5. 新しい難燃技術と測定法の選択と解釈
5.1. 新しい難燃技術の系譜
新しい難燃技術を考える上で、少し回りくどいが、1980年代からいままで日本でも難燃剤の技術的進歩があまり顕著では無かった理由を整理してみたいと思う。日本ではヨーロッパの非ハロゲン化の動きから産業界を中心としてかなり多くの非ハロゲン難燃化の研究開発が行われ、数多くの製品がでた。その中ではNECのエポキシ樹脂難燃化などの見るべき技術もあるが、全体としてみると研究成果は低調であったと評価しうるだろう。その主たる理由は2つ考えられる。一つは企業研究の「目標管理・経費管理」が厳しくなり、研究の初期、あるいは研究途上で「成果はいつでるか?どのような形ででるか?」が常に問われるようになったことによる。もちろん収益を第一とする企業研究では目標管理が重要であることは言うまでもないが、もし研究がその初期段階から「有望である」ことが判っていれば、研究にはならないという本質的矛盾を抱えているからである。研究テーマの選定は「有望ではないが、有望である可能性もある」というもので行われるのであるから、たとえば、上司に欧米の論文や、まして新聞記事などを見せて研究テーマの選択の正当性を主張しなければいけない場合には研究は本質的には失敗するとして良いだろう。
第二は日本の大学は工学分野での「実用的に役立つ研究は、電子関係などを除いて取り組まない」という不文律がある。難燃材料研究は年間2000名以上が犠牲になる大きな災害の研究であり、産業的な意味でも輸出競争力に影響が強い。従って、自然の原理を応用して社会の福利に貢献するという工学本来のミッションを実現するには最適な研究テーマの一つである。しかし、日本の科学技術はこのような技術を学問と見なさない傾向がある。それが大学への研究費の供給を途絶させ、徐々に大学から実用的な側面をもつ研究を排除していった。学問的には難燃材料研究は熱力学、反応速度論、流体力学、コンピューターシミュレーションなどの他に、直接的には高分子化学、高分子構造論、高分子劣化などの高度な高分子科学の研究内容を持ち、難燃剤の合成という点から見ると、有機合成、錯体、触媒化学、無機化学など広範囲な学問をカバーしている。従って、産業界の努力とともに学会の方では基礎的現象の解明や学術的情報の整理解析を行う必要があった。
ここまでかなりの紙面を使って、なぜ、新しい難燃材料の開発が成功していないのか?について解析を進めてきた。もちろん、この解析は今後の発展のためであり、何が悪いかというような責任追及ではないのはもちろんである。これまでの様に欧米で良いものが発見されればそれをまねればよいという時代なら、失敗の原因も研究哲学も不要であるが、日本が先頭を切って新しいことを成功させるためには一にも二にも失敗の原因解明や研究哲学、これまでの歴史考察抜きにはできないからである。
5.2. 分解速度の制御(傾斜分解法)
新しい難燃方法の第一は「傾斜分解法」である。まず具体的なモデル実験結果を示す。図 3 1はEVOHにAPP(ポリリン酸アンモニウム)を加えて高分子の熱分解をコントロールしたものである。目的は難燃化というよりも、難燃の新しい考え方を明らかにするために行われたモデル実験である。図 3 1から判るように、APPを含まない場合は390℃付近から分解が始まり430℃程度で50%が分解し、460℃でほぼ全体が分解することが判る。これに対してAPPを2-20%混練すると、一様に熱分解開始温度が低下し、360℃付近から重量減少が見られる。そして第一段階の分解が400℃付近まで続き、そこでいったん緩いプラトー(変化がすくない領域。変曲点と言っても良いだろう)が見られ、再び440℃程度から第二段階の分解が始まり、480℃程度で終了する。最終的な残渣はAPPの含有量と比例して増大している。
さらに詳細に見ると、2%のAPPが含有するEVOHは熱分解温度が10℃程度低くなっていること、たとえば400℃における熱分解量が6%程度多く、さらに410℃付近では10%弱の熱分解量の差が見られることなどに気づく。仮にAPPがEVOHと当量的に反応して熱分解を促進しているのであれば、2%しか含んでいないのだから、このような大きな変化が観測されることはないだろう。このような場合は添加したものがある反応を促進していると考えるのが適当である。
図 3-1 EVOHにAPPを加えたモデル実験(APPを加えると熱分解温度が2段になる)
図 3-2 分解温度の変化
TGAの結果からさまざまな整理が可能であり、研究を進めるためには単にTGAのグラフをそのまま見るのではなく異なる整理をする必要があるが、ここでは紙面の都合で20%と50%分解温度についてプロットした結果を図 3 4に示した。図から判るように20%分解温度はAPPの添加とともに低下し、5-10%の添加で最小値をとる。一方、50%分解温度はAPPの添加とともに増大し、5%添加でほぼ飽和するがそれ以上添加すると徐々に増大する。APPの添加による熱分解の影響は5%程度のところがポイントであることが判るとともに、前半の熱分解の促進メカニズムと後半の熱分解抑制が必ずも同一でないことを示唆している。
次に、コーンカロリメータの測定結果を示す。図 3-2に示すようにAPPを添加していないEVOHは60sec程度で着火し、急激に燃焼して発熱速度は1800kWに達し、燃え尽きて消炎する。このような状態は一般的な高分子の燃焼によく見られることであって、特殊な状態ではない。またPC(ポリカーボネート)のように炭化層が表面にできる時には燃焼が抑制されるか、または着火後、ある時間が経過すると発熱速度にプラトー部分が観測されるようになる。これに対してAPPを混練すると着火温度が早くなり、2%添加でも50sec以下で、5%以上添加したものは約30secで着火する。常識では着火しやすいものは燃えやすいものであり、従って、APPを混練することはEVOHを燃えやすくすると結論しても誤りにはならない。
APPを添加した試料は着火後まもなくいったん火勢が弱くなりわずかなプラトー部分が観測され、そこから再び発熱速度が大きくなる。APP2%の場合は急激に燃焼が始まり、1600kWまで言って燃え尽きるが、5%以上の混練量の場合にはかなり燃焼が抑制されていることが判る。
図 3-3 コーンカロリメータの発熱速度
ここまでTGAとコーンカロリメーターの結果を整理してきた。TGAは言うまでもなく熱分解の測定であって、燃焼性ではない。熱分解しやすいものが燃えやすいから熱分解を測定するというのが直感的な役割である。これに対してコーンカロリメータは酸素消費量で燃料量を測定するという間接的な方法ではあるが、継続的にコーン状のヒーターから加熱しつつ燃焼を直接観測する。だから、燃焼実験そのものともいえる。一方、輸出品や家電製品では測定方法の王様ともいえるUL試験の結果はどうだろうか?図 3-3は着火時間が左、硝煙時間が右で整理をしている。APPを含まない試料はおよそ7secで着火し、160secで消炎する。これに対して着火時間はAPPの混入量に比例して長くなる。消炎時間は5%以上できわめて顕著に短くなり、優れた難燃性を示す。このような結果から得られる有用な知見の一つは「燃焼性や難燃性は測定方法によって異なる」ということである。「燃えにくい」という言葉はそれほど単純ではなく、さまざまな条件で変わってくるといえる。従って、「どのようにしたら難燃性があがるのですか?」という問いはあまり有効ではない。特定の測定方法でそれがどのような燃焼性を発揮するかというように考えなければならないことを示している。
