循環型社会と有害物ビジネスのドライビングフォース


1  循環型社会と有害物質

1.1  全体物質バランス

 2000年近傍に於ける日本の物質(物質起源のエネルギー源を含む)バランスを整理すると1)、3つのステージにわけることができる。日本社会にはいる20億㌧の資源(物質)は、まず道路、港湾、山野のインフラストラクチャーに約半分が使用される。インフラストラクチャーへの物質の供給は工業化が進むに連れて拡大する傾向にある。
 
 その典型的な例がニューヨークであり、膨大なインフラ投資のもとで高効率の活動が可能となる。一方、インフラストラクチャーの構造が複雑で高度化するに従って、この段階で発生する不可逆性が増大する傾向にある。

図 7 破壊される前のニューヨーク貿易センタービル


 これは製造段階でも同一であり、表 3に示したように工業主要原材料の価格はキログラムあたり100-300円であるが、表 4のように工業製品に組み込まれた材料価格は800-100,000円になる。

表 3 主要材料の価格


表 4 主要工業製品に組み込まれた状態での平均材料価格


 物質の価値、あるいは環境負荷は、「コスト」「人件費」「物質量」「エネルギー量」の4つが互いに互換性があり、いずれで示しても同じ値が得られることから表 3および表 4の結果は製造段階での不可逆性を示している。さらに消費段階では拡散(物流)と宣伝・他品種、および「売れ残り」などの別種の影響が大きい。

 たとえば家庭用品に代表的なものであるシャンプーは固形分率が10%内外であるのに、キログラム1,500円程度になり、材料としてはパソコン、テレビなどとほぼ同じ単価になる。そして「消費者」という用語が示すように家庭用品の多くはシャンプーに見られるように不可逆的に損失するものが多い。
 
 このように製造、使用を通じて減少し、循環しうる物質の最大量は2億㌧余である。この量は投入資源の10%程度なので、物質バランス上(化学工学などの視点)現時点ではリサイクルを進めることと循環型社会を形成することは別である。またこの2億㌧は資源としての品位が低く、この資源(人工資源)を回収するのに約7億㌧の天然資源を要する2)。
 
 このことは通常の天然資源の評価と一致し、資源の採掘限界が主として品位によって決定されており、「投入資源より獲得資源が低い場合、資源採掘は行なわれない」という原則が人工資源についても同様であることを示している。
 
 社会的には循環を進める方向であるが、本稿は学術的な検討なので、物質循環における現状を解析し、それに基づいて有害物質の検討を進める手法を採っている。


1.2  有害物質生産

 有害物質は2つの過程で生産される。第一には天然資源あるいは人工資源の中にもともと含まれる有害物質を精錬やリサイクルなどの手段で濃縮・同伴することであり、ヒ素の製造などがそれに相当する。第二は製造中あるいは使用中に新たに有害物質が発生する場合である。
 
 ここで使用する「生産」「有害物質」及び「使用・拡散」などの概念はこれまでの工業社会で使用される概念と違う。それは現代工業化社会に於ける物質循環はまだ人類が経験していないことであり、そこでは新しい現象が起こるからである。
 
 第一に、本稿で言う「生産」とは、工業製品として生産されることだけを意味せず、人間の活動で人間社会あるいは自然に拡散する現象を意味する。たとえば、銅を採掘するときに地中から硫黄が同伴し、その硫黄の「使い道」がなく廃棄する場合でも「硫黄の生産」とされる。これは「人間が文化的生活をするために、副産物を廃棄して有用物だけを社会に持ち込む方法」と「人間を含めた環境全体に注目して行為を選択する方法」の概念の違いから来る。
 
 これまで「不要な物」が「生産」ではなかったのは、それが人間に役に立たないという理由であるが、環境という視点では考察の対象を人間の利得だけに絞ることが困難で、廃棄物の処理にかなりの負荷を伴うからである。また、生産に代わる新しい用語を使用することも考えられるが、混乱を避けるために本稿では「生産」とした。
 
 第二にこれまで「有害物質」とは、主として人体に対して有害なものを意味していた。人間の活動が自然に大きな影響を与えることが少なかった第二次大戦以前、あるいはレイチェル・カーソンが「沈黙の春」で人工物の自然に対する影響を指摘する以前は、人間社会の活動がヒト以外の生物へ影響することは考慮されていなかった。
 
 これに対して、表 5の縦軸に示したように循環型社会では、「生態系や自然に損害を与える可能性のあるもの」「循環物質を劣化させる可能性があるもの」が有害物質として認識される3)。すなわち前者は、循環型社会を構築する目的の一つとしての自然環境保護として、また後者は再利用する場合の材料としての価値を考慮に入れなければならない。地球環境保全という視点からの「有害物質」という概念は、「ヒトに対して」ということから「ヒト、ヒト以外の生物」及び「ヒトが使用する材料および非生物」に対する有害物にその概念を拡げることが求められている。
 
