ミュンヘン工科大学

 ヨーロッパの独自性を認め、世界の様々な大学と比較しても、ドイツの大学教育制度は独特のものである。

 もともとドイツは連邦制を引いており、歴史的にも州の独立性の高い国である。11の州は教育に対して大きな権限を有しており、その教育制度は複雑で多様性に富む。日本の小学校に当たる基礎学校は4年制で10歳で卒業する。その後11歳から9年制の高等中学校、6年制の実科学校、5年制の期間学校、そして総合性学校などがある。義務教育は9年であり、高等小学校と実科学校の間は成績によって移動することもある。

 大学への入学は9年制の高等小学校のアビツールと呼ばれる修了試験を受ける。この試験の合格者は希望する大学への進学が許される。修了試験は3科目の筆記試験と1科目の口頭試問からなり、合格には高等小学校の高学年の履修科目平均点も加味される。この修了試験の道が大学への進学ルートの最も一般的なものとは言え、18歳人口の約35%が受験するに過ぎない。その後、1年の兵役があり、兵役後に大学に実際に進学するのはさらに45-50%である。ドイツでは修了試験を合格すればどこの大学でも行けるので、大学間の格付けは無い。

 従って、学部にははっきりした入学定員という概念自体が無い。履修や進級制度は様々であるが、一般的に一つのコースの試験に合格しないと次の試験に進めなかったり、試験の挑戦権が3回に制限されていたり、2年次から3年次への進級が厳しく制限されている。そのため、3年次へ進級できる学生は全体の50%程度である。ドロップアウトした場合には他の大学へ移る場合が多いが、それでも同じ学部に移ることが出来ないので、専門は変わる。そのため、企業にも就職するが日本のように転学、編入、退学などを比較的簡単に考えている。

 2年次修了者はプレ・ディプロマと呼ばれており、それをクリアーすれば卒業する学生は90%に達する。4年を卒業後、ディプロマ論文を半年で書き、ディプロマの資格が与えられる。自由な大学制度が実施されているので、セミスター制が多いが、卒業までのセミスターの数は8-10と一定ではなく、卒業年限も設けられていない。多くの工学系大学ではいわゆる教養科目の履修数は少なく、単位制も採っていない。

 ドイツの大学制度は本当に面白い。日本の教授会で「常識」とされることの多くがなされていない。ドイツの様な大学教育を日本の教授会に提案したら、とても非常識で大学教育なんか行えないと、お叱りを受けるだろう。我々日本の大学人は本当に視野が狭い。

ミュンヘン工科大学のアウトライン

 ミュンヘン工科大学は1823年に創立された古い大学で、1877年、1970年に改革し現在の大学になっている。ドイツではほんの一部の神学大学をのぞき、ほとんどの大学が国立大学であるので、ここもそうである。大学生は授業料は払わなくても良い。

 ミュンヘン工科大学は学長一名、副学長2名、評議員70名、学生代表2名を含む代議員26名で運営されており、12の学部、4つの研究所とその他の施設からなる。教職員は9315名で、教授243名、準教授193名、アカデミック職員3191名、非アカデミック職員5688名で、工科大学と称しているが、農学部、医学部や特色ある学部を抱えている。非アカデミック職員が多いのも医学部のあるせいである。

 学生数は全部で20866名であり、工学部は、建築学部(1383名)、土木工学部(2227名)、機械学部(2763名)、化学・生物学・地球科学部(979名)、電子情報工学部(2295名)及び情報学部(1543名)などと分割されている。大学院制度は無く、大学が大学院と一体であり、大学院生は研究を大学で行い、学位を取る。

 ドイツでは上に述べたように、大学院という概念が薄いが、そのかわり学部を卒業し、半年をかけて論文を書くことによって取得できるディプロマの称号がマスターと同様の価値を持つ。博士も大学に残って研究して論文を書き、3-5年で博士になる。これも日本のように一定の基準が有るわけではない。アメリカで実施されているアクレディテーションもディプロマ・イングという独特の資格があり、この資格を取るためのコースが設けられている。高校の先生、2つ目のディプロマを得るためには必要である。

特徴ある教育

 ドイツの大学は全体的に特徴があるので、どれをとって特徴があると言えるのかは難しいが、例えば企業との連携で進めるインターンシップは必修の学部が多い。インターンシップとは大学在学中に企業と組織的な関係を結んで、教育を行うシステムである。アメリカではインターンシップをさらに二つに分けているが、世界の標準的な概念ではそう言って良い。この制度は学生に実学を学ばせ、工学に対する勉学の意欲をどう題させる点では優れているが、学問としての工学教育体系を壊すものとして拒否反応があるのも確かである。

 ミュンヘン工科大学の建築学部では3-12月間にわたり、インターンシップ制を採用しており、電気情報学部では6ヶ月のインターンシップを課している。このような実習について、多くの国の大学では工学教育に重荷になるという理由で積極的ではないが、ドイツと同じように積極的なのはシンガポールである。また、ドイツの大学の多くはインターンシップが当たり前なので特に負担にも感じていない。慣れれば普通のことになるのかも知れない。

 企業との研究提携や大学の知的財産の社会への発信という点ではインターンシップとともにリエゾンオフィスや入試を司るアドミッションオフィスなどがあるが、それは活発ではない。その点では保守的にさえ見える。

 保守的という意味では学費も無料なので、学生のアルバイトの問題も深刻ではない。国際的には留学生も歓迎するいわば普通の政策を採っており、授業評価やティーチングアシスタント制もあまり積極的でない。

 つまり、ミュンヘン工科大学の特徴は教育システムそのものにあって、その実施体系に有るのではない。

 ドイツはある意味で画一的でシステムで教育を進める風がある。