1.  東海村で起こった原子燃料の臨界事故

 日本国内で最大の原子力事故。作業が杜撰で原子力技術者の倫理が問われた事件である。

1.1.  事故のあらまし

① 発生日時  平成11年9月30日(木)午前10時35分頃  
② 発生場所  株式会社ジェー・シー・オー東海事業所 転換試験棟 (茨城県那珂郡東海村石神外宿2600)  
③ 発生状況  株式会社ジェー・シー・オー東海事業所の転換試験棟内で濃縮ウラン溶液の濃度を均一にするため、ウラン溶液を沈殿槽に入れる作業を行っていたところ、臨界事故が発生し核分裂により発生した高線量の放射線を浴びた3名は急性放射線症を発症、多数の労働者が放射線に被ばくした。

事業場の作業手順書では、ウラン溶液の濃度を均一にするために「貯塔」と呼ばれる装置にウラン溶液を入れて内部で循環させることにより混合することとなっていた。貯塔は、臨界が起きないような形状に設計されたもので、使用するウラン溶液は臨界にならないように1回のウラン量を2.4キログラムに制限することとなっていた。しかし、作業ではこの貯塔を使わずに撹拌器のついた沈殿槽にウラン溶液を投入し、前日に4回分のウラン溶液(ウラン量2.3キログラム×4)を沈殿槽に注入したと推定される。災害発生当日は残りの3回分のウラン溶液を追加するためステンレスバケツの中のウラン溶液をビーカーに移し替え、漏斗を使って保守点検・サンプリング用の穴から沈殿槽に注入する作業が繰り返し行われていた。午前10時35分頃、3回目のウラン溶液を沈殿槽に注入していたところ(合計7回分のウラン量は16.1キログラム)で臨界に達した。臨界は約20時間続き、高線量の被ばくをした3名をのぞき、227名(うち女性17名)の従業員は最大48mSv、最小0.1mSvの被爆で白内障や不妊症等の確定的影響が現れる可能性はない。


1.2.  事故原因と一般的な倫理判定

 直接的原因

 本来、使用目的が異なり、また臨界安全形状に設計されていない沈殿槽に、臨界質量以上のウラン(約16.6kgU)を含む硝酸ウラニル溶液を注入したこと。沈殿槽は、粗U3O8を溶解、精製工程で使用されるもので、精製U3O8を再溶解して硝酸ウラニル溶液を製造する工程での使用を目的としていなかった。また、沈殿槽の臨界管理制限値は濃縮度16-20%のウランに対し2.4kgUであったが、事故時の注入量は約16.6kgUであった。さらに、質量制限値は定められていたものの濃度制限値が規定されていなかったことや、以前から貯塔において溶液を均一にする作業を実施しており臨界質量を越えても臨界にいたらなかったことが、錯覚した要因であると考えられている。

 作業・運転管理・技術管理の欠陥

 精製U3O8を再溶解し、その硝酸ウラニル溶液を1ロット(約40リットル・14.5kgU)毎に均一化する作業工程が適切でなかった。硝酸ウラニル溶液の生成では溶解塔の使用が想定されていたにもかかわらず溶解塔に代わってステンレス鋼製容器を使用しており、また、溶液の均一化については規制当局に申請せずに作業を行っていた上、作業効率を上げるためにクロスブレンディングから貯塔の利用、さらには沈殿槽の使用へと作業形態が変更されていた。
 安全運転の要件であった1バッチ当たり2.4kgU という臨界管理上の質量制限値を超える作業を行った。この質量制限は施設の臨界を避けるために設けられており、臨界安全形状を持たない沈殿槽があるので、徹底して遵守すべきであったにもかかわらず、これを逸脱して6~7バッチを貯塔で同時に処理するということが常態化していた。さらに、今回の事故においては、沈殿槽そのものが質量制限値を大幅に超える条件で用いることを運転管理により抑制することができなかった。

 作業手順書と作業指示書の作成や改訂に当たっては、安全管理の責任者や核燃料取扱主任者の承認を得るなどの適正な手続きが定められていなかった。作業指示書には沈殿槽の使用に関する記述はなく、また、手順書では均一化に貯塔を用いることとなっていたが、安全管理の責任者や核燃料取扱主任者の承認を得ずに沈殿槽を使用した。さらに手順書の改訂や作成に際して安全管理の責任者や核燃料取扱主任者の承認を必要としていなかった。

