3 断熱層の形成

3.3 材料表面への伝熱抑制

3.3.1  材料表面の熱の伝熱と反射

 燃焼の初期段階では材料表面の高分子が輻射熱や対流、伝導による温度の上昇によって分解するので燃焼が継続すると表面には高分子の分解生成物が蓄積したり溶融高分子が材料表面から垂れたり、はじけたりして初期の高分子の状態とはかなりその様相が異なってくる。またプラスチックの種類によって燃焼が継続した時の表面の状態は大きく異なる。その特性を利用して材料表面に輻射熱を反射する物質を蓄積することによって材料の温度上昇を防止することができる。

3.3.2  材料表面の断熱

 材料表面の炭化層の形成は材料構造のみならず難燃剤やその他の添加物によって様々に変化する。その典型的なものが有機リン化合物であるが、そのほかにも「難燃剤」として用いられている多くの化合物が炭化層の形成に寄与する。チャー形成に関する総まとめの論文は既に1977年に出され、その時点でチャー形成の研究は一段落し、それと同時に1970年代からの難燃材料の研究は炭化層形成から「表面膨張層(Intumescent)」の研究に移行した。「表面膨張層」とは燃焼時に表面にふくらし粉でパンを膨らませたような層が形成され、そこで分解生成物の拡散や伝熱が抑制されるものである。高分子を難燃化するのに容易で適当な方法があるもの高分子は良いが、燃え易くハロゲン化合物による気相の反応抑制も材料表面のチャー形成も進まない一連の高分子の難燃化の研究を通じて「表面膨張層形成」の技術が生まれてきた。既に1971年には表面膨張層による有機材料の難燃化の総合報告がでている1),2)。材料表面を発泡させ、気泡の低い熱伝導率を利用して材料内部への熱伝導を防ぐ。この原理を応用した方法として、「表面膨張層(インツメッセント:intumescent)」という方法がある3)。材料表面に泡状の層を作りそこで表面の熱が内部に伝わらないようにする方法であり、表 2.3 1に示したように表面の泡の層の厚みが増大すると、火源の温度が相当高くならないと燃焼は継続しないことが知られている4)。

表 2.3 1 表面に気泡を持つ断熱層を形成したときの燃焼継続の為の外部温度
厚み(cm) 外部温度(℃)
0.01 342
0.1 743
0.07 1500
1.0 4600

 この考え方を応用したものに、イントメッセント法が知られている。燃焼表面に発生する断熱層の写真を下に示す。

図 2.3 1 ホウ酸リンアンモニウムを混練したポリウレタンのイントメッセント炭化層

 この実験で得られた炭化層の厚みは、0.18cmであり、表 2.3 1の結果を参照すれば、1000℃以上の断熱効果を有すると言うことになる。燃焼場での温度は800-1200℃であるので、この程度の断熱層の形成は燃焼の阻害に十分であることがわかる。


3.3.3  イントメッセント系

 イントメッセント系の位置づけは、「ハロゲンでは十分でない」「リン化合物を使用しても炭化し難い」「無機化合物もあまり有効ではない」というプラスチックの難燃性を増大させるのには卓越した効果がある。燃焼を阻害するには材料への熱伝達を防ぐ方法が考えられ、燃焼が始まるとともに表面に泡が吹き出す「イントメッセント法」が考案された。特にPPのように高分子構造として難燃化し難い材料の場合に有効である。例えば、ポリプロピレンにポリリン酸のアンモニウム塩(APP)とペンエリスリトール(PER)を混練した材料の表面は図 2.3 2に示す様な何層かの膨張層が観測されている5)。

図 2.3 3ポリプロピレン/APP/PER材料燃焼表面

 この反応は次のように進む。

図 2.3 4 APPとPERによるポリプロピレン表面の発砲層形成反応

 PPの表面にはに示すイントメッセントが燃焼表面にできる。イントメッセントを形成するポリマーは燃焼を抑制されることが図 2.3 5のRHR曲線より明瞭に観測される。RHRが2000kW/m2は激しく燃焼する状態であり、一方、500kW/m2ではくすぶる程度とも言えるのでその差は大きい。

