2.  難燃性を決定する高分子の熱分解
 高分子は分解して初めて燃え、水素は燃えやすいが炭素は燃えにくい。このことから高分子材料の燃焼を抑制するには高分子の分解を知り、分解して残った材料の構造を理解することが大切であることがわかる。

2.1. PE

 石油から高分子を合成するとき、エチレンから直接、あるいは簡単な誘導体を作って合成高分子にしたものがPE, PP, PS, PVCなどの一群の汎用プラスチックである。これらは多少の違いがあっても同じような分解過程をとる。まずPEは、図 1-6に示すように500℃近辺で分解し、600℃程度ではほぼ完全に分解している。図は参考のために標準的な難燃材料をブレンドした場合も示してある(他の図も参考のためにできるだけ標準的な難燃剤を入れた例を含めてある)。

図 1-6 PEのTGA曲線

図1-7 570℃におけるPEの揮発熱分解生成物分布

 分解生成物の分布は図1-7に示したように規則的で、C7からC27付近まで炭素の増加に伴い分解生成物として観測される量が増大する。これは確率的なものと考えられ、C27程度以上は熱分解温度では揮発しないので、分解生成物として発生していても観測にはかからないし、また燃焼にも寄与しない。つまり我々が「熱分解生成物」と一般的に読んでいるものは「熱分解してそれを観測する温度で揮発する化合物」という意味である。高分子鎖が一つ切断されると二つのラジカルが発生し、そこに水素が手当てされる。この水素を自らの鎖が補給すると二重結合ができ、他の鎖から供給を受けた場合には架橋反応が起こる。ラジカル反応は反応の選択性に乏しいので、さまざまな反応が平行して起こるのが普通である。


2.2. PP

 次にPP(ポリプロピレン)は側鎖の水素がメチル基に置換されているのでPEより若干複雑な分解をする。分解温度は480℃付近でPEより少し不安定である。

図1-8 PPのTGA曲線

表 1-5 PPの熱分解生成物で理論上考えられる構造と実験で確認された構造

図1-9 550℃におけるPPの熱分解生成物分布(型を比較したもの)

 分解生成物のどこにメチル基があるかで3n, 3n+1などと分けることができ、さらにパラフィン、モノオレフィン、ジオレフィンに分かれる。3n+2は生成した分解物が不安定なので、2次的に分解する。また標準的な3n型は環状になって安定する傾向があり、n=9, N-15など3の倍数の単位を持つ分解生成物が多く観測される。

図1-10 550℃におけるPPの揮発熱分解生成物分布

 しかし、図1-10に示すように分解生成物の全体像はPEと同様に単調である。PEもPPも難燃化が難しいのは分解生成物が確率的に発生し、特定のルートの分解に誘導するのが困難であることが原因の一つにあげられる。


2.3. PS

 次に側鎖がベンゼン環のPS(ポリスチレン)になると熱分解温度は460℃程度とさらに20℃低くなり、分解生成物も特徴が出てくる。

図1-11 PSのTGA曲線

図1-12 540℃におけるPSの揮発熱分解生成物分布


 図1-12のB1, B2, A3はそれぞれmonomer, dimmer, そしてtrimmerであり、燃焼反応に寄与するほとんどの「燃料」はこの3つに限定される。熱分解は1,5-H transferと呼ばれる環状中間生成物を経て切断されると考えられている。従ってPE, PPに比較してやや分解ルートの制御が可能である。


2.4. PC

 次にエンジニアリングプラスチックの一群の熱分解について整理を行う。PC(ポリカーボネート)の熱分解曲線を図1 4に示した。50%熱分解温度は590℃と高く、700℃付近でも30%近くが残渣として残る。これは今までのPE, PP, PSなどとは決定的に異なる傾向であることがわかる。また標準的な難燃剤をブレンドした時、加水分解などで熱分解曲線の形や分解温度が大きく変化することも理解できる。

