤を添加したPVCのArapahoeとNBSテストの結果
(100PhrのPVCに30PhrのDIDP、7Phrの安定剤、2Phrの酸化アンチモンと0.8Phrの滑剤を添加した試料)

表 3.3 8 難燃剤を添加したPVCのUL試験と酸素指数およびArapahoeテストの結果
(100PhrのPVCに38PhrのDOP、14Phrの50%塩化パラフィン、5Phrのエポキシ化大豆油、1Phrの安定剤、35Phrの炭化カルシウムを添加した試料)


4.3.2.3 リン化合物と金属元素の併用による低煙化の研究例

 リン酸エステルは無機系の減煙助剤との併用で減煙効果を発揮することがわかっている5)。減煙効果を有するリン酸エステルとしては、アルキルアリールリン酸エステル、例えばODP(2-ethylhexyl diphenyl phosphate),LDP(lauryldilhenyl phosphate)6)等が知られている。

図 3.3 16 LDPとポリセーフ NS-80併用による相乗効果

 味の素は独自に発煙性の改良を行うための処方を研究しており、アンチモン-亜鉛ベース無機系減煙型難燃剤で「ポリセーフNS-80」が開発されている。この難燃剤とLDPを組み合わせると相乗効果が発揮され、図 3.3 16に示すように、この2種の併用によりそれぞれを単独で用いた系よりさらに3割程度の減煙が可能となる。

図 3.3 17 レオフィス65とポリセーフNS-10併用による減煙効果

 一方、難燃型可塑剤として最も広く用いられているトリアリールリン酸エステルも無機系の難燃助剤との併用で減煙効果を付与することができる。「ポリセーフNS-10」はマグネシウム系の減煙助剤であり、トリアリールリン酸エステルと併用し使用した場合、その相乗的な効果で減煙が可能となる。図 3.3 17にトリアリールリン酸エステルを用いた場合の結果を示す。


4.3.2.4  ポリウレタンの発煙

図 3.3 18  難燃剤添加による発煙性の比較(ポリエーテルウレタンフォーム)

図 3.3 19 ポリウレタンの発煙抑制

図 3.3 20 水酸化アルミニウム添加量と発煙性の関係

 ポリウレタンフォームに水酸化アルミニウムを添加すると一般的に発煙性の改善が見られるが、ジメチルホスフォネートのような化合物を同時に添加すると、発煙量が低下するデータも得られている。


4.3.2.5  PVC、ポリウレタン以外の樹脂の発煙抑制

表 3.3 9 鉄化合物のブレンドと発煙抑制


4.3.2.6  フィラーを含む材料の低発煙化

 D.Chaplin7)らは、DOP、安定剤、ワックス、充填剤、難燃剤を添加したPVCについて、SnO2の添加効果を研究している。塩パラ難燃剤の2倍量添加とSb2O3との対比で、低発煙効果の実験を行い、図 3.3 21、図 3.3 22に示す結果を得ている。この様なSnO2とSb2O3の挙動の差は、Sb2O3が主としてガス相における難燃効果が主体であるのに対し、SnO2がガス相と固相の両相において難燃効果を示すためと説明することができよう8)。

図 3.3 21 フィラー(チョーク)を100部含む発煙性についてのアンチモン(Sb2O3)とスズ(SnO2)の効果d

図 3.3 22  フィラーと塩化パラフィンを含む塩化ビニルに対するアンチモン(Sb2O3)とスズ(SnO2)の効果


参考文献

1) J.M. Stinson and W.E. Horn: Journal of Vinyl & Additive Technology,Vol.1,No.2,(1995),94-97
2) Latimer, and Kroenko, J.Polymer Science, 26, 1191 (1981)
3) 西沢 仁、高分子難燃化技術における金属酸化物の効果(第1回),No.6,p.116-125(1995)
4) 西沢 仁、高分子難燃化の技術と応用、シーエムシー、p.333-335、1996
5) 宮地、難燃剤懇話会技術セミナー資料(1995)
6) Y.Miyachi,F.R.C.A.International Conference,p.49(1995)
7) D.Chaplin and S.C. Brown,FRCA研究報告、Lousiana,March(1990)
8) 西沢 仁、高分子難燃化技術における金属酸化物の効果(第2回),No.6,p.113-120(1995)