図 2.3 5 輻射速度50 kW/m2におけるPPとPP-APP/PERのHRR 曲線

 イントメッセント系では反応性化合物としてリン酸アンモニウム,リン酸メラミンなどが使用され,泡を形成する骨格としてデキストリンなどの炭化水素化合物,ペンタエリスリトールなどの多官能アルコール,ポリ酢酸ビニルなどの樹脂が用いられ,発砲剤として分解性のあるアンモニウム塩,ジシアンジアミド,メラミンなどのアミノ化合物などが用いられる6).ビヒクルは水系ではさまざまな合成エマルジョン,溶剤系ではアルキド,ポリ塩化ビニル,ポリウレタン,エポキシ樹脂などで用いられる. 材料表面に「表面膨張層」を形成する効果は断熱効果と共に、高分子内部で生成した可燃性低分子化合物の拡散をも防止する作用がある。そのため、歴史的には古いこの難燃化方法も最近急激に研究が進んできた。表面の膨張層の顕微鏡観察と難燃効果7)、リン化合物と表面膨張層の形成などをはじめ多くの研究が報告されている8),9)。ポリプロピレンを難燃化しUL94の規格でV-0の材料を得ようとすると、芳香族ハロゲン化合物と酸化アンチモンを用いた場合には、実に48%もの難燃剤を混練しなければならない10)。表に示した「表面膨張層形成」の方法では少量の添加でも効果が大きいものが得られるという報告もある11)。

表 2.3 2 表面膨張層による難燃効果(UL94(V-O)到達のための含有量)
難燃剤 含有率 酸素指数-OI(%)
    20 -
ステアリン酸Mg/シリコ-ン/タルク 21.8 30

ハロゲン脂環炭化水素/酸化アンチモン

48 26


難燃剤 含有量 酸素指数


3.3.3.1  PPのイントメッセント系

 PPは本来難燃化し難い材料であり、様々な手段が試みられているが、その中でもPPの表面に泡状の層をもうけて燃焼の継続を阻害するイントメッセント系が研究されている。例えば、ポリプロピレンにポリリン酸のアンモニウム塩(APP)とペンエリスリトール(PER)を混練した材料の表面は図 2.3 6に示す様な何層かの膨張層が観測されている12)。

図 2.3 7 ポリプロピレンの酸素指数の変化

 PPの表面にはに示すイントメッセントが燃焼表面にできる。イントメッセントを形成するポリマーは燃焼を抑制されることが図 2.3 7のHRR曲線より見受けられる。さらに図 2.3 8に示す重量減少率を見てもイントメッセントを形成する材料は炭素残査量が増加することが見受けられる。上図は発熱の状態を示す標準的なものであるが,ポリプロピレンは急激に燃焼して,100secで極大値に達し,再度急激に燃焼が止まる。これに対して,アンモニウムポリフォスフェートとペンタエリスリトールをブレンドしたポリプロピレンでは,発熱は徐々に進み,燃焼時間そのものは長いものの燃焼は基本的に抑制されているのが判る。

図 2.3 8 輻射速度50 kW/m2におけるPPとPP-APP/PERの重量減少曲線

 この結果を重量減少という点で見てみると,イントメッセント系では重量減少が徐々に起こっていることが判る。表面に断熱層を含んだイントメッセント相が形成され,燃焼が阻害されているのが判る。

図 2.3 9 アンモニウムリン酸ボレイトのEstane58300
(ポリウレタン)のトーチテストでの効果(試料厚み 0.18cm)


3.3.3.2  ポリアミドのイントメッセント系

 ポリアミドもハロゲン系の難燃剤は効果も顕著ではなく、加水分解などの恐れがあり、使い難い。また炭化し難いので赤リンや鱗茎安定剤、またCu以外の金属もあまり良くない。そこでPPと同様にイントメッセント系が応用される。また、ポリアミドは結晶性樹脂なので燃焼によって急激に粘度が低下することを利用してむしろ「燃えているところを飛ばす」ことも研究されている。また、ポリアミドはガラス繊維で強化した材料が多く使用されるが、「ろうそく効果」で燃え易くなる場合と、逆に堅くなって難燃性が上がる場合がある。

図 2.3 10 ポリアミドのAPPによるイントメッセント系


3.3.3.3  木材のイントメッセント系

 日本における火災の被害は主に木材の燃焼であるから、木材の難燃化は極めて重要である。木材の燃焼及び難燃化については、京都大学木材研究所及び東京大学工学部などで研究され、多くの論文や解説が出ている13),14),15),16),17),18)。木材や布も合成高分子の燃焼と基本的には変わらないが、水分を多く含むのでその影響が無視できないこと、リグニンやへミセルローズなどの木材中の化合物が燃焼に影響を与えることなどが特徴である。この解説では紙面の関係で木材の燃焼と難燃化については詳しく触れることができないが引用文献の中に多くの文献も引用されているので興味のある向きは参照されたい。


