4.  海と陸 ・・・ では海はどうか?

 陸の植物は太陽の光をあまり有効に使ってくれない。でも、それは植物自身の「責任」ではないかも知れない。なんといっても陸には三重苦がある。

1) 陸の土地は価値が高く、誰かが使っている。特に人間が使ったら最後、コンクリートやアスファルトで固めてしまう。
2) 土の中の栄養は動かないので、なかなか手元に来ない。リンなどは土壌中で固まって動かない。たまたま根がリンの固まりにぶつからないと利用できない。
3) 主原料である空気中の二酸化炭素があまりに薄い(400ppm)。地球温暖化の時には二酸化炭素は困りもののように言われるが、植物は二酸化炭素が主原料だから、日本人にとっての米のようなものである。

 工業ならこんなに環境の悪いところで生産活動をしようとは思わないだろう。その点、海は広く、陸よりも自由に使えるし、海は海流があり、さらに栄養も移動できるので土より栄養を得やすい。そして水の中の二酸化炭素濃度が高ければ3)も解消するというわけである。

 さて、陸がダメなら海はどうか??まず数値から行きたい。

 陸上植物の最大炭素固定量はGJ(ギガジュール)あたり3.6キログラムだが、海上の植物プランクトンや藻などの生育量は83キログラム程度である。実に23倍!

 もちろん、生育速度は緯度や海流によって変わるが、陸上植物より光合成量が多い。最近ではこのような炭素固定量は人工衛星からのリモートセンシングでも測定できるようになった。その図を下に示した。赤い色がプランクトンの成育速度が速く、青は遅い。基本的には緯度で決まるが海流などの影響を受けていることがわかる。

   

 海洋は太陽のエネルギーを十分に使い、海水は循環する。また樹木などと違って植物プランクトンは回転も速いので、炭素蓄積の効率も高い。陸上が人間や動物が使う場所とすると海はこれからの人類に大きな力を与えてくれる可能性がある。

 特に日本の陸上には山林が多く、平野の良いところは人間が使っている。だから「自然との共存」ということを考えると、もう少し海を積極的に使うという考え方もある。「考え方もある」というと冷たい感じがする。かつての日本は海を頼りに生きてきた。

 狭い日本だけれど幸い、四方は広い海に恵まれている。しかも200海里経済水域のようにその国の主権が認められる領域は広い。しかも、海流が南方から流れてくるのだからこんなに良い資源はないのである。

 日本には資源が無いと言われるが、それは石油、石炭、天然ガス、鉄鉱石のように昔の生物の遺骸が少ないという意味である。これらはすべて太古の昔の太陽の光で固定された資源であり、現在の太陽の光の産物ではない。

 もし、持続性というなら、地下に埋まった化石資源より現在の太陽の光に基づく資源を「真の資源」、もしくは「持続性資源」と言うべきだろう。事実、化石資源は2100年頃にはほとんど無くなると言われている。でも日本はまだ1000年以上は人が住んでいるだろうから、化石資源より天然資源を主とした生活様式を作り上げていく方が良い。それには海の利用が一番である。

 環境関係では今まで、埋め立てや養殖などで海の利用に関しては痛い目に合っている。だから海の利用を、と言いにくいという欠点がある。でも、これからの資源の枯渇、環境の悪化に備えるためには、これまでの間違いを直し、より積極的に海を利用しなければ日本としては立ち行かないだろう。

 循環型社会を設計する時に海上を考えたい具体的な理由は陸側にもある。下の表は名古屋市やトヨタなどの人口密集地帯や大工場群がある愛知県と、愛知県の中でも木曽に近く人口密度が極端に低い豊根村の森林や人間が使っている物質の量を整理したものである。

 太陽の光から期待される還元された炭素の最大蓄積量は愛知県では1年間で1900万トン、豊根村で44万トンであるが、もちろん人間も住んでいるし、道路も川もあるから、実際にこの地域の森林の蓄積量は愛知県全体で僅かに31万トン、豊根村で2万トンに過ぎない。

 これをエネルギーで考えると、愛知県から伐採される樹木のエネルギーは一年間に0.68PJ(ペタジュール)なのに、実際に消費しているエネルギーは1480PJだから、実に2200倍にもなる。

 だからよほど現在の生活を切りつめない限り、森林を利用したらたちまち森が全滅する。すでに200年前のイギリスで森林利用が森を荒廃させ、それで石炭を使うようになったのだから、同じ結論になるのは当然である。

 日本では陸の利用はなかなか難しい。陸のバイオが利用できるのはブラジルのように国土が広く人口が少ない地域に限定される。日本ではダメである。でももし海上利用でできれば循環が可能かも知れない。そこで海のプランクトンでその可能性を探ろうという訳である。

つづく