 また第三には、毒物の発生する過程や時期などの時間的な観点である。非循環型社会においては主として鉱業・製造業において有害物管理が行なわれるが、循環型社会においては表 5に示したように「自然を含めた全循環」と、「人間社会の循環に限定した人工循環」の区分も必要となる。
以上の考察に基づき、それぞれの項目について具体的な元素・化合物などについて表 5に羅列した4)。

表 5 循環型社会で蓄積が予想される有害物質


1.3  有害物質拡散

 循環型社会における有害物質の蓄積では、「有害物質の拡散」が特徴的である。非循環型社会においては少なくとも論理的には製造工程、または使用中に発生した有害物質は焼却炉などで適正に処理され、管理された廃棄物貯蔵所に格納される。これに対して循環型社会では本来有害物質を含まない製品が使用や回収過程で有害物質を含むことがある。たとえば生体に対する有害物質(毒性物質)の例では、蛍光灯、目覚まし時計のようなものがある。
 
 水銀が含まれる蛍光灯は製造時に「ガラス」という非毒性物質に「水銀」という毒性物質を密封することによって全体としては毒性を持つ。この製品は使用中も有害製品であり、かつ破損したり回収するときには全体が有害となる。毒性元素を含む電池を内蔵した目覚まし時計も同様で、この場合は製品構造としては一体化していないが、現実の使用状況では製品自体が有害で、回収時に時計本体と電池伴って回収されることが多い。
 
 2000年近傍に於ける元素系毒性物質と、それを含む工業製品をリストし、その回収状況を調査すると、表 6に見られるように自動車用鉛バッテリーを除く拡散性有害物質の多くが回収されていない可能性が高いことが判る5)。

表 6 有害(生体)元素の拡散状況


 また有害物質の内、循環により他の材料に混合し、有害物質(劣化物質)に変化するものもある。後の節に示すスクラップ鉄中の銅や、polystyrene/ polyphenyleneether以外の高分子材料などがその例で混合による損害(劣化)はプラスチック全体の99.7%と計算される。廃棄直前までは社会に有用な物質が回収過程で混合した場合、劣化物質として働くという循環型社会の特徴を示している。


1.4  有害物質の蓄積

 有害物質の量は、図 8に示すようにインフラストラクチャーの建設過程、工業製品の製造過程、使用過程、そして回収過程で蓄積・増大し、リサイクルしないこと(廃棄すること)と有害物質を除去することによって減少する。

 たとえば、非循環過程(2000年近傍)での日本で、比較的調査をしやすい工業製品(建物を除く)5.4億㌧について調査をすると図 8に示したように資源時点では36万トンであった有害物質は最終的に5,000万トン程度に増大すると計算される6)。

図 8 非循環過程での毒物蓄積・増加


 一方、循環型社会において、仮にリサイクル率が100%で有害物質の除去過程を有していない場合、新たに投入され、新たに発生する有害物質は系内に蓄積する。このことは化学工学をはじめとした多くの学問が示すところであり、一つの工場内で起こることが日本の規模に拡大されただけで、循環型社会に帰属する新しい現象ではない。循環システム(の左)と毒物蓄積のコンピューターシミュレーションの結果(の右)を図 9に示した7)。

 
図 9 循環型社会に於ける毒物蓄積のモデル計算


 図 9の左は有害物質蓄積のモデルであり、循環系外から有害物質が除かれる工程は、リサイクル工程と有害物質除去工程であることがわかる。リサイクルは有害物質除去に対して負の効果を持つので、リサイクル率(r)が低ければ有害物質濃度は減少する。

 また除去率(s)が高ければ同様の効果をもたらす。従って、有害物質に対する社会の許容量を決定すれば、それに応じてrとsの最適値が決定される。すなわち、リサイクル率を高くすると除去率を高める必要があり、除去のための環境負荷が追加されることを意味している。


2  エントロピー(理学的指標)と分離作業量(工学的指標)による評価

2.1  エントロピー評価

 宇宙が誕生して以来、全ての自然現象はエントロピーの増大の方向に沿って進み、永久機関の特許が許されないように、私たちはそれに反する現象を見出していない。従って、循環型社会の毒物蓄積と浄化もその原理に反して実施されないだろう。
 
 つまり、人間の活動によるエントロピーの減少を、周囲の自然のエントロピー増大が無制限に受け取るという20世紀までの考え方が通用せず、「環境問題」が人間社会の周辺に存在するエントロピーの制約を受けるということを意味している限り、環境を取り扱う時にはエントロピー増加を考慮せざるを得ない。
 
 環境に関わるエントロピーは、その基本式ΔS=lnΩ(ボルツマン定数は温度定義をエネルギー定義にして省略してある)を個別の現象に適応することによって計算され、それを表 7に示した8)。

表 7 環境にかかわるエントロピー


 この中で循環型社会に於ける毒性物質の蓄積は、劣化のエントロピー(製造及び使用過程)と混合のエントロピー(主として使用と回収過程)の増大に起因している。有害物質と非有害物質がバラバラにある場合の数は、それらが別々にある場合の数に対して極めて大きく、このエントロピーの増大が有害物質の蓄積をもたらす。