図 3-4 EVOH/APPのUL燃焼試験結果
着火時間が早くなるが、燃焼を抑制するという材料はEVOH/APPの他にも多い。図 3-5はPBTに禁則酸化物触媒を混練した例であるが、PBTに酸化亜鉛を加えると着火時間がきわめて短くなる。同じ材料のUL試験結果を見ると酸化亜鉛を加えたことによって着火時間は少し短くなっているが、消炎時間は大変、短くなっている。コーンカロリメーターの測定条件は、1)試料が水平になっている 2)燃焼時に継続的に(外部から)加熱されている という特徴を有するが、UL試験はそれとは異なり、 1)試料が垂直である 2)高分子が分解したガスが酸化する熱量以外に外部から加熱しない という条件で測定される。従って、もしコーンカロリメータとUL試験が同一の結果を与えるなら、その方を不思議であるとおもって考えなければならないだろう。
図 3-5 金属酸化物での類似例
図 3-6 最初の段階の実験結果
それではなぜ、このような大きな差が観測されるのだろうか?そこに新しい難燃化の概念が浮き上がってくる。UL試験ではバーナーで試料が暖められ、やがて着火に至る程度の分解生成物が発生すると肉視で着火が観測される。そして10sec程度、バーナーで加熱するとそこで炎と試料は引き離される。その後は試料は自分で分解した化合物が酸化するだけの熱量で燃焼を継続しなければならない。
これに対して、コーンカロリメータでは着火してもそれ以前と同様の火力で試料を暖めるので、試料から出る分解生成物は外部加熱に相当する量が噴出することになる。このような差異を意識して2つのモデル的な高分子材料を考えてみる。一つは200℃程度で分解するもの、もう一つは400℃程度とする。この場合の分解の活性化エネルギーは図 3-7のように、150kと250kJである。反応速度は頻度因子に大きな差が無ければ、活性化エネルギーを絶対温度で除した数値の指数関数(exp)で決定される。従って、200℃と400℃では分解速度はおおよそ3倍程度異なり、400℃の方が大きい。つまり分解生成物の発生速度が高くなるので、仮に反応を抑制しようとすると温度が高い方が困難であるということになる。
図 3-7 熱分解温度と活性化エネルギー
仮に成形温度では分解しないが、火災のように外部からかなり強い加熱を受けると分解するという高分子があった場合、低温で分解するのと高温で分解する材料でどちらが継続的に燃焼するかというと、高温ほど燃焼が継続するとの結論が得られる。従って、理想的には、かなりの部分が低温で分解し、分解生成物が徐々に発生してそれを止めるのが容易というのがもっとも望ましいという論理的結論に至る。さらに、仮に低温で分解する領域で材料表面に不燃物などを形成する場合には、燃焼速度が遅い内に着火し、それによって継続的に燃焼できない状態に変化することを意味する。
APPをEVOHに混練したときの構造変化はまだ明確ではないが、少なくともTGAなどの結果から判断すると、第一段分解の結果として得られた構造物は、分解温度が高くなっていることから、初期のEVOH構造とは異なっていると考えることができる。その構造が仮に「燃焼しない」という構造である場合にはほとんど燃焼性のない高分子を得ることができるのである。このような論理は実験によって着想した。著者は実験を開始する時には「熱分解しにくい方が難燃性になる」と考えていたからである。
5.3. ナノテクを活かした新しい難燃技術
粒径を小さくすると難燃効果が上がるのではないかというのは難燃材料の開発を担当したことがある人なら必ず一度は考えたことがあるほどの一般的なものである。そして得られる結果もそれを期待させるものである。図 3-8は微細な酸化アンチモンを使用した酸素指数改善のデータであるが、粒径を30ミクロン程度から数ミクロンにすると酸素指数は粒径が小さくなるに伴って大きくなる。しかし、ミクロンより小さくしていくと効果は徐々に無くなっていく。もちろん、粒子を小さくすることは共有結合を開裂することだから、エネルギーも装置もかなりの負担になる。それでも効果が小さいのでは良いと思われてもそれほど力を入れるわけにはいかない・・・この矛盾が30年近く続いてきた。
図 3-8 粒形の効果は永遠のテーマ・・具体的な方法が必要 13)
本節では直接的に難燃効果のデータではなく、難燃開発者の長年の夢である「比較的簡単にナノスケールの粒子を樹脂の中に分散できないか?」ということをジックリと考えてみる。シリカゲルに注目してその多孔体を作る場合、標準的にはシリカ、ナトリウム、硼素などからなる原料を混合し、これを溶融する温度まで上げる。普通1200℃から1400℃付近が用いられる。均一に溶解したガラス成分はその後、徐々に温度を下げると自由エネルギーで議論される「不安定領域」に入り、溶融したまま少しずつ2相に分離する。そのまま冷却するとシリカゲル相とナトリウムなどを主体とする相に分かれる。その後、酸などを使用してゆっくりとシリカ以外のところを溶解して除去すると多孔体を得る。
図 3 9従来の多孔担持体の合成方法とその構造
この多孔質ガラスはバイコール・ガラスなどのように商用的にも有名なガラスが多く、その歴史も古い。分相領域は自由エネルギー局面の二次微分の正負が入れ替わるところで形態が変化し、スピノーダル分相領域と滴状分相領域に分かれる。このようにいったん液体にして分相させる方法では安定した構造のものが得られるが、やや多孔体内部の形状(morphology)の多様性に欠ける傾向がある。そこで、分相温度付近で固相から液相に変化し、かつ化合物の組成が変化する無機化合物を選択して実験を行った。図 3-10に示したように酸化モリブデンとリン酸ナトリウムの混合系は550℃から800℃の領域で複雑な化合物と融点を示す。
図 3-10 固体と液体の間
分相線のA1からE3までの条件を選択して、そこでどのような多孔体の内部像を得ることができるかを実験したところ、図 3 11の像を得た。全体として見るなら混合塩がほぼ溶解しているA1からE1の条件では多孔体は生成しているが、かなり大きな孔が観測され、柱の形状は平坦である。これに対して固体から液体に変化する領域のものは明確な多孔体構造をしており、孔径分布も狭い印象を受ける。従って、通常の意味で多孔体を作るためにはこのような条件が望ましいことが判る。