図1-13 PCのTGA曲線

図1-14 665℃におけるPCの揮発熱分解生成物分布

 熱分解は確率的ではなく、選択的な分解ルートで起こり、分解生成物はビスフェノールA(B3)とクレゾール類(A4, A3など)に限定される。またビスフェノールAは高分子としてのPCより分解温度が低く、2次的に分解してより揮発性の高い分解生成物を発生する。


 分解ルートは脱炭酸を伴うものとベンゼン環の間のイソプロピリデン基の分解がある。

図 1-15 PC neatの熱分解生成ルート

 分解生成物には水素の比率が高く、残渣中に炭素が残る。従って残渣の元素分析を行うと温度が高いほど炭素水素比が高くなる。このように残渣の炭素濃度が上昇し、van Krevelenの整理のように燃焼が阻害され、800℃以上でも分解しない化合物になる。

図1-16 PCの熱分解残渣物の組成変化


2.5. PPE

 PPE(ポリフェニレンエーテル)はPCと燃焼性が類似しており、図 1-19に示すように熱分解温度は520℃程度で700℃付近の残渣は40%にも及ぶ。

図 1-17 PPEのTGA曲線

 PPEは熱分解の途中、おそらく370℃付近でメチレンブリッジ反応をおこし、重合時とは別の構造をとる。コンピューターシミュレーションなどで推定すると燃焼時に転位反応をとっているのが80%近くであり、このように高温での反応では合成直後とは異なる構造のものを「無意識に」対象としている場合がある。転位したPPEの熱分解は規則的に進み、従って分解生成物比もきわめて規則的である。

図1-18 615℃におけるPPEの揮発熱分解生成物分布

 PCと同じく加熱分解残渣は炭素分に富み、大きな環状化合物までに成長していると考えられる。

図1-19 PPEの熱分解残渣物の組成変化


2.6. PBT

 PCとPPEが比較的類似の燃焼の様子であるのに対して、PBTやPAなどの結晶化したエンジニアリングプラスチックの燃焼はかなり異なる様相を呈する。PBT(ポリブチレンテレフタレート)はPETと同様にポリエステルであり、熱分解温度(50%分解)は460℃付近である。

図1-20 PBTのTGA曲線

 エステル結合を有するがそれほど簡単には加水分解せず、ハロゲン化合物や無機水酸化合物によっても容易には加水分解されない。分解の様相はやや複雑で分解生成物の定量自体も難しい。

図1-21 530℃におけるPBTの揮発熱分解生成物分布

 生成物は特定の分布をしており、その分布も難燃剤によって変化する。このような高分子は反応経路を制御して難燃性を持たせる意欲がわいてくる。PEやPPの熱分解を観測すると「とりつく暇がない」という感じがするが、PBTやPCはとっかかりが多い。難燃研究がこのようなプラスチックに集中する傾向があるのはそのためである。特に学者はすぐ成果に結びつきやすいのでどうしても反応を制御しうるものを対象にしがちである。

図 1-22 PBTにred Pを添加することによる炭化層の形成過程

 図 1-18はまだ推定の域をでず、また一部は間違っている可能性もあるが、本格的な難燃研究にはこのように熱分解中の高分子構造を推定する必要を生じる。しかし現状ではまだ良い分析方法は発見されていない。従って、元素分析や質量分析などの手法を駆使して粘り強く検討していくことになる。


2.7. PA

 PA は1937年にCarothersによって発表され、DuPontが工業化した由緒あるプラスチックであるが、熱分解という点ではやや特殊は高分子である。熱分解温度は500℃付近であるが他の高分子に比較して溶融粘度が低い。これはPAが絡み合いのほかに水素結合で材料としての形態を保っているからと考えられる。また加水分解などを受けやすく図1-26の水酸化マグネシウムのように極端に分子量が低下し熱安定性を失う例もみられる。

図1-23 PAのTGA曲線

 PAは他種類の低分子化合物が生成し、複雑な挙動を示す。また垂直に可燃性物質があると燃焼とともにドリップ(火のついた滴がたれること)が始まる。ビデオのような動画でないとよくわからないところはあるが、図 1-24の1.16secの写真がまさにドリップの瞬間である。そして残った火種は小さいが燃焼が継続される。

図 1-24 PA (neat)の燃焼時の様子