環境負荷の計算方法-2
「環境負荷の計算方法―1」で現在の学問レベルでは環境負荷計算が極度に困難であることを示した。しかし、環境を研究していくには何らかの計算が必要であり、そのために、まず資源の環境負荷計算の基準を検討した。まだ、学問的には厳密性を欠くところがあるが、個別の環境計算より確かな数値が得られると考えられる方法を検討し、少しずつ内容を詰めていきたい。
ここでの環境の負荷では、たとえば自動車や家電製品のような工業製品を製造する場合や、石油火力や太陽電池で電力を得る場合、また日常的な生活でさまざまなものやエネルギーを使用する場合を念頭におき、我々が対象とする行為や物質がどの程度の環境負荷を与えるかの計算が念頭にある。そのため、現在の日本でもっとも多く使用している鉄鉱石、石油、そして電力などを主たる資源やエネルギーとしている。
地下に埋蔵された鉄鉱石から鉄鋼、もしくは鋼板を得る場合を考える。
1. 資源が地下に埋蔵され、もしくは地表に縞状鉄鉱床などとして存在する場合、その状態ではほとんど環境への負荷を与えず、かつ人間や生物にとって大きな損害を与える存在ではないとする。すなわち、縞状鉄鉱床は20億年前のある期間に生成されたとされており、生物が誕生した6億年前には既に存在していたので、特別な環境負荷要因に加えることは論理的な整合性がとれない。鉄鉱床は、森林の存在が地球環境には良い影響を与えるという見地から植物が繁茂しているということをもって環境負荷が小さいと言う論もあるが、一般的には、生物が誕生する以前から地上に存在するという事実の方が、たとえ植物などが繁茂していないので「不毛の荒れ地」とされても、それ自体で「環境負荷を与えている場所」とするより合理性が高いと考えられる。環境に負荷を与えず、人間活動以外にそれらを活用する特別なメリットも無い存在として、存在状態を環境負荷のゼロ点(原点)に置くことができる。
2. ゼロ点にある鉄資源を掘り出し、一次精錬するときに要するものは、エネルギー、物質、人手、それに税・金利・管理費などの社会負荷の4種類の環境負荷が考えられる。このうち、設備を構成する物質を含む使用物質は鉄に加えてプラスチック、紙などが使用される。また、“人手と社会的負荷”はいずれも人間が直接的に関与する負荷であり、その内容は、1)直接的に精錬所で働く人の負荷と、2)間接的に社会の仕組みを形成している人の負荷、に分けることができる。
3. 精錬で使用する物質はすべて鉄に換算できるとする。プラスチックや無機材料などを個別に環境負荷として含めても、それらを鉄に代表させても、論理の展開は同一であるからである。以上の準備をすると、鉄鉱床から鉄を一次精錬する環境負荷は、1)エネルギー、2)鉄、 3)人間の負荷 の3つに集約できる。
4. 一次精錬所から港に運搬され、船に積み込まれて輸出され、さらに輸出先の高炉・転炉・圧延工程で鉄板になる過程を想定する。これらの過程は一次精錬の構成要素と基本的に同一であり、環境負荷項目も同一とできる。すなわち、具体的には、トロッコ、トロッコを移動させる電力、船の建造、船の移動に使う重油などで構成され、環境負荷は、1)エネルギー、 2)鉄、 3)人的負荷、である。
5. 鉄を採取するのに使用した鉄は、最終的に得られた鉄から差し引くことによって、鉄をゼロ点から工業製品まで転換する環境負荷としての鉄の負荷を除くことができる。人的負荷の環境負荷への変換については2つの考え方があるi、ii)。一つは、人間が存在する限り人的負荷が生じるので、それを環境負荷に算入するのは不適切であるという基準の取り方と、人間の負荷も環境に影響を及ぼす限りは環境負荷に算入するのが適切であるとする立場である。本論で問題にする課題については2つの算出方法のいずれを採用しても結論に影響がない。
6. 仮に、人的負荷を環境負荷に算入しない方法では、鉄板の環境負荷は、すでに上記の5で環境負荷から鉄が除かれているので、負荷はエネルギーだけが残る。また、人的負荷を環境負荷として算入する場合、その負荷はやがて賃金などを通じてエネルギーと物質に変換され、物質はエネルギーと人的負荷に還元される。この人的負荷はさらにエネルギーと3次の人的負荷に還元されるので、人的負荷は無限級数となり、最終的に収束する。仮にエネルギーと人的負荷が同一である場合、級数は、
これを一般式で示せば、ある負荷の内の特定のものの割合をmとすると、
で示すことができ、S=1、すなわち見かけ上、人的負荷はそのものの環境負荷と同量になる。エネルギーと人的負荷が同一でない場合、その比率に応じて人的負荷の転換が段階によって変化するが、結局は、人的負荷は最終的に環境負荷全量と同一になる。すなわち、たとえば、一次精錬でかかる負荷は表面的には、エネルギーと人的負荷という形で示されるが、エネルギーが石油やウランなど物質の形で供給され、それが精錬所や発電所などを経てエネルギーに変換されるので、エネルギーと人的負荷という表現を、すべてエネルギーとしても、すべて人的負荷としても同一であることを示す。
7. 鉄とエネルギーは等価で換算することができ、このことは市場における価格変動や政策的変動を考慮せず、コストと一定の収益に基づくプライスで環境負荷が表現できることと等しいとも言える。すなわち、鉄板という物質は、エネルギー、人的負荷、プライスのいずれで表現しても同一になる。
8. 上記の各項目について、それぞれが異なる国で実施されている場合について付記する。人件費の高い日本の製鉄とそれが安価な開発途上国の製鉄を例にとると、人件費が高い場合には機械化自動化を進めて人件費の抑制をはかり、国際市場のおける同質品質の鉄鋼の価格が同一になるように調整される。このとき、同一価格の構成比率が国別、あるいはプロセス別に異なることも生じるが、このことは本論を進める時に特に問題にはならない。長期的・世界的に考えると全世界鉄鋼生産の平均の価格構成比率をとることもできるし、自由な取引が行われる市場を仮定すればこの合理性は保たれると考えられる。
以上の考察から、我々が取り扱う物質やエネルギーは、
1) 市況による変動を平均化した価格(円/kg)
2) 電力のような典型的なエネルギー(kWh/kg)
3) 鉄のような基礎物質(kgFe/kg)
のいずれで表現しても等価な尺度を得ることが判る。また、ものやサービスの価格は、
1) 全額が人件費である
2) 全額が物質とエネルギーの合計である
のいずれも同質であることが判る。
環境負荷を計算する場合、たとえばある毒物に大きな係数を掛けて計算するなどの方法をとると、計算する人の環境、人生などに関する価値観が入る。現在の日本社会が環境をある程度重要に考え、国民が決定している商品価格、税金などには国民の判断がすでに組み込まれているとすることは合理的である。つまり、ある毒物がきわめて危険と考えられれば、それを除くことが困難な製造プロセスを使用した商品はより高価になるし、社会が毒性が低いと判断している場合はより安価に製造し、また廃棄できると考えられるからである。
従って、環境負荷に関する個別の係数が学問的合理性をもって示すことができるようになるまでは、コストあるいは電力でその環境負荷を計算するのが適切であろう。
i 宮崎修行、「統合的環境会計論」、創成社、
ii 都蔦 孝、「環境会計の導入と対策」、STN、(2000)
終わり