-農薬は残留するか-

 農薬について心配している人の多くが、農薬が野菜などの残留していてそれが口にはいるということを心配している。

栽培をしている時に害虫退治で散布する農薬は、散布してから時間がたっているが、「ポスト・ハーベスト」と言われる方法のものは危険であると言われている。つまり、ポスト(後)、つまりハーベスト(収穫)する後に農薬をかけて虫が付くのを防ごうとするもので、食べる時期との関係では一番、農薬が残る可能性のある方法だからである。

 そこでこのポスト・ハーベストはできるだけやらないような方向で進んでいる。このようないわば特別な方法以外で、普通に日本で栽培し、栽培中に農薬を使っている場合に、残留農薬はどのようになっているのだろうか?

 普通には、日本の野菜や果物には農薬が残留していると固く信じられている。もちろん残留している農薬は健康に悪い影響があり、野菜や果物を買ってきたら、十分に水であらい、時には表面の皮は捨てた方がよいと考えている人も多い。

 それではいったい、農薬は現在でも危険なほど残留しているのだろうか?

 日本で使われている農薬は化合物の種類で数えると、380種類で、製品の数では、5,500種類とされている。これらの農薬は田畑にまかれ、残留する。そこで、農薬取締法という法律があり、「農薬の成分は1年以内に半減させなくてはならない」となっている。

農薬を登録するときに、土壌にどのくらい長く残留するかの試験が義務づけられているので、どの農薬も残留試験がされている。現在では、畑に使われる農薬のうち60%、水田でも60%が10日間で半分に減り、1ヶ月たつと、5分の1が残っている。

田畑にまかれば農薬が消滅するのは、分解するのと、どこかに行くのがあり、分解性、移行性と呼んでいる。化学的に不安定で分解して無毒でもあり、効果も無くなってしまうのが多いが、中には揮発性が高く、空気中に飛散するものもある。

 一般的には農薬はセロリ、パセリ、アオジソ、イチゴなどに多く残留していると言われているが、その量は少なく心配はない。

 ただ、ときどき農薬事件がはなばなしく報道され、社会を不安にさせることがある。たとえば、青森県のリンゴから発ガン性のある農薬が検出されたという報道があった。カプタホールというこの成分は分解しやすく、分解した物が安全か危険かの判断も難しい。それ以上に、この農薬成分を測定すること自体が難しいので、本当にリンゴに残っていたのか、また残っていたとしても発ガン性があるのかは不明である。

 しかし、「発ガン性の有る農薬成分がリンゴに残っていた」と報道されると、リンゴを買う方は心配になるのは人間の心理である。そして、ときどきは間違いが起る。食の安全だから、間違いはあってはいけないが、人間がやることだから、間違いもある。

食の安全は「間違いがあっても大丈夫」としておかなければならない。幸い、この農薬成分は髪の毛に多く含まれるアミノ酸と反応するので、髪の毛から水銀やヒ素と一緒に体の外にでる。

 現在の日本ですこし気にしておかなければならないのは、土壌中に残りやすいドリン系の農薬だろう。この農薬はすでに30年前に禁止されているが、まだときどきキュウリなどに含まれている。それらは、有機塩素系殺虫剤でありディルドリン,アルドリン,エンドリンなどと呼ばれる。

 使用禁止になったにはそれなりの理由があるが、毒性はそれほど強くないので、心配はいらないが、そのような農薬がまだ少し日本の畑に残っていることは頭のすみに入れておいた方がよい。

 農薬の問題で私がむしろ少し納得がいかないのは、なぜこれほどまでにあまり害のない農薬を怖がるのかということである。一つは有吉佐和子以来の幻想の構築がある。現実にはいないお化けを怖がるように創造で怖い物を作りだしてそれを怖がるといういわばマッチポンプのような現象の一つでもある。

 何が毒物か、何を怖がらなければならないかは時間と共に変わってくる。最初は新しい化学物質を使えばそれがどんな影響を与えるかは不明であるが、時間ともに次第にその影響は判って来るものである。

 特に農薬のように人体実験と言われたほど多く使用された物の毒性は、障害者が出るかでないかで勝負が決まってします。その意味では特殊に毒性が高かったものを除いて、一応、普通の生活で気をつけなければならないほどには毒性は高くないとしてよいものである。

我々は不必要な幻想におびえる必要はないし、かえってそれは食の安全を脅かすことになる。

 農薬について数回、整理を進めてきた。食材についている農薬はそれほど有毒ではないが、農薬の問題はむしろ生産者の方にあると思われる。

農薬を連続して使っている農地は次第に農薬が分解した生成物が畑に蓄積してくる。これは化学肥料も同じで、よほど注意して化学肥料や農薬を選択しないと長年、使っている内にだんだんと蓄積してくるのはやむを得ない。

もちろん、天然のものでもおなじようなことは起こり、堆肥を使用しても、またあまり用語としては適切な使用方法ではないが、有機栽培でも同じである。しかし、長い生物の歴史で堆肥やいわゆる有機栽培で使用するものはそれを分解する微生物が存在するので分解されるということだけである。

だから、あと1万年も立てば農薬や化学肥料の分解生成物を、さらに分解する微生物が登場するだろうが、1万年も待てないので結果的に農地が荒れることになる。

つまり、食の安全という意味で、農薬の問題は生産者側と消費者側の両方から考えなければならないことも指摘しておく。

おわり