8.  有害で有益な元素

 自然にあるものは人間にとって、毒でもあるし、薬でもある。しかし、自然から生まれた人間が自然のものを忌避するのは間違っている。それは水銀でもヒ素でも同じだ。

 神社の赤い鳥居は硫化水銀で着色されたもので、奈良の大仏の金箔は水銀アマルガムという材料を使って見事にありがたい装飾を施した。水銀は少し毒性があるので、それを上手く使うことによって腐食を防ぐことができたし、金と結合するという特徴を活かすこともできた。

 あらゆるものは毒でもあり、薬でもあり、さらに利用価値もあるものということを自然の中で暮らしていた人間は良く理解していた。もちろん、水俣病の原因は水銀そのものではなく、この世のものはすべて毒でもあり薬でもあるということを忘れた近代技術が原因であった。

 でも、科学が進むと、人間は傲慢になり、すべては自分が判断し、正しいとか間違っているということが判ると錯覚したのである。そして水俣病では「水銀が原因」という、とんでもない結論になってしまったのだった。

 一体、生物の体にはどのような元素があるのだろうか?普通の自然の中に住んでいる人間や哺乳動物はその環境の中から必要な元素を採り、もし採りすぎるといろいろな方法で体外に排出してその濃度を調整する。その結果、体内に残っている元素の濃度を測定した結果を次の図に示した。

 このデータは名古屋大学の原口先生が測定されたものだが、測定者の原口先生にお話を聞いたことがある。原口先生は、「人間の体の中の元素を測定するといっても生身の人間をすりつぶす訳にはいかず、臓器ごとに値は違うし、体の組織のものと外のものが混じってもいけない。微量の元素を測定することはかなり大変である」とお話になっていた。

 たしかに、そうだろう。

 人間は自然の中から誕生してきた。だから利用できるものはできるだけ利用する方が競争に強い。人間が水銀を使用していないはずはない。普通に考えればそうなる。

 そして学問は時に社会に誤解を与えるが、やがてそれを克服して、一つ一つ進歩をする。この図を見ると、水素(H)、炭素(C)、酸素(O)、チッソ(N)がまず多く、その次に、リン(P)、イオウ(S)、カルシウム(Ca)、ナトリウム(Na)、マグネシウム(Mg)、カリウム(K)、塩素(Cl)などが続く。

 リンはDNAとATPに、カルシウムは骨、イオウは髪の毛や爪に多いタンパク質のシスティンに、カリウムやナトリウムは電解質として神経伝達や細胞膜に、そしてマグネシウムは??塩素は??と人体の中で何をしているのか、まだ判っていない元素もある。

 塩素のように「有害に決まっているじゃないか」と言われている元素も人体には必須である。「塩素が入っているから、塩ビが有害だ」などと言う人はまず原口先生のご本を読んでからご自分の意見を言うようにして貰いたい。

 さらに微量になると鉄(Fe)、シリカ(Si)、等まではわかるが、アルツハイマーの原因と言われるアルミニウム(Al)、味蕾障害を引き起こす亜鉛(Zn)不足などが出てくる。アルミニウムはアルツハイマーになると言われるが、もちろん必須元素である。

 亜鉛は毒だから規制しなければならないと主張されていた中央官庁の偉い人がいたが、亜鉛が有害だという間違った情報に基づいて、亜鉛の規制を行い、亜鉛不足で味蕾障害者が出る。罪作りな官僚である。自分の出世が関係していたのだろう、国民の健康などどうでも良いように見える。

 行き過ぎた規制は亜鉛不足を招き、味蕾障害が多発した。そこで、今度はサプリメントという名前の亜鉛を売っている。

 忙しいことだ。

 わたしが毒性と効果を調べたのがニッケル(Ni)という金属だが、この金属は酷いアレルギーを起こし、人によってはニッケルに触れただけで真っ赤に腫れることがある。そんなことから少し前まではニッケルは毒物と思われていた。でもスコットランドでニッケルが不足すると顔面の骨がガンになることがわかり、180度転換して、今では必須元素になった。

 コバルト(Co)も同じである。少し前の環境運動家はコバルト追放運動をしていた。ところが、コバルトが無くなると腸で造血ができなくなり強度の貧血になり、酷い時には死に至る例がカナダやオランダで出てきた。ニッケルもコバルトも人体には貴重な元素であり、化学反応に触媒として有効に作用する。

 「化学物質排斥運動」というのがある。この運動に参加している人は人体や動物、植物は「化学物質」ではないと信じているし、「人工的に合成された物」がこの世に存在するとも考えている。

 本当のところは、人体や動植物の体はすべて「化学物質」でできているし、人間が「発見した」と言われる化合物でも、もともと地球上にあるものである。

 人間は自然に無いものを作り出すような知恵は無い。その意味では人間の活動はあたかもお釈迦様の手の中でぐるぐると動きながら得意になっている孫悟空のような存在である。

 そして、人間の体もまた化学工場であり、人間の作る物はほとんど自然界にある。たとえば、ダイオキシンは「人間が作った」というけれど、全くの間違いで自然界には人間というものがこの世に出現する前からかなりの量が存在する。

 でも、人間でも最近、このような微量元素の効果が判ってきた段階だから、植物プランクトンが何の元素を使って生きているかはまだ研究が進んでいない。ただ、多くの生物がほぼすべての元素を必要としている事だけは事実である。

 人間が「こんなものは有害だ」と決めて海を作ったらどうなるだろうか?その実例がある。

 上の写真は人間が考える「毒物」を除いた悲惨な海の写真である。所々にやせ細ったウニがいるだけの死の世界だ。このようなやせた海岸は森からの「栄養」が流れてこなくなったことや舗装あるいは護岸工事が進んで、「汚い物」が海に流れないことが原因していると考えられている。

 このことは、まだ学問的に明確ではないので、その可能性がある、と言うぐらいに考えておいた方がよいが、「豚舎の排泄物が流れ出る近くの海は魚が採れる」と言われることや、化学反応の原理から言って、生物は自分が住んでいる周りの環境から必要な元素を得て、さらに他の生物との関係で生きていることを改めて実感する。

 20世紀の半ば、アメリカのロッキー山脈を抱えている州で、シカがピューマに襲われて犠牲になることが続いた。可愛いシカが死ぬのだから可愛そうだという事になり、「ピューマ狩猟隊」が編成された。

 狩猟隊の出発式には市民、環境運動家の他に政治家も臨席し、隊列を組んで狩猟に出る隊員を華々しく送った。そして多くの「憎っくきピューマ」がライフルで「始末」された。狩猟隊は凱旋し、市民はそれを歓呼の声で迎えた。

 それから数年、可愛いシカは天敵がいなくなってドンドン増え、作戦は成功したかに見えた。でもある年、増えたシカがロッキーの草木を食べ尽くし、市民は大量のシカの屍の前で悲しまなければならなかった。

 自然は人間の知恵を越えている。ほとんど何も知識が無いと言ってもよい人間が、自然を変えようとしても無理なのである。自然のものはそれが水銀であれ、カドミウムであれ、鉛であっても、すべて必要なものなのである。

つづく