 経営管理・許認可・安全規制の欠陥

 当該作業が、社内の主要業務の作業に比べて小規模かつ非定常的で特殊なものであったにもかかわらず、その特殊性に関する配慮が十分でなかった。 事故発生時に行われていた硝酸ウラニル溶液の製造は、日数がかかる一方で頻度も少ないという特徴があり、作業自体に関する経験も知識も十分ではなかった。また、臨界管理についても、濃縮度5%以下のウランを扱う主要業務とは本質的な違いがある。それにもかかわらず、製造工程や設備の利用において特別の配慮がなされていなかった。

 安全審査及び設工認審査において溶解工程に関する記述が必ずしも十分とはいえない。安全審査や設工認審査の主眼が設備や機器の安全設計に置かれ、運転工程上の詳細を審査の対象としていないことが取り上げられている。特に、均一化工程については、許可申請書にも設工認申請書にも記載されておらず、申請後にこの工程を追加することとなったのであれば、その時点で加工方法の変更申請を行うべきであった。
 保安規定の遵守状況などをチェックするための規制当局による点検が有効でなかった。規制当局は、保安規定の遵守状況に関する調査や巡視による検査を行ってきたが、プロセスの運転が不定期であったこともあり、停止期間中に検査が行われる結果となった。

 事故後の処理の欠陥

 この事故では,事故発生後の対応の不手際によって事故の終息が遅れ,事故の影響を拡大したことが問題とされているが,その背景には事業者,政府,地方自治体にわたる様々な問題が関係している。

 JCO から事故の第一報が科技庁に入ったのは事故発生から40 分後の11 時15 分のFAX による報告であり,茨城県,東海村への通報はさらに20 分後であった。近隣であるのもかかわらず安全協定がなかったために,那珂町にはJCO から直接通報は行われなかった。さらに自治体への事故情報の提供が遅れたために,事故発生の認識が遅れた。また、JCO から東海村消防本部へ119 番通報で出動要請が行われたが,原子力事故の可能性があることを連絡しなかった。このため消防本部は通常の救急出動として対応し,救急隊員が防護服等を着用しなかったので,本来なら避けられる被曝が見られた。

 事故の第一報を受けて東海村は12 時15 分に災害対策本部を設置し,12 時30 分から住民広報を開始した。その後,JCO からの周辺住民避難要請や日本原子力研究所(原研)等の専門家の助言を受けて,15 時に350m 圏内避難要請を決定した。これに対して科技庁の災害対策本部が設置されたのは14 時30 分,政府の事故対策本部が設置されたのは15 時であり,東海村が避難要請を検討している段階で政府の事故対策本部はなく,東海村は独自の判断で350m 圏内避難要請を決断せざるを得なかった。茨城県が10km 圏内の屋内退避勧告を決定した際にも,政府の技術的指導.助言は不充分であり,10km は科学的根拠に基く決定ではなかった。避難.退避の決定権限は自治体にあるとされながら,自治体には必要な知識.情報が十分でなく,国の技術的指導.助言なしに意思決定することは困難であった。

 臨界状態が継続していることの認識に時間を要し,臨界停止のための措置を開始するのが遅れた。臨界事故を想定していなかったために事業所には中性子検出器が備えられておらず,専門家は曖昧な情報を頼りに判断せざるを得なかった。また,ウラン溶液の飛散によって臨界停止すると考えた専門家が多かったことも,臨界継続の認識を遅らせた要因と考えられる。このため,中性子線量の測定により臨界継続を確認したのは17 時頃であった。原研那珂研が中性子モニタの異常に気づいて自主的に測定を行いデータを送ったが,専門家にはこの情報が届かなかった。 

 官庁の縦割り行政のために情報の流れが一元化されておらず,関連機関の間で情報が錯綜して一部に混乱を生じた。規制官庁以外の関連官庁,交通機関,周辺公共施設等には,メディア報道以外に意思決定に必要な情報が届いていなかった。また,屋内退避勧告について茨城県と政府が協議中にNHKが10km圏内屋内退避を報道し,地元市町村への問合せ電話が殺到した。このために県から市町村への正式な退避決定の連絡が遅れた。

 避難要請解除に関して東海村村長が政府の現地対策本部に出向いて情報開示を求めたが開示されなかった。避難住民と直接対応する市町村と,基本方針を決定する国との間に危機意識に関して感覚的ずれがあった。


1.3.  なぜ作業員は自殺したのか?

