温暖化と日本の風土

 世界は日本ではありません。それは単に民俗が違うとか国境が異なるとか言う他に、文化も生活もそして人生そのものに対する考え方も違います。例えば南米諸国では麻薬が日常的に使用される地域があります。麻薬が悪いという先入観にとらわれていますと、なんとだらしない国民と思いますが、彼らは次のように言っています。

「アメリカは麻薬の取締に躍起だが、もともとアメリカは一所懸命やってる人をやっつけることだけを考え、全体の調和など無視している。自分たちだけが良ければよいと確信している。気が違っていると言っても良い。この世は動物もいるし植物もいる。人間だけがあんまり頑張っては調和はとれない。それよりのんびりと人生を送ることが大切だが、残念ながら人間は中途半端に頭が良いので暇が続くと我慢が出来ない。そこで適当に麻薬を使い人間の心を静めるのだ。」

 アメリカ人のように競争に勝つことを最大の美徳にするのが正しいのか、あるいは南米の一部の人たちのように環境を守り調和ある人生を送るのがよいのか、それは判りませんが、麻薬のように分かりやすいものでもこのように考え方が違うのですから、世界を一つのものと考えるのは危険です。

 地球温暖化は文字通り地球規模の問題ですから、なおさら自分だけの考えや日本の考えが世界でも通用すると考えない方がよいでしょう。その最大の点は「日本人など先進国の人が地球の温暖化を進めているのだから、それが問題だと思ったら自分たちの生活を変えればよいじゃないか」という論理に対抗できないと言うことです。

 いくら省エネルギーや二酸化炭素の排出量を6%減少させても、模試に酸化炭素を出すのが悪いことなら日本はかなり大いに酸化炭素を出しているのは間違いありません。そして日本人は偉いから当然だという考え方はアメリカ流で、開発途上の国の人は人間は平等だから日本が工業が優れていると言うことで地球温暖化を進めて良いという理由にはならないと考えています。

 下の図でわかりますが、何しろ西側先進国の人は一人あたり12.6の二酸化炭素を出していますが、途上国の人は平均で4.1しか出していません。その比率は3分の1程度なのです。アメリカなどは20も出していてそれでたった1のインドに対して大きな顔は出来ないはずなのです。私たちはこの不平等に出来るだけ触れたくないのですが立場が逆ならどうでしょうか?

 ですから著者は多くの日本の環境運動家と違い、自分自身が地球温暖化を促進しているのですから、あまり大きなことを言わず、地球温暖化を抑制するなども言わず、自分に出来ることに限定しています。この場合、自分に出来ることというのは本当は給料を10分の1にしてもらうのがよいのですが、それは出来ないと言うことです。

 そこで著者発議のように考えています。

1) 京都議定書を守るだけで大変だけれど、そして地球環境を守ろうという意志は正しいが、京都議定書は地球温暖化を防止できないという事実を認める。
2) 日本に住んでいて、日本人の平均的な生活をしていれば、世界から見れば地球温暖化の張本人だから、あまり大きなことは言えない。
3) だから温暖化が進むのは開発途上国の人が自分と同じような生活をしようと努力すれば止められないのだから、温暖化しても大丈夫な生活をする方が良い。

 つまりもう少し具体的に表現しますと、
1) 日本人自身が環境と調和した生き方の方向に進むこと
2) 地球が温暖化しても強い生活を作っておくこと
のようなことです。このような日本を作るためには個人で出来ることもありますが、日本人が全体として取り組まなければならないことも多いと思います。

 つまり、
1) 石油がだんだん高くなるし、石油を使うことはもともと環境には良くないので、石油を使わない生活へ切り替える
2) 国土作り、都市作り、畑作りを石油から切り離す
のような感じなのですが、石油を使わない生活を心がけても社会がそのようなシステムになっていたらダメです。だから個人で出来ることと社会全体ですることを分けなければなりません。

 また環境は「よい子になりたい」という気分が強く、そのために「自分でも出来ること」「小さいけれど地球に貢献できること」という言葉が多用されますが、日本は民主主義の国であり、もし個人個人で出来るならそれを政治の舞台に上げて、国全体でよりよい方法を採っていくのも大切です。

 気温の変動というのは気象ですから日本の風土や温帯にあるという立地条件が大きく関係します。実は日本という国は極めて特殊な国で、温帯の島国というのだけでも珍しい存在です。小さな志満はありますが日本ほどの島国は温帯ではニュージーランドと日本ぐらいしかなく、少し幅を広げても亜寒帯のイギリス、亜熱帯のマダカスカル程度です。

 それに加えて山紫水明、適当に台風が来て水が豊富です。世界で安心して水道の水を飲むことが出来るのは3カ国といわれていますが、日本はその一つです。また暖房は少し必要ですが冷房をしなくても何とか生活が出来ますし、寒さも直ちに凍え死ぬというようなアメリカ西北部や来たヨーロッパ諸国とは全く違います。

 日本には日本の環境がある。決して環境の先進国だからといってドイツやデンマークをまねしてはいけないというのが私の持論です。日本人はドイツがリサイクルしている、デンマークが風力発電をしている、だからリサイクルも風力発電もしなければならないと考えずに、もっとプライドを持って日本の自然を生かす環境を築いていく必要があると思います。

 それに加えて日本の不利なところもあります。それは国土面積は世界の0.28%にしかならないのに、人口は2.2%、そして生活の豊かさに関係する工業生産高は実に世界の13%にも及ぶのです。その結果、もし石油がなくなったり自然に頼らなければならなくなったとき、日本は真っ先にその影響を受けると考えられます。

 上の表はこれからの石油枯渇、温暖化などを考えると恐ろしいことを予見しているように思われます。日本は自分の国土に頼ることが出来ないという点では世界トップとも言えるのです。そしてこの総合的な表には表に出てきていませんが、日本の食糧自給率はカロリーベースで40%、畑の面積ベースで25%にしか過ぎません。

 そして農業というのはもともと土地を耕し、そこに種を蒔き、太陽のエネルギーを利用して作物を得る作業を示します。だから畑にある漁のエネルギーを投入すれば、それ以上のエネルギーが得られるのは当然のことと考えられます。

 上の表は日本の農業の投入エネルギーとそこから産出されるエネルギーの比率を示したものです。1950年までは日本の農業は投入したエネルギーに対してそれを上回る産出エネルギーを生んでいました。でも著者には考えられないことなのですが、1970年から最近まで日本の水稲は投入エネルギーの方が産出エネルギーが大きく、やればやるほど「損」をするという状態になっています。なんと言ってもコメは日本人の命を支えるもので、それが3分の1も回収できていないというのは、驚くべき現実です。

 私は日本は少しこのような現状を認識し、長期的な視点に立って、日本人は世界の温暖化を心配できるほど強くはないので、自分たちと自分たちの子孫の命を保つだけで大変だという謙虚な気持ちがいるのではないでしょうか。確かに日本の家電製品、電子技術、そして自動車の性能は素晴らしいのですが、すっかりそれに安心しているという気がします。そこで次回からはあまり地球、地球といわないで、日本そして個人が出来ることを考えてみたいと思います。

おわり