このようにして得られた試料を水銀ポロシメータで測定すると図 3-12のような孔径分布が得られる。条件を設定すれば、図のpH=1の場合のように綺麗な正規分布がえられるし、一般的に表現すれば均一な孔を有してると言って良いだろう。しかし、孔の範囲は1000nmから4000nmに及んでいる。もう一度、固体と液体が共存する状態での多孔体の形成を見てみると、まだ塩が固体であることが明白であるB3などの条件でも顕微鏡では綺麗な多孔体が観測される。この領域ではシリカも塩も固体であるので、ぎっしりと詰まった空間内で固体同士が移動してシリカだけと塩だけに分かれるのも考えにくい。しかし、現実にはこの条件でも分相しているように見える。よく知られているように、固体といってもその表面は状況によって活性の程度が異なる。固体粒子の表面は、1)粒子の粒径が小さいほど 2)融点(絶対温度で)の2/3に近づくほど 活性になる。たとえばシリカゲルでは温度の上昇とともに表面は徐々に反応して巨大分子に変化する。
図 3-11 様々な分相構造が得られる
図 3-12 孔の分布はかなりシャープなものが得られる
図 3-13 シリカゲルの表面状態をもう少し段階的に考えてみる
図 3-13にシリカゲルの表面上体温変化を示したが、100-150℃で表面の水が飛び、その後徐々に表面の水酸基が脱水される。そして、800℃程度になると、シリカの粒子同士の合一が観測されるようになり、粒子表面に分子の流れが起こり、合一が見られる。このようなことから、ナノスケールの粒子を完全に均一に混合して、その状態から温度を上げていくと、粒子どうしがある程度移動して凝集する可能性があると考えられる。つまり、最初の方法は1200-1400℃で溶融して分相させるが、固体のまま粒子が移動しないかという発想である。
図 3-14 粒のまま「擬分相」することを試みる
図 3-14に固体粒子のまま分相する概念を示した。「分相」とは通常、均一混合体から複数の相に分かれるのを言うので、この場合は分相に類似しているが、分相と言うのは正しい学術用語の使用方法ではないと考えられるので、「擬分相」と呼称している。シリカゾルと無機塩を最初に均一に溶解し、それを乾燥する。この段階ではシリカ粒子も無機塩もそれぞれ最初の粒子の大きさで存在する。この状態で徐々に温度をあげていくと、シリカ粒子が移動して擬似的に分相し、2つの相に分離する。最初の実験で得られた顕微鏡像(図 3 15)と水銀ポロシメーターの測定データ(図 3 15)を示す。顕微鏡像には孔が観測されるが規則性が見られず、ポロシメータの孔径分布のグラフも600℃もものはかなり正規分布に近く、分布の幅も狭いが、温度をあげたものは分布は大きく乱れる。この領域の温度は炭酸カルシウムの融点と比較するとかなり低い。本著は研究のノウハウを論じるものではないが、多くの研究において最初の実験はそれほど成功するわけではない。しかし、ある程度手探りでやっていくと少しずつ改善していくものである。
図 3-15 炭酸カルシウムを用いた分相写真(一定の構造を得ることができない)
図 3-16 最初の実験(炭酸カルシウム)は失敗。
シリカゾルと無機塩の相互作用はもちろん、融点だけではない。この方法の所期の計画は、温度を上げたときのシリカ粒子と無機塩粒子の相互作用に期待しているのだから、無機塩の種類によって影響を受けるはずである。そこで他種類の無機塩を使って実験をしたところ、カリウム塩の一部に優れたものが発見された。その顕微鏡像とポロシメータグラフ(図 3 17)を示した。写真とグラフで判るように像は均質で細かい粒子がみられるし、またそれに対応してポロシメータではきわめてシャープな孔の分布が観測された。
図 3-17 成功した例(KBr)
このナノ多孔体を難燃に応用する方法は主なもので2つある。一つはシリカの微粒子として利用する方法で、粒子同士の凝集力を「乾燥などの普通の取り扱いの時には破砕しないが、押出し機のような強いシェアーのかかる場合は破砕される」という状態にして調整し、それを樹脂中に分散させる。図 3-18に示すように粒子表面はその直径が小さくなればなるほど活性になる。したがって、通常ミクロン以下の粒子を「凝集させないで」取り扱うのは困難である。ナノ粒子の取り扱いが難しいのは、もともと共有結合や金属結合で強固に結合している材料を破砕するエネルギーが膨大であること、第二に、苦労して粉砕しても表面を何かで保護しておかないと再凝集すること、せっかく活性な表面を凝集しないように覆うことになり、ナノ粒子の表面活性が活かされないという問題を生じる。
図 3-18 シリカゲルの粒径と凝集力
このような問題を克服しうる方法としてここで紹介するナノ粒子の調整の意味がある。単に機械的に行うことによって表面活性の問題を回避できるからである。現在のところきわめて均一に分散させることは偶然の要素があるが、たまたまPS(ポリスチレン)で均一に分散した試料は、PS自身は完全に燃焼しつくすが、ナノ粒子分散コンポジットは形はそのままの状態で残る。図 3-18の写真は普通のシリカゲルはリンモリブデン系を使用した場合に比較した差が歴然であることが判る。
図 3-19 効果の再現性はまだ十分ではないが、燃焼後に形が残るデータもある
ナノコンポジットは難燃性と直接は関係ないがコンポジット化によって剛性などが高くなる他、衝撃強度も上がる。普通、無機粒子を混練する場合の問題点は、難燃性や剛性が改善されても材料中の欠陥が増大するので成形対全体としての性能としては満足できない場合が多い。その点でもナノスケールの分散体の意味がある。ナノ多孔体の難燃への応用方法の第二は、多孔質内部の粒子表面に難燃触媒を展着することによって、大きな表面積を有する触媒を混練することができることである。たとえば石油化学では多孔質触媒をよく用いて、その内部に触媒を展着する。高温のガスが触媒内部に進入して主鎖開裂、脱水、脱水素、二重結合の生成、異性化、付加反応などの反応を効率よく行う。ところがプラスチックの場合は400-500℃になっても溶融体であるので、多孔質内部に高分子が容易に進入することができない。そこで、あらかじめ高分子中に分散した状態にすれば多孔質の大きな表面積を活用することができる。
このような試みをしたものを図 3-20に示す。多孔質シリカの内部粒子の表面に触媒を展着させた場合のUL試験結果を示した。金属錯体がPBTの燃焼性を抑制すること、5%の多孔体シリカの上に、1%内外の金属錯体を担持して、それをPBT中に分散させることが有効であることがわかる。難燃剤の従来の知見ではハロゲン化合物にしても有機リン化合物などでも10%程度を混練するのが普通であり、3%程度で顕著な難燃性を示すのは、赤リン、PA(ポリアミド)に対するナノコンポジット、シリコーン化合物など限られたものであった。それに対して少ない添加量でかなり広い種類の触媒で優れた難燃性を示すことに注目する必要がある。これは触媒の分散によって有効に効く触媒割合が高いことに帰因すると考えられる。
5.4. 少量で完全に燃えない材料を設計するには
