-物質の持続性に関する幻想-


1.1. 物質の持続性に関する幻想

 DDTから環境ホルモンに至る環境問題を経験することによって、科学者や技術者の心の中にあった科学の厳密性が失われた。学者は自らが信じることを話すのではなく、社会が合意していることを臆面無く話すようになった。これこそがまさに環境運動がもたらしたことだったのである。

 近代化が進むようになって以後、日本の大学や産業はより多くの物質を供給し、産業の効率を高めることこそが国際競争力を高め、日本人を幸福に導くという中心的な指導原理に従って新しい技術の開発に努力してきた。明治維新以来、毎日の努力項目、目的はそれに集約していたと言えるだろう。そしてそれは大きな成功を収め、日本は19,20世紀を通じてアジア、アフリカ、南アメリカで唯一の独立国であったばかりではなく、世界でもっとも豊かな国になったのである。

 ところが、日本経済が崩壊した1989年、この指導原理は突然として消滅したのである。生産量や売上高は低下し、同時に環境問題がひろく認識されるようになった。新しい指導原理のもとでの行動に迫られて、日本政府、市民、そして学者までもが、現在の生活スタイルを続けるために「循環型社会」を構築したいと希望したのである。

 ここで循環型社会や持続性についての社会科学の動きを解析する前に、日本における物質の流れやエネルギーについて整理をする。

 日本社会で一年使う物質の総量は約200万トンである。その半分は、港湾、海岸、田畑、山野、湾の施設、橋、道路、高速道路、講習施設、そして強大なビルなどに使われる。


図 17 1997年における日本の物質フロー

残った約10億トンが日本の工業に投入され、そこで約5億トンの工業製品が製造される。工業に投入される原材料の重量に対して、製品の重量は0.5である。つまり投入された原料の半分が製品となり、半分が廃棄物となる。この比は日本が世界で最大であり、日本といくつかの先進国の間のこの比を図 18に示した 1)。


図 18 日本と諸外国の製造業のエネルギー原単位比較

 そして5億トンの製品が日本の家庭や小さな事務所に供給される。製品はそこで使用され、最終的に2億2千万トンが固体の廃棄物として家庭は事務所から排出される。家庭や事務所からの廃棄物は公的な統計があるが、5千万トンとされている。

さらに、日本で消費している物質量が年間20億トンであることを考えると、5千万トンという数字もかなり少ないことが判る。それでも工業的に使用されている物質を見たことがない市民は、普段の生活では見ることができないほどの量の廃棄物に驚いたのである。

 循環型社会というのはこのようにいくつもの誤解によって始まった。そのうちの一つが本質的にリサイクルできる物質が、自分たちが消費している物質量に対してきわめて少ないことである。従って、もしリサイクルできるすべての物質を循環したとしても、わずか全体の5%にしか過ぎないことである。

 二番目の誤解は、廃棄物の回収には新たな物質とエネルギーが必要であるが、具体的には2.2億トンの固体廃棄物を回収するのに新たに消費される物質が7億トンと計算されることである。

 さらに三番目の誤解は日本人の伝統的なライフスタイルとのミスマッチである。日本人は歴史的には簡単なものを使い、そして短い時間に捨てる習慣を持っている。たとえば、日本人は木材と紙で家屋を造り、30年ごとに立て替える。その使用期間はヨーロッパに比べて3分の1である。

このような日本人の生活スタイルは大昔から続いていて、すっかり日本人の毎日の生活の中に溶けこんでいる。江戸時代には「宵越しの金は持たない」というのが一つの生活規範だった。その意味は今日、自分の持っているものは明日まで持ち越さない、次の日までものやお金を持っているのは潔くないということである。

 実際、名古屋市では分別し、20種類以上に分別して「名古屋市リサイクルシステム」で回収されたものの90%以上が燃やされている。その理由は誰もが中古品や古い物質を使いたくないからである。 リサイクルは現実的ではないけれど、いったんできた幻想は容易に消えないから環境を守るということで今後も続くだろう。

 もともと、「リサイクルによって回収する」という概念は熱力学第二法則、材料劣化、そして資源の原理などのいくつかの科学的法則と一致しない。その一例として現実の日本のエネルギーフローを簡単に図 19に示した。


図 19 日本におけるエネルギーフロー(1997)

 エネルギーとして使用される輸入石油、石炭、天然ガス、そしてウラニウムは約5億トン(石油換算)である。そして鉄鉱石、銅鉱石、食品などの他の輸入される物質中にはそれらが日本の地中にある時より高いエネルギーを含んでいる。それらを計算すると石油換算1.5億トンである。つまり、日本社会はエネルギーとして6.5億トンを一年に使用しており、それは一年で全部、無くなってしまう。まったくリサイクルすることができない。エネルギー消費量はすでに述べた還元された物質の消費量と同じである。

 このように、物質循環によって日本の環境を改善しようとする試みは非現実的であり、多くの学者がここ300年の間、構築してきた科学的知識を相反する状態になっている。

参考文献

1) BP、内閣府、モルガン・スタンレー・リサーチ