遺伝子組み換え作物は安全か?

 

 私は科学者ですが、「遺伝子組み換え作物」を買いません。

 そして、科学的には、
「遺伝子組換え作物を食べても何も起らず、健康も損なわない」
ことが判っています。

 科学者である私、科学的なデータを信じている私。その私が科学的には安全と判っている遺伝子作物をなぜ買わないのか?それを説明したいと思います。

今から50年前にイギリスのワトソンとクリックという二人の科学者が「DNAの構造」を明らかにして、人間は「生命(いのち)」というものを、少なくも自然科学的にはすっかり理解することが出来るようになりました。

そして、DNAの発見の成果として早速、実用化されたものの一つが遺伝子組換え作物です。すでに臓器移植のために人工的な臓器の合成、遺伝子治療なども始まっていますから、近い将来には「害虫にやられないイネ」「除草剤のいらない野菜」などすぐ利用できる生物や、さらに「観賞用の新しい生物」や「マラソンを一時間で走る選手」「自分の性格の改善」なども作られ、また応用されていくでしょう。

確かに、除草剤も殺虫剤も環境を痛めますから、遺伝子組換えによって虫も付かない新しい作物を作ればよいですし、季節に関係なく何でも食べたいなら冬に植えるトマトや秋のフキノトウを作るのも良いかも知れません。さらに、この食のシリーズで放射線殺菌を取り上げましたが、放射線処理がイヤな人には腐りにくい遺伝子組換え作物の方が良いでしょう。

そうすれば、人類は食糧危機から逃れ、餓死する人を救い、さらに地球上には現在の60億人の10倍も人間が生活することが出来るかも知れません。地球上を人間だけの世界にすることも夢ではないのです。

こんなに役に立つ遺伝子組換え作物ですから、推進派の言い分は簡単で、
・・・人類が狩猟から農耕生活に移って以来、これまで不作に泣いたり、害虫や病気で困ってきたが、それももう心配がなくなった。遺伝子組換えで夢の作物を作ることができる・・・
と言うのも判ります。

推進派の意見は論理的に正しいのですから、遺伝子組換え作物に反対しようとするとその理由を見つけるのが大変です。食品としては安全、動物実験でも障害がない、これまで事件も起こっていない、しかも人類の食糧危機をすく救ううのですから、遺伝子組換え食品を認めざるを得ないような気もします。

著者はそれでも遺伝子組換え作物を使うのは反対です。その理由は「何で、そこまでするの?」と言うことです。少し論理が飛躍しており、かつ哲学的ですので、私の食や環境についての考え方を述べたいと思います。

水銀中毒で世界的な事件になった水俣病はなぜ、起こったのでしょうか?水俣病を起こした企業は日本窒素ですが、会社は水銀を流すと病気が起こることは知らなかったのです。事件が起こってから会社はビックリして処理を誤りましたが、事前に水銀を流せば病気になるのを知っていて流すほど悪辣ではなかったのです。事実を調べますと、最初の患者さんが出たときに病院は「脳の障害」と診断しました。そして病気の本当の原因が判ったのは最初の患者さんがでてからずっと後のことだったのです。

つまり、水俣病の「水銀中毒」のような簡単なものでも「まさか!?」ということが起こったのです。それはその後の事件、たとえばミドリ十字の血液製剤によるエイズ、ライスオイルのPCBの事件などでも同じでした。事件が起こると社会は会社や技術者を糾弾しますが、これらの事件は本人たちが犯罪を犯そうとして起こったことではなく、安全と思ってやっていたのです。単に人間は「分からないものは分からない」ということを示している事件なのです。

私たち科学者は謙虚でなければなりません。「私たちには判らないことがある。安全と思っても危険なことがある。歴史がそれを示している」と思わなければなりません。

このような歴史的な教訓から、私たちが新しいことをするときには、二つの条件が必要と思います。
1) どうしても新しいことをする必要があること
2) 十分な安全性が確認されていること
です。

遺伝子組換え作物について、まず必要性から考えてみましょう。現代の日本は食糧があり余っていて、約3割を食べきれずに残しているとされています。3割も余っているのに、遺伝子操作でさらに大量の作物を作る必要はありません。むしろ、食糧をあまして捨てないようにする方がまともです。だから遺伝子組換え作物を使う理由は日本にはありません。

また世界ではどうでしょうか?世界の人口は現在、60億人を突破し、やがて「食糧の供給の限界」と言われる180億人程度になると予想されています。もし遺伝子組換え作物が出現して食糧供給が増えると人間の数は際限なく増えるでしょう。そして地上には人間の食べ物になる生物以外はすべていなくなり、ただ人間だけが生活している星になると思います。

私たちはそういう地球を望んでいるでしょうか?少なくも私はそのような環境は望んでいませんし、私の周りの人もあまり人間の数が増えることには賛成していないようです。

第二の条件はどうでしょうか?わたしは科学を長くやっていますが、自分が良く間違えることを知っています。それまでの学問の知識で正しいと思ったことでも簡単に事実で覆されるのです。だから「遺伝子組替え作物は本当に安全か?」と聞かれたら、私は「判らない」と答えます。

人間という生物が生きていくうちには制限があると思います。目の前にある「具体的な課題」だけを取り上げて、それが良いか悪いかということに集中して判断すると、時に間違えます。現在の環境問題の原因となっているのはまさにそのような判断から来ています。具体的なものの善し悪し、善悪は確かに大切ですが、大きな枠組みにも目を向ける必要があることを環境問題は教えています。

人間が他の生物に比べて飛び抜けて頭が良く、兵器も自由自在に作ることができる現在、人間は生物をどこまでも追いつめることができます。でも「追いつめることができる」ということと「追いつめて良い」ということは違います。また人間だけのことを考えれば正しいことも、生物全体では間違っていることもあるのです。

遺伝子作物は放射線殺菌や食品添加物とは違い、人間が生物を積極的にコントロールし、さらに人間が特別の存在になる第一歩になると私は思います。そしてそれほどの食糧は不要です。だから反対です。

おわり