より少量で燃焼を抑制するものは無いかという研究をさまざまな方向から検討していた。すでにPAの熱安定性にCuが有効であり、その添加量は70ppm程度であることが知られている。このような少量の添加剤が熱安定性に効果を示す理由はまだ明らかになっていない。ポリアミドにCuを添加するとアミド結合の赤外吸収がシフトすることと、錯体化学のこれまでの知見からCuがアミド基に配位して安定化すると考えられるが、そのモル数が8000ヶに1ヶという数字はあまりに膨大で理解しにくい。Cuがアミド基に配意している場合はCuはその位置から大きく動くことは無いと考えられるので、8000ヶのアミド基を安定化することはできない。逆にCuが動き回るとするとそれぞれのアミド基はCuと配意している時間が短いので平均としてはCuの安定化の影響が少ないと考えられるからである。
しかしCuがアミド基の8000ヶの1ヶで熱安定性が向上するのは事実であり、再現性もあるし、さらにCuの添加によってアミド基の安定性が変化することも実験的な事実である。我々がそれを解釈する適切な理由を発見できないからであって、事実がそれで覆る訳ではない。
図 3-21 少量添加と難燃効果
難燃剤でも初めてそのような例が誕生した。それはパーフルオロスルフォン酸カリウム塩という特殊な超強酸の塩では100ppm程度の添加でPCが完全に燃焼を抑制されるという事実である。この現象はきわめて明白で、しかも再現性がある。そしてTGAを見るとこれらの化合物を添加してもほとんど熱分解曲線に影響がない(図 3-22)。一般的にはPCは加水分解などを受けやすいが添加物によってTGA曲線が変化しやすいかということを、PCにハロゲン系難燃剤などを加えた時のTGA曲線もあわせて示した(図 3-23)。PCは加水分解を受けやすい高分子で酸触媒などを加えると分解温度が低くなる。このようなことから、PPFBSなどは分解を促進して難燃性を高めたわけではないことを示している。
図 3-22 熱分解曲線は変化していない
図 3 23 PCの場合、熱分解曲線は添加剤に敏感である
さらに「炭化物の形成を促進する」といういわば本命の難燃化が進んでいるとも考えられる。それを検証するために熱分解残渣の方の元素分析を行った。表 3-1にはneat-PCとPPFBSおよび典型的な炭化層形成難燃剤であるred-Pをくわえたものを比較した。800℃でのC/H比が炭化物の形成の状態をよく示してるが、neat-PCが5.5に対して、赤リンは15.4と炭化が進んでいることを示している。これに対してPPFBSを添加した場合の炭化の程度はneat-PCとほとんど変わらない。つまりこれまでPCを難燃化させる手段は炭化を促進することであったが、「炭化が促進されなくても難燃化する」という知見は驚くべきものである。
表 3-1 微量添加と残渣の元素の割合
炭化しない、分解量の絶対値が減少しないという状態を認めて難燃化を理解するために、分解ルートを考えてみる。PCの熱分解はきわめて複雑な過程を通り、その研究は大谷らによって詳細に行われている。分解は脱炭酸を行うルート、イソプロピリデン基の開裂などとともに、環状化合物の生成、オルソ位の転位付加反応などが知られている。このような複雑な反応をすべて解明することは困難なので、そのうち主要な脱炭酸およびイソプロピリデン基の開裂に注目して分解生成物を矛盾無く説明できるルートを示した。その結果、図 3-24に示したように脱炭酸が連続して起こる開裂過程が主要なルートであり、それによってbisphenol-Aが生成することが判る。Bisphenol-Aは沸点も低く、自ら分解してより低沸点のクレゾール類などを生成し、それが燃料となって燃焼を継続するものと考えられる。
図 3-24 neat-PCの熱分解ルートの推定
PPFBSを混練したPCはデータの再現性のもんだいもあるが、脱炭酸ルートによる分解が減少し、イソプロピリデン基のルートが増大する。燃焼に寄与する分解生成物のほとんどが脱炭酸ルートと仮定すると、10%の分解ルートの変化は残渣の影響を同量と考えると、20%の燃料ガスの減少を伴うと考えることもできる。20%の燃料ガスの減少は酸化反応場における燃焼量を20%少なくするので、輻射熱量は50%程度減少する。すなわち燃焼が発熱量と分解量の微妙なバランスで継続している場合、少量の分解ルートの変化で燃焼状態が大きく変わることが考えられる。
図 3-26 高分子材料の特徴(分子量と材料の融点・硬度)
PC/PPFBSの例は単に難燃性という点だけではなく、プラスチックにおける超微量添加の影響という点で重要な示差を与えるデータである。すでにPAに対するCuの微量添加、ABSやhigh impact polystyrene のようなゴム補強型樹脂に対するシリコン化合物の微量添加など、産業現場では微量添加物質の物性に対する大きな効果が知られている。これらの多くは10-100ppmレベルでの効果であり、今回のPPFBSの効果と類似の濃度領域にある。このような少量添加の影響を高分子構造面から考察を加える。産業的に有用な高分子の多くは固体であるが、化学構造面からみると液体と考えられる構造をしている。たとえば図 3-26に示したようにポリエチレンは、デカンなどと同じ化学構造をしており、分子間力という点では液体(空間的な場所を入れ替えることができる)であるはずであるが、ポリエチレンは結晶化の関係もあるが、高分子になると絡み合いの効果がでて固体となる。つまり、ポリエチレンが固体なのは分子運動に関する立体障害が原因していることが判る。
このように高分子が固体であるのが分子の運動を妨げている立体障害とすると、材料の寸法との関係が見られるはずである。つまり図 3-27に描いたようにある寸法以下では立体障害が有効に機能しないと考えられるので、分子の運動性は液体に近いと考えられ、その境界の大きさは5-10nm程度と考えられる。PPFBSに見られる微少量の効果はこのような「疑似液体空間」を想定すれば説明が可能であり、今後の難燃材料研究の「分散性」に具体的指針を与えるものである。すなわち、量を減少させるためには高分子中に分散させる難燃剤を立体障害が及ばない小さな空間部分に押し込める必要があり、それ以上の大きさでは単に「表面積効果」や「固体中の拡散距離効果」が期待されるにとどまるからである。
図 3-27 高分子材料は大きさによって液体から固体に変化すると考えられる。
5.5. 効率的な開発のための測定法の選択とデータの解釈
本節では効率的な難燃材料開発のための測定方法について整理を行った。
UL試験は重要な試験であるが、着火時間、消炎時間、そしてドリップという数字だけが表示されるのは研究段階では不十分である。研究段階では突然優れたものが発見されるのではなく、少しずつ良い方向を見いだしていくプロセスである。そのためには燃焼では燃焼状態を観測するということが最大のポイントであるにもかかわらず、そのデータは燃焼時に失われてしまう。
図 3-28 連続写真を撮る
最近では携帯電話に電子カメラがつけられる時代であり、このような情報処理の進歩を実験に取り込む必要がある。また、映像の技術も進んでいる。UL試験とともにコーンカロリメータのような基礎的燃焼試験を行うことも重要である。たとえば、PBTに標準的に使用される難燃剤を添加した場合の燃焼結果を図 3-29に示したが、着火温度、燃焼挙動が詳しく解析できる。またPCの燃焼データを同一のグラフにプロットしたが、このように異種の樹脂の燃焼性と比較することも重要である。