 従って、もし有害物質の蓄積を防止しようとすると、それに応じた外部エントロピーの増大をもたらし、それは熱エントロピーと劣化エントロピーで主として補償される。このように、非循環型社会は製造及び使用中の製品のエントロピー減少と人間の活動を通じた減少を「廃棄物」という形で廃棄していたが、それを人間が利用できる形に回復することは熱力学的原理に反する可能性も高い。


2.2  分離作業量評価

 一方、状態量を示すエントロピーに対して、有害物質の除去は廃棄物という混合物(流量F、モル分率XF)から有害物質(同W,XW)、および回収元素(P,XP)に分離する操作に他ならない。このような標準的な分離操作に対してそれを理想的に行なった場合(ideal cascade)、どの程度の負荷を与えるかについてはすでに資源工学では理論式が整えられており、資源・金属・石油化学・化学工学などの分野でその実績が積まれている。
 
 この分離作業量(separative work unit:SWU)という概念を使用して計算する9)。理論式は、
 (1)

ただし、

を用いた。ここで、ΣLは分離総流量、fは分離ユニットに於ける分離係数、VFは価値関数で上式で示されたものである10)。

 計算結果を表 8に示したが、自動車スクラップから鉄を取り出す場合を1.0としてSWU比をとると、自動車ダスト及び一般廃棄物の中の表に示した元素を分離する為の作業量は100-36,000倍にも及ぶ。従って社会的システムという点から見ると、自動車ダストあるいは一般廃棄物から有害物質を除去することは環境負荷を増大させる結果をまねく。

表 8 自動車ダストと一般廃棄物から毒性物質などを分離する分離作業量


2.3  相互関係および社会的評価との関係

 エントロピーは状態量であり、ある物質がある状態での定量的な数値を与える。一方、分離作業量はある状態から別の状態に変化(精製)させるときの理想的負荷を示す。
 
 たとえば、99.9999mol%の純度をもつ物質を99.99999mol%に変化させたとき、状態の変化は少ないのでエントロピー変化も小さいが、作業量は一桁純度を上げるのに要する労力であるので、それより純度の低い時に一桁純度を上げるときと同様の負荷が掛かる。

図 10 エントロピーと分離作業量の相互関係


 さらに環境のような社会的な対象物の場合には、現実的で工学的な損失を含んだ労力の内、作業に直接的に比例する負荷(場所、劣化、圧力損失などに伴う損失)と間接的であるが必ず必要な負荷(装置、設備、建物、用益、金利、管理負担など)が必要であり、さらに社会的要因(事故、戦争、予算による廃棄、計画変更、技術革新など)がかかる。このような中で有害物質除去でもっとも問題となるのは工学的指標であり、含有量が低くても人体や生体に影響を及ぼすことがその原因となる。


3  有害物質の浄化技術

 以上、循環型社会、循環型社会における有害物質の拡散と蓄積、理論的検討を示したが、本章では蓄積した有害物質の浄化の可能性についての整理する。


3.1  天然界における浄化

 最初に尾籠な話で恐縮であるが、川縁の家でお母さんがオシメを洗う。200グラムのオシメはすっかり綺麗になるがその代わり2Lの川の水はすっかり汚れて下流に流れていく。下流に流れていくこの汚い水が仮にそのまま再び上流から流れてきたらお母さんはオシメを洗わない。上流から流れてくる水が使えるのはその間に「自然の浄化作用」があるからに他ならないのである。

図 11 川の浄化作用


 自然の浄化作用は複雑なので、本稿でその全容を整理することはできないが、図 11に示したように浄化のエネルギーはすべて太陽から与えられ、それを直接的に、また生物の活動に変換して、さらには海面を照らす太陽の光が水を蒸発させ、さらにその水分が雲―雨―山頂からの落下という一連のポテンシャルエネルギーに変わって、川に流れを作り浄化していく。「自然の浄化」という用語はよく使用されるものであるが、その使用には注意する必要がある。

 自然は人間の活動と関わる部分と関わらない部分がある。人間が「自然の浄化」と呼ぶ作用の多くは人間にとって汚いものを綺麗にするというほどの意味しかもたないことが多い。自然は人間が不要なものもヒ素のような猛毒もその一部であり、エントロピーが高い状態にあるから価値がないともいえないのである。生物史としてみれば、初期の頃は酸素が猛毒であったことはよく知られており、数10億年にわたって地球は汚染し続けていたことになる。
 
 しかし、そのことによって新しく酸素を有効に使用する生物が誕生し、それが現在の私たちの社会を形成している。猛毒の酸素を作り出すことは「自然の浄化作用」と呼ぶのはふさわしくない。ここでは「自然の浄化」というよく使われてきた用語においても「環境」を問題にするときには新しい用語として慎重に取り扱わなければならないことを指摘したい。
 
 ところで人体に注目すると、活動に於いて発生する「有害物質」または「排泄物」は主として腎臓や肝臓で処理される。人間の活動量を血流量で見ると、全血流に対して25%が活動に、75%が浄化に使用されていることが判る。

図 12 人体内の血流


 現在日本は20億トンの資源を使用して500