3.3.3.4  イントメッセント系に用いられる難燃剤システム

 表層に断熱層を形成するという考えは燃焼の原理からは極めて標準的、かつ妥当なものであるが、表層に形成される断熱層が柔らかい場合や、分解し易い構造の場合には断熱層の意味を持たない。従って、断熱層を形成する物質は熱分解し難いものという事になる。元々熱分解し難いものは燃焼しないのだから、そのようなものが表面に形成できるのなら、高分子そのものを熱分解し難いものにしたら良いということになる。イントメッセント系が分かり難いのはこのような事情による。以下に示すのは、過去にイントメッセント系として使用された様々な物質を羅列したものである。、まず、リン酸、硫酸、ホウ酸などの酸、そして関連の無機化合物が挙げられる。

表 2.3 3 イントメッセント系で研究された化合物のリスト-1

 次に比較的熱分解し易い構造をしていて、発生するものが、炭化層を形成したり、気泡を生成したり、また気相のラジカル連鎖反応を抑制したりするものである。

表 2.3 4 イントメッセント系で研究された化合物のリスト-2

 また、炭素を含むか、化合物の基本的骨格が無希元素でできている一連の化合物がある。

表 2.3 5イントメッセント系で研究された化合物のリスト-3

 通常、難燃剤として使用されるリン系化合物も炭化層を形成し、高分子が分解した揮発分が気相を形成するので、イントメッセント系の難燃剤になりうる。

表 2.3 6 イントメッセント系で研究された化合物のリスト-4


 有機化合物では架橋性のものや、分解性のものが使用される。架橋して炭化層を形成するものと、分解して気相を形成するものが一緒に使用されるので、その意味は分かり難い。

表 2.3 7 イントメッセント系で研究された化合物のリスト-5
          
      
      

 アミン化合物は分解し易く、窒素ガスを発生するので、イントメッセント層を形成するとともに、燃焼反応場の酸素濃度を減少させるので、効果を持つ。

表 2.3 8 イントメッセント系で研究された化合物のリスト-6
          
         

ハロゲン化合物はもともとラジカル連鎖反応停止効果を持つので、イントメッセント系として分類するのは難しいが、イントメッセントの原理を活かすものも勿論ある。


参考文献

1) Halpern,Y., Mott, D. and Niswander, R., Ind.Eng.Chem., Prod.Res. Dev., Vol.23, p.233 (1984)
2) Vandesall, H.L., J.Fire & Flammability, Vol.2, Apr., pp.97-140 (1971)
3) Marchal,A., Delobel,R., Bras,L.M. and Leroy,J.,Polymer Degradation and Stability, Vol.44, pp.263-272 (1994)
4) Funt,J.M. and Magill,J.H., J.Fire & Flammability, Vol.6, Jan. pp.28-36 (1975)
5) Hlpern, Y., Mott, D., and Niswander, R., Ind. Eng.Chem.,Prod. Res. Dev., Vol.23, p.233 (1984)
6) 西沢 仁、ポリファイル、Vol.31, No.369 p.20-24 (1998)
7) Bertelli,G., Camino,G., Marchetti,E. and Costa, L., Die Angewandte Makromolekulare Chemie, Vol.169, No.2778, pp.137-142 (1989)
8) Huggard,M.T., ANTEC'93, Vol.93, pp.1753-1756 (1993)
9) Mark, V.、U.S.Patent, 3,940,366 (1976)
10) Cullis, C.F., J.Analytical and Applied Pyrolysis, Vol.11, pp.451-463 (1987)
11) Ballistreri,A., Monaudo,G., Scamporrino, E., and Puglisi, C, J.Polymer Science,Part A:Polymer Chemistry, Vol.26, p.2113 (1988)
12) Hlpern, Y., Mott, D., and Niswander, R., Ind. Eng.Chem.,Prod. Res. Dev., Vol.23, p.233 (1984)
13) 平野敏右,仲谷一郎,Bulletin of Japan Association for Fire Science and Egineering, Vol.36, No.1-2, pp.19-33 (1987)
14) 石原茂久,木材保存,Vol.13, No.4, pp.139-150 (1987)
15) 石原茂久,高分子加工,Vol.34, No. 12, pp.613-619 (1985)
16) 石原茂久,高分子加工, Vol.35, No.1, pp.44-50 (1986)
17) 石原茂久、高分子加工、Vol.34, No.7からVol.35, No.1まで計7回の連続講座
18) 平野敏右、仲谷一郎、Bulletin of Japan Association for Fire Science and Engineering, Vol.36, No.1-2, pp.19-33 (1987)