図 3-29 コーンカロリメータでジックリと燃焼状態を考える。
燃焼が熱分解生成物を対象としている限り、TGAの意味は燃焼挙動解析にとって軽視できないものである。
図 3-30 単純な熱分解も有意義な情報を与えてくれることがある。広い範囲(左)と狭い範囲(右)ではかなり異なる印象の時がある、難燃性の研究を本格的に行うための最大の武器は熱分解生成物の同定と定量化である。
表 3-2 熱分解生成物表
図 3-31 熱分解生成物は2,3の化合物がほとんどの場合が多い。
表 3-3 熱分解残渣の元素分析も有力な研究解析方法
5.1. 新しい難燃技術の系譜
新しい難燃技術を考える上で、少し回りくどいが、1980年代からいままで日本でも難燃剤の技術的進歩があまり顕著では無かった理由を整理してみたいと思う。日本ではヨーロッパの非ハロゲン化の動きから産業界を中心としてかなり多くの非ハロゲン難燃化の研究開発が行われ、数多くの製品がでた。その中ではNECのエポキシ樹脂難燃化などの見るべき技術もあるが、全体としてみると研究成果は低調であったと評価しうるだろう。その主たる理由は2つ考えられる。一つは企業研究の「目標管理・経費管理」が厳しくなり、研究の初期、あるいは研究途上で「成果はいつでるか?どのような形ででるか?」が常に問われるようになったことによる。もちろん収益を第一とする企業研究では目標管理が重要であることは言うまでもないが、もし研究がその初期段階から「有望である」ことが判っていれば、研究にはならないという本質的矛盾を抱えているからである。研究テーマの選定は「有望ではないが、有望である可能性もある」というもので行われるのであるから、たとえば、上司に欧米の論文や、まして新聞記事などを見せて研究テーマの選択の正当性を主張しなければいけない場合には研究は本質的には失敗するとして良いだろう。
第二は日本の大学は工学分野での「実用的に役立つ研究は、電子関係などを除いて取り組まない」という不文律がある。難燃材料研究は年間2000名以上が犠牲になる大きな災害の研究であり、産業的な意味でも輸出競争力に影響が強い。従って、自然の原理を応用して社会の福利に貢献するという工学本来のミッションを実現するには最適な研究テーマの一つである。しかし、日本の科学技術はこのような技術を学問と見なさない傾向がある。それが大学への研究費の供給を途絶させ、徐々に大学から実用的な側面をもつ研究を排除していった。学問的には難燃材料研究は熱力学、反応速度論、流体力学、コンピューターシミュレーションなどの他に、直接的には高分子化学、高分子構造論、高分子劣化などの高度な高分子科学の研究内容を持ち、難燃剤の合成という点から見ると、有機合成、錯体、触媒化学、無機化学など広範囲な学問をカバーしている。従って、産業界の努力とともに学会の方では基礎的現象の解明や学術的情報の整理解析を行う必要があった。
ここまでかなりの紙面を使って、なぜ、新しい難燃材料の開発が成功していないのか?について解析を進めてきた。もちろん、この解析は今後の発展のためであり、何が悪いかというような責任追及ではないのはもちろんである。これまでの様に欧米で良いものが発見されればそれをまねればよいという時代なら、失敗の原因も研究哲学も不要であるが、日本が先頭を切って新しいことを成功させるためには一にも二にも失敗の原因解明や研究哲学、これまでの歴史考察抜きにはできないからである。
5.2. 分解速度の制御(傾斜分解法)
新しい難燃方法の第一は「傾斜分解法」である。まず具体的なモデル実験結果を示す。図 3 1はEVOHにAPP(ポリリン酸アンモニウム)を加えて高分子の熱分解をコントロールしたものである。目的は難燃化というよりも、難燃の新しい考え方を明らかにするために行われたモデル実験である。図 3 1から判るように、APPを含まない場合は390℃付近から分解が始まり430℃程度で50%が分解し、460℃でほぼ全体が分解することが判る。これに対してAPPを2-20%混練すると、一様に熱分解開始温度が低下し、360℃付近から重量減少が見られる。そして第一段階の分解が400℃付近まで続き、そこでいったん緩いプラトー(変化がすくない領域。変曲点と言っても良いだろう)が見られ、再び440℃程度から第二段階の分解が始まり、480℃程度で終了する。最終的な残渣はAPPの含有量と比例して増大している。
さらに詳細に見ると、2%のAPPが含有するEVOHは熱分解温度が10℃程度低くなっていること、たとえば400℃における熱分解量が6%程度多く、さらに410℃付近では10%弱の熱分解量の差が見られることなどに気づく。仮にAPPがEVOHと当量的に反応して熱分解を促進しているのであれば、2%しか含んでいないのだから、このような大きな変化が観測されることはないだろう。このような場合は添加したものがある反応を促進していると考えるのが適当である。
TGAの結果からさまざまな整理が可能であり、研究を進めるためには単にTGAのグラフをそのまま見るのではなく異なる整理をする必要があるが、ここでは紙面の都合で20%と50%分解温度についてプロットした結果を図 3 4に示した。図から判るように20%分解温度はAPPの添加とともに低下し、5-10%の添加で最小値をとる。一方、50%分解温度はAPPの添加とともに増大し、5%添加でほぼ飽和するがそれ以上添加すると徐々に増大する。APPの添加による熱分解の影響は5%程度のところがポイントであることが判るとともに、前半の熱分解の促進メカニズムと後半の熱分解抑制が必ずも同一でないことを示唆している。
次に、コーンカロリメータの測定結果を示す。図 3-2に示すようにAPPを添加していないEVOHは60sec程度で着火し、急激に燃焼して発熱速度は1800kWに達し、燃え尽きて消炎する。このような状態は一般的な高分子の燃焼によく見られることであって、特殊な状態ではない。またPC(ポリカーボネート)のように炭化層が表面にできる時には燃焼が抑制されるか、または着火後、ある時間が経過すると発熱速度にプラトー部分が観測されるようになる。これに対してAPPを混練すると着火温度が早くなり、2%添加でも50sec以下で、5%以上添加したものは約30secで着火する。常識では着火しやすいものは燃えやすいものであり、従って、APPを混練することはEVOHを燃えやすくすると結論しても誤りにはならない。
APPを添加した試料は着火後まもなくいったん火勢が弱くなりわずかなプラトー部分が観測され、そこから再び発熱速度が大きくなる。APP2%の場合は急激に燃焼が始まり、1600kWまで言って燃え尽きるが、5%以上の混練量の場合にはかなり燃焼が抑制されていることが判る。