 この事件ほど多くの技術者が原因の究明や倫理問題を検討したものはなかった。原子力という技術の性質上、専門家の関与が必要であったこともある。しかし、詳細な整理でもまだこの事件の本質には迫っていない。

 臨界というのは小さな核爆発である。大量の放射線がでて作業している人は全滅する。アメリカではいくつかの事故があり、その意味では経験済みである。それではなぜ、作業員は臨界を承知で作業を行ない、全滅したのだろうか?かなり昔ならいざ知らず、現代の社会で「収益を優先して作業員の命を考えなかった」とは言えないからである。

 この事故の根本原因は、1)人間は記憶することができず、その意味を理解していなくても「規則」を守ると考えているシステム、 2)臨界について教えることができない現状、にある。一般的に原子力の設備は複雑で運転もややこしい。細かく規則が決まっているが、基準書だけでかなりの厚みになり、だれもその内容を記憶することができない。だから、規則を守る為には基準をしっかりしておくことと、その基準の意味を理解することが求められる。しかし、「臨界条件」を作業員に教えると、作業員は濃縮ウランをもちだしてテロに使うことができる。原子爆弾はダイナマイトのような爆薬と違い、起爆剤となる雷管にあたるものが不要なために、適切な量と形の濃縮ウランを手に入れるだけで爆発させることができる。この事故は臨界を教えると作業員にSPを付けておかなければならず、それはできないので危険性を教えずに作業をさせていたことも大きな原因としなければならない。

 このように、東海村の事件の本当の責任は技術者や事故を起した会社にあるのではないと考えられる。原子力というものを推進するために必要な基本的事項の一つ・・・核拡散に対してどのような防御をするのか・・・が日本全体でまだ決まっていないことにある。

 本著では繰り返し、政府や企業などを一方的に非難することは、事実でもなく、また前進的ではないと述べてきたが、この事件は逆に社会の上層部の問題を下部の責任にした典型例でもある。原子力発電は核物質の臨界によってエネルギーを取り出す。だから臨界は第一に勉強して理解しておかなければならない技術内容である。でも、臨界を勉強すると爆弾を作ることができるので、教えることができないし、事実、文献もない。このような大きな問題は技術者個人も、かなり大きな会社も自ら解決ができない種類のものである。

 本著の中で「暴力の正義」について触れたが、現実の社会は力の強いものが当然、その人が責任を負う対象でも巧みに逃れている場合が多い。社会がそうだから、技術者が倫理的な責任を取る必要がないと考える人も要るだろう。本著はそのような立場を取らず、社会がどのようになっていても、責任逃れをする地位の高い人がいても、それと自分の技術者としての魂は別であるとの立場を取っている。

 またこの事件ではマスコミの影響も強かった。現代ではマスコミは情報発信の主体であると共に、情報が力を持っているので、同時に権力者でもある。通常、権力者は他の人の言論を制限することが多いが、マスコミも自らの言論の自由を確保しなければならない存在ではあるが、一般人の言論の自由を認めない。たとえば、マスコミの批判をすると報道されなくなるなどの報復を受けるとされている。このことが事実であるかは明確ではない。それは事実であるかどうかを明らかにすること自体がマスコミであり、そのマスコミを問題にするからである。

 本著での、ダイオキシンの問題や原子力などの大きな倫理問題には「マスコミの権力」が事態を複雑にしているとも言える。しかし、マスコミというのはまた別の要求がある。社会が複雑化し、しかも世界的なニュースの中で視聴者に正しい情報を伝えるという技術はかなり難しく、まだそれが十分に育っていないと言えるだろう。つまり、マスコミの権力や行きすぎなどはマスコミ自体の悪意というより、発展途上によるミスと考えた方が良い。それはかつての水俣病やチャレンジャー号と類似している。