4  難燃性関連の科学

4.1  着火性


4.1.1  着火の基礎

 可燃性ガスの着火は理論的な数値が得られにくい。元々、着火という現象は可燃性化合物が酸素と反応するに必要な活性化エネルギーを温度で示すことに他ならない。通常の化学反応的に表現すれば、反応を開始できる温度と言うことができる。

 その点では、化学の初歩的グラフを持ち出す必要がある。

図 3.1 1 着火に至る化学的経路

 酸化反応が他の一般的な化学反応と異なるのは、生成反応できわめて大きな発熱があることと、気相で反応が進むので、酸化反応場の熱容量が小さく、そのために、反応場の温度が急に上昇して、いったん始まった反応は止まらないことにある。即ち、活性化エネルギーはある程度一定でも、何らかの反応が局部的に起こると、それがたちまち全体に拡がるのである。そのため、次の表に示すように、着火温度は引火温度ほどには規則的ではない。

表 3.1 1 揮発性化合物の着火温度一覧表

 可燃性ガスの着火温度に比較して、固体の着火温度は高いと考えら得る。これはもともと燃焼するのはガスであり、固体はいったん分解してから酸化反応に寄与するからである。しかし、実際の着火温度は、固体の方がガスの時より着火温度が低い。

表 3.1 2 固体の着火温度

 これは、固体の中にある着火しやすい化合物が何らかの理由で着火し、その後はその酸化反応熱によって、連鎖反応が起こるからである。複雑な組成を持つ固体の場合ほど、その中から出るもっとも着火温度の低い化合物によって着火するので、ガスより低い値が観測される。

 IDTは着火温度であり,この着火温度はヒートフラックスに依存する。IDTの逆数とヒートフラックスのグラフを描くと,IDTの逆数はヒートフラックスに比例するので,横軸の交点を求めると,それが「着火臨界熱流束(critical heat flux)」になる。主としてエンジニアリングプラスチックの実験から,着火臨界熱流束を求めるグラフ,及び求められた着火臨界熱流束を表 3.1 3に示した。図でに見られるように、Irradianceを横軸にとって、着火温度の逆数をプロットすると、直線が得られる。この直線と横軸の交点が着火温度の最低温度を示すことになる。臨界着火温度を表に整理すると、おおよそ難燃性材料は着火温度も高いことを示しているが、PCは着火温度が比較的低く、HIPSなどよりこの面では難燃性が劣るという結果を得た。

図 3.1 2 輻射熱に対する発火遅れ

 これらのデーターからプラスチック着火臨界熱流速が計算される。

表 3.1 3 各ポリマーの着火臨界熱流束


4.1.2  難燃性と着火性

 これをグラフで整理すると、次のようになる。酸素指数との間に一定の関係が認められるが、分解性のPVCが傾向からはずれるのは当然である。

図 3.1 3 酸素指数とコーンカロリメーターで測定した臨界熱流束

 着火温度のデーターは今後の難燃材料研究に面白い結果を与えるであろう。実用的にはアメリカでは燃焼の継続よりも着火に重点が置かれた規格が検討されており、特に住宅部門では着火しにくい材料が求められている。着火の研究は燃焼継続の研究に対してまだあまり行われていない点でも重要である。同じような測定がポリエチレンで行われている。

図 3.1 4 ヒーターの輻射熱と発火時間の関係(PE)

 低密度ポリエチレンに臭素化合物(デカブロモジフェニルオキサイド)とSb2O3を添加した材料の着火時間をコーンカロリメータで測定した例を示す。臭素化合物単独を添加した試料では難燃剤添加量とともに着火時間が徐々に遅くなり、燃焼性は低下する。一方、Sb2O3と臭素化合物を添加した試料ではどの輻射熱でも10~15部までは着火時間は遅くなるが添加したときが限度で、それ以上添加してもほとんど効果は上がらない1)。

図 3.1 5 デカブロ添加のPEの着火時間と酸素指数

図 3.1 6 デカブロと酸化アンチモン併用のPEの酸素指数と着火時間


4.1.3  フィラーや無機化合物を含む材料の着火性

 一般的に金属水和物の添加量が増加すると着火時間が長くなる。また、添加量が増加するに従い、着火時間の変化率が小さくなり、これは輻射熱をわずかに大きくしただけでも非常に着火し易くなるので、一旦着火すると自身の燃焼熱により燃焼が拡大する2)。

図 3.1 7 エチレン系コポリマーに水酸化マグネシウムを加えた材料の着火

 着火の測定をポリプロピレンで行った具体的な例を示す。

図 3.1 8 PP混練物の発火時間

次に着火時間との関係では、フィラーを加えた方が着火までの時間が長くなる。


図 3.1 9  PP混練物での発熱速度のピークに対する発火時間率
(conversion of HRR of PP composites into HRR of PP)

 しかし、本質的に着火時間が長くなる理由を調べるために、発熱量で着火時間を除したグラフを見ると、

図 3.1 10  PP混練物での発熱速度のピークに対する発火時間率

発熱量(ピーク時)との関係ではより顕著な結果を得る。すなわち、水酸化マグネシウムは発熱量を抑えると共に、発熱量に対する着火時間をさらにのばすことが判る。すなわち、水酸化マグネシウムの効果は発熱量を減少させるばかりでなく、発熱量の低下以上に着火時間をのばすことができると言うことを示している。燃焼の抑制と共に最近では特に着火の重要性が指摘されている.着火を抑制する水酸化マグネシウムのような化合物は今後の研究対象となろう.

図 3.1 11 種々の難燃剤と着火時間の関係


参考文献

1) 居内謙治、戸野正樹:燃焼シンポジウム講演論文集、Vol.33,No.11,475-477(1995)
2) 吉田伸、近藤健二、伊藤一巳、会田二三夫、吉田正志:電気学会全国大会講演論文集,No.3,219-220,(1992)