ここまでTGAとコーンカロリメーターの結果を整理してきた。TGAは言うまでもなく熱分解の測定であって、燃焼性ではない。熱分解しやすいものが燃えやすいから熱分解を測定するというのが直感的な役割である。これに対してコーンカロリメータは酸素消費量で燃料量を測定するという間接的な方法ではあるが、継続的にコーン状のヒーターから加熱しつつ燃焼を直接観測する。だから、燃焼実験そのものともいえる。一方、輸出品や家電製品では測定方法の王様ともいえるUL試験の結果はどうだろうか?図 3-3は着火時間が左、硝煙時間が右で整理をしている。APPを含まない試料はおよそ7secで着火し、160secで消炎する。これに対して着火時間はAPPの混入量に比例して長くなる。消炎時間は5%以上できわめて顕著に短くなり、優れた難燃性を示す。このような結果から得られる有用な知見の一つは「燃焼性や難燃性は測定方法によって異なる」ということである。「燃えにくい」という言葉はそれほど単純ではなく、さまざまな条件で変わってくるといえる。従って、「どのようにしたら難燃性があがるのですか?」という問いはあまり有効ではない。特定の測定方法でそれがどのような燃焼性を発揮するかというように考えなければならないことを示している。
着火時間が早くなるが、燃焼を抑制するという材料はEVOH/APPの他にも多い。図 3-5はPBTに禁則酸化物触媒を混練した例であるが、PBTに酸化亜鉛を加えると着火時間がきわめて短くなる。同じ材料のUL試験結果を見ると酸化亜鉛を加えたことによって着火時間は少し短くなっているが、消炎時間は大変、短くなっている。コーンカロリメーターの測定条件は、1)試料が水平になっている 2)燃焼時に継続的に(外部から)加熱されている という特徴を有するが、UL試験はそれとは異なり、 1)試料が垂直である 2)高分子が分解したガスが酸化する熱量以外に外部から加熱しない という条件で測定される。従って、もしコーンカロリメータとUL試験が同一の結果を与えるなら、その方を不思議であるとおもって考えなければならないだろう。
それではなぜ、このような大きな差が観測されるのだろうか?そこに新しい難燃化の概念が浮き上がってくる。UL試験ではバーナーで試料が暖められ、やがて着火に至る程度の分解生成物が発生すると肉視で着火が観測される。そして10sec程度、バーナーで加熱するとそこで炎と試料は引き離される。その後は試料は自分で分解した化合物が酸化するだけの熱量で燃焼を継続しなければならない。
これに対して、コーンカロリメータでは着火してもそれ以前と同様の火力で試料を暖めるので、試料から出る分解生成物は外部加熱に相当する量が噴出することになる。このような差異を意識して2つのモデル的な高分子材料を考えてみる。一つは200℃程度で分解するもの、もう一つは400℃程度とする。この場合の分解の活性化エネルギーは図 3-7のように、150kと250kJである。反応速度は頻度因子に大きな差が無ければ、活性化エネルギーを絶対温度で除した数値の指数関数(exp)で決定される。従って、200℃と400℃では分解速度はおおよそ3倍程度異なり、400℃の方が大きい。つまり分解生成物の発生速度が高くなるので、仮に反応を抑制しようとすると温度が高い方が困難であるということになる。
仮に成形温度では分解しないが、火災のように外部からかなり強い加熱を受けると分解するという高分子があった場合、低温で分解するのと高温で分解する材料でどちらが継続的に燃焼するかというと、高温ほど燃焼が継続するとの結論が得られる。従って、理想的には、かなりの部分が低温で分解し、分解生成物が徐々に発生してそれを止めるのが容易というのがもっとも望ましいという論理的結論に至る。さらに、仮に低温で分解する領域で材料表面に不燃物などを形成する場合には、燃焼速度が遅い内に着火し、それによって継続的に燃焼できない状態に変化することを意味する。
APPをEVOHに混練したときの構造変化はまだ明確ではないが、少なくともTGAなどの結果から判断すると、第一段分解の結果として得られた構造物は、分解温度が高くなっていることから、初期のEVOH構造とは異なっていると考えることができる。その構造が仮に「燃焼しない」という構造である場合にはほとんど燃焼性のない高分子を得ることができるのである。このような論理は実験によって着想した。著者は実験を開始する時には「熱分解しにくい方が難燃性になる」と考えていたからである。
5.3. ナノテクを活かした新しい難燃技術
粒径を小さくすると難燃効果が上がるのではないかというのは難燃材料の開発を担当したことがある人なら必ず一度は考えたことがあるほどの一般的なものである。そして得られる結果もそれを期待させるものである。図 3-8は微細な酸化アンチモンを使用した酸素指数改善のデータであるが、粒径を30ミクロン程度から数ミクロンにすると酸素指数は粒径が小さくなるに伴って大きくなる。しかし、ミクロンより小さくしていくと効果は徐々に無くなっていく。もちろん、粒子を小さくすることは共有結合を開裂することだから、エネルギーも装置もかなりの負担になる。それでも効果が小さいのでは良いと思われてもそれほど力を入れるわけにはいかない・・・この矛盾が30年近く続いてきた。
本節では直接的に難燃効果のデータではなく、難燃開発者の長年の夢である「比較的簡単にナノスケールの粒子を樹脂の中に分散できないか?」ということをジックリと考えてみる。シリカゲルに注目してその多孔体を作る場合、標準的にはシリカ、ナトリウム、硼素などからなる原料を混合し、これを溶融する温度まで上げる。普通1200℃から1400℃付近が用いられる。均一に溶解したガラス成分はその後、徐々に温度を下げると自由エネルギーで議論される「不安定領域」に入り、溶融したまま少しずつ2相に分離する。そのまま冷却するとシリカゲル相とナトリウムなどを主体とする相に分かれる。その後、酸などを使用してゆっくりとシリカ以外のところを溶解して除去すると多孔体を得る。
この多孔質ガラスはバイコール・ガラスなどのように商用的にも有名なガラスが多く、その歴史も古い。分相領域は自由エネルギー局面の二次微分の正負が入れ替わるところで形態が変化し、スピノーダル分相領域と滴状分相領域に分かれる。このようにいったん液体にして分相させる方法では安定した構造のものが得られるが、やや多孔体内部の形状(morphology)の多様性に欠ける傾向がある。そこで、分相温度付近で固相から液相に変化し、かつ化合物の組成が変化する無機化合物を選択して実験を行った。図 3-10に示したように酸化モリブデンとリン酸ナトリウムの混合系は550℃から800℃の領域で複雑な化合物と融点を示す。
分相線のA1からE3までの条件を選択して、そこでどのような多孔体の内部像を得ることができるかを実験したところ、図 3 11の像を得た。全体として見るなら混合塩がほぼ溶解しているA1からE1の条件では多孔体は生成しているが、かなり大きな孔が観測され、柱の形状は平坦である。これに対して固体から液体に変化する領域のものは明確な多孔体構造をしており、孔径分布も狭い印象を受ける。従って、通常の意味で多孔体を作るためにはこのような条件が望ましいことが判る。
このようにして得られた試料を水銀ポロシメータで測定すると図 3-12のような孔径分布が得られる。条件を設定すれば、図のpH=1の場合のように綺麗な正規分布がえられるし、一般的に表現すれば均一な孔を有してると言って良いだろう。しかし、孔の範囲は1000nmから4000nmに及んでいる。もう一度、固体と液体が共存する状態での多孔体の形成を見てみると、まだ塩が固体であることが明白であるB3などの条件でも顕微鏡では綺麗な多孔体が観測される。この領域ではシリカも塩も固体であるので、ぎっしりと詰まった空間内で固体同士が移動してシリカだけと塩だけに分かれるのも考えにくい。しかし、現実にはこの条件でも分相しているように見える。よく知られているように、固体といってもその表面は状況によって活性の程度が異なる。固体粒子の表面は、1)粒子の粒径が小さいほど 2)融点(絶対温度で)の2/3に近づくほど 活性になる。たとえばシリカゲルでは温度の上昇とともに表面は徐々に反応して巨大分子に変化する。
図 3-13にシリカゲルの表面上体温変化を示したが、100-150℃で表面の水が飛び、その後徐々に表面の水酸基が脱水される。そして、800℃程度になると、シリカの粒子同士の合一が観測されるようになり、粒子表面に分子の流れが起こり、合一が見られる。このようなことから、ナノスケールの粒子を完全に均一に混合して、その状態から温度を上げていくと、粒子どうしがある程度移動して凝集する可能性があると考えられる。つまり、最初の方法は1200-1400℃で溶融して分相させるが、固体のまま粒子が移動しないかという発想である。
図 3-14に固体粒子のまま分相する概念を示した。「分相」とは通常、均一混合体から複数の相に分かれるのを言うので、この場合は分相に類似しているが、分相と言うのは正しい学術用語の使用方法ではないと考えられるので、「擬分相」と呼称している。シリカゾルと無機塩を最初に均一に溶解し、それを乾燥する。この段階ではシリカ粒子も無機塩もそれぞれ最初の粒子の大きさで存在する。この状態で徐々に温度をあげていくと、シリカ粒子が移動して擬似的に分相し、2つの相に分離する。最初の実験で得られた顕微鏡像(図 3 15)と水銀ポロシメーターの測定データ(図 3 15)を示す。顕微鏡像には孔が観測されるが規則性が見られず、ポロシメータの孔径分布のグラフも600℃もものはかなり正規分布に近く、分布の幅も狭いが、温度をあげたものは分布は大きく乱れる。この領域の温度は炭酸カルシウムの融点と比較するとかなり低い。本著は研究のノウハウを論じるものではないが、多くの研究において最初の実験はそれほど成功するわけではない。しかし、ある程度手探りでやっていくと少しずつ改善していくものである。
シリカゾルと無機塩の相互作用はもちろん、融点だけではない。この方法の所期の計画は、温度を上げたときのシリカ粒子と無機塩粒子の相互作用に期待しているのだから、無機塩の種類によって影響を受けるはずである。そこで他種類の無機塩を使って実験をしたところ、カリウム塩の一部に優れたものが発見された。その顕微鏡像とポロシメータグラフ(図 3 17)を示した。写真とグラフで判るように像は均質で細かい粒子がみられるし、またそれに対応してポロシメータではきわめてシャープな孔の分布が観測された。
このナノ多孔体を難燃に応用する方法は主なもので2つある。一つはシリカの微粒子として利用する方法で、粒子同士の凝集力を「乾燥などの普通の取り扱いの時には破砕しないが、押出し機のような強いシェアーのかかる場合は破砕される」という状態にして調整し、それを樹脂中に分散させる。図 3-18に示すように粒子表面はその直径が小さくなればなるほど活性になる。したがって、通常ミクロン以下の粒子を「凝集させないで」取り扱うのは困難である。ナノ粒子の取り扱いが難しいのは、もともと共有結合や金属結合で強固に結合している材料を破砕するエネルギーが膨大であること、第二に、苦労して粉砕しても表面を何かで保護しておかないと再凝集すること、せっかく活性な表面を凝集しないように覆うことになり、ナノ粒子の表面活性が活かされないという問題を生じる。
このような問題を克服しうる方法としてここで紹介するナノ粒子の調整の意味がある。単に機械的に行うことによって表面活性の問題を回避できるからである。現在のところきわめて均一に分散させることは偶然の要素があるが、たまたまPS(ポリスチレン)で均一に分散した試料は、PS自身は完全に燃焼しつくすが、ナノ粒子分散コンポジットは形はそのままの状態で残る。図 3-18の写真は普通のシリカゲルはリンモリブデン系を使用した場合に比較した差が歴然であることが判る。
ナノコンポジットは難燃性と直接は関係ないがコンポジット化によって剛性などが高くなる他、衝撃強度も上がる。普通、無機粒子を混練する場合の問題点は、難燃性や剛性が改善されても材料中の欠陥が増大するので成形対全体としての性能としては満足できない場合が多い。その点でもナノスケールの分散体の意味がある。ナノ多孔体の難燃への応用方法の第二は、多孔質内部の粒子表面に難燃触媒を展着することによって、大きな表面積を有する触媒を混練することができることである。たとえば石油化学では多孔質触媒をよく用いて、その内部に触媒を展着する。高温のガスが触媒内部に進入して主鎖開裂、脱水、脱水素、二重結合の生成、異性化、付加反応などの反応を効率よく行う。ところがプラスチックの場合は400-500℃になっても溶融体であるので、多孔質内部に高分子が容易に進入することができない。そこで、あらかじめ高分子中に分散した状態にすれば多孔質の大きな表面積を活用することができる。
図 3-20 5%の多孔質シリカゲルの内部の粒子表面に難燃性を増大させることができる触媒を展着(PBT)。
このような試みをしたものを図 3-20に示す。多孔質シリカの内部粒子の表面に触媒を展着させた場合のUL試験結果を示した。金属錯体がPBTの燃焼性を抑制すること、5%の多孔体シリカの上に、1%内外の金属錯体を担持して、それをPBT中に分散させることが有効であることがわかる。難燃剤の従来の知見ではハロゲン化合物にしても有機リン化合物などでも10%程度を混練するのが普通であり、3%程度で顕著な難燃性を示すのは、赤リン、PA(ポリアミド)に対するナノコンポジット、シリコーン化合物など限られたものであった。それに対して少ない添加量でかなり広い種類の触媒で優れた難燃性を示すことに注目する必要がある。これは触媒の分散によって有効に効く触媒割合が高いことに帰因すると考えられる。
5.4. 少量で完全に燃えない材料を設計するには
より少量で燃焼を抑制するものは無いかという研究をさまざまな方向から検討していた。すでにPAの熱安定性にCuが有効であり、その添加量は70ppm程度であることが知られている。このような少量の添加剤が熱安定性に効果を示す理由はまだ明らかになっていない。ポリアミドにCuを添加するとアミド結合の赤外吸収がシフトすることと、錯体化学のこれまでの知見からCuがアミド基に配位して安定化すると考えられるが、そのモル数が8000ヶに1ヶという数字はあまりに膨大で理解しにくい。Cuがアミド基に配意している場合はCuはその位置から大きく動くことは無いと考えられるので、8000ヶのアミド基を安定化することはできない。逆にCuが動き回るとするとそれぞれのアミド基はCuと配意している時間が短いので平均としてはCuの安定化の影響が少ないと考えられるからである。
しかしCuがアミド基の8000ヶの1ヶで熱安定性が向上するのは事実であり、再現性もあるし、さらにCuの添加によってアミド基の安定性が変化することも実験的な事実である。我々がそれを解釈する適切な理由を発見できないからであって、事実がそれで覆る訳ではない。
難燃剤でも初めてそのような例が誕生した。それはパーフルオロスルフォン酸カリウム塩という特殊な超強酸の塩では100ppm程度の添加でPCが完全に燃焼を抑制されるという事実である。この現象はきわめて明白で、しかも再現性がある。そしてTGAを見るとこれらの化合物を添加してもほとんど熱分解曲線に影響がない(図 3-22)。一般的にはPCは加水分解などを受けやすいが添加物によってTGA曲線が変化しやすいかということを、PCにハロゲン系難燃剤などを加えた時のTGA曲線もあわせて示した(図 3-23)。PCは加水分解を受けやすい高分子で酸触媒などを加えると分解温度が低くなる。このようなことから、PPFBSなどは分解を促進して難燃性を高めたわけではないことを示している。
さらに「炭化物の形成を促進する」といういわば本命の難燃化が進んでいるとも考えられる。それを検証するために熱分解残渣の方の元素分析を行った。表 3-1にはneat-PCとPPFBSおよび典型的な炭化層形成難燃剤であるred-Pをくわえたものを比較した。800℃でのC/H比が炭化物の形成の状態をよく示してるが、neat-PCが5.5に対して、赤リンは15.4と炭化が進んでいることを示している。これに対してPPFBSを添加した場合の炭化の程度はneat-PCとほとんど変わらない。つまりこれまでPCを難燃化させる手段は炭化を促進することであったが、「炭化が促進されなくても難燃化する」という知見は驚くべきものである。
炭化しない、分解量の絶対値が減少しないという状態を認めて難燃化を理解するために、分解ルートを考えてみる。PCの熱分解はきわめて複雑な過程を通り、その研究は大谷らによって詳細に行われている。分解は脱炭酸を行うルート、イソプロピリデン基の開裂などとともに、環状化合物の生成、オルソ位の転位付加反応などが知られている。このような複雑な反応をすべて解明することは困難なので、そのうち主要な脱炭酸およびイソプロピリデン基の開裂に注目して分解生成物を矛盾無く説明できるルートを示した。その結果、図 3-24に示したように脱炭酸が連続して起こる開裂過程が主要なルートであり、それによってbisphenol-Aが生成することが判る。Bisphenol-Aは沸点も低く、自ら分解してより低沸点のクレゾール類などを生成し、それが燃料となって燃焼を継続するものと考えられる。
図 3-25 分解生成物の量から分解ルートは僅かに変化している
PPFBSを混練したPCはデータの再現性のもんだいもあるが、脱炭酸ルートによる分解が減少し、イソプロピリデン基のルートが増大する。燃焼に寄与する分解生成物のほとんどが脱炭酸ルートと仮定すると、10%の分解ルートの変化は残渣の影響を同量と考えると、20%の燃料ガスの減少を伴うと考えることもできる。20%の燃料ガスの減少は酸化反応場における燃焼量を20%少なくするので、輻射熱量は50%程度減少する。すなわち燃焼が発熱量と分解量の微妙なバランスで継続している場合、少量の分解ルートの変化で燃焼状態が大きく変わることが考えられる。
PC/PPFBSの例は単に難燃性という点だけではなく、プラスチックにおける超微量添加の影響という点で重要な示差を与えるデータである。すでにPAに対するCuの微量添加、ABSやhigh impact polystyrene のようなゴム補強型樹脂に対するシリコン化合物の微量添加など、産業現場では微量添加物質の物性に対する大きな効果が知られている。これらの多くは10-100ppmレベルでの効果であり、今回のPPFBSの効果と類似の濃度領域にある。このような少量添加の影響を高分子構造面から考察を加える。産業的に有用な高分子の多くは固体であるが、化学構造面からみると液体と考えられる構造をしている。たとえば図 3-26に示したようにポリエチレンは、デカンなどと同じ化学構造をしており、分子間力という点では液体(空間的な場所を入れ替えることができる)であるはずであるが、ポリエチレンは結晶化の関係もあるが、高分子になると絡み合いの効果がでて固体となる。つまり、ポリエチレンが固体なのは分子運動に関する立体障害が原因していることが判る。
このように高分子が固体であるのが分子の運動を妨げている立体障害とすると、材料の寸法との関係が見られるはずである。つまり図 3-27に描いたようにある寸法以下では立体障害が有効に機能しないと考えられるので、分子の運動性は液体に近いと考えられ、その境界の大きさは5-10nm程度と考えられる。PPFBSに見られる微少量の効果はこのような「疑似液体空間」を想定すれば説明が可能であり、今後の難燃材料研究の「分散性」に具体的指針を与えるものである。すなわち、量を減少させるためには高分子中に分散させる難燃剤を立体障害が及ばない小さな空間部分に押し込める必要があり、それ以上の大きさでは単に「表面積効果」や「固体中の拡散距離効果」が期待されるにとどまるからである。
5.5. 効率的な開発のための測定法の選択とデータの解釈
本節では効率的な難燃材料開発のための測定方法について整理を行った。
UL試験は重要な試験であるが、着火時間、消炎時間、そしてドリップという数字だけが表示されるのは研究段階では不十分である。研究段階では突然優れたものが発見されるのではなく、少しずつ良い方向を見いだしていくプロセスである。そのためには燃焼では燃焼状態を観測するということが最大のポイントであるにもかかわらず、そのデータは燃焼時に失われてしまう。
最近では携帯電話に電子カメラがつけられる時代であり、このような情報処理の進歩を実験に取り込む必要がある。また、映像の技術も進んでいる。UL試験とともにコーンカロリメータのような基礎的燃焼試験を行うことも重要である。たとえば、PBTに標準的に使用される難燃剤を添加した場合の燃焼結果を図 3-29に示したが、着火温度、燃焼挙動が詳しく解析できる。またPCの燃焼データを同一のグラフにプロットしたが、このように異種の樹脂の燃焼性と比較することも重要である。
燃焼が熱分解生成物を対象としている限り、TGAの意味は燃焼挙動解析にとって軽視できないものである。
図 3-30 単純な熱分解も有意義な情報を与えてくれることがある。広い範囲(左)と狭い範囲(右)ではかなり異なる印象の時がある、難燃性の研究を本格的に行うための最大の武器は熱分解生成物の同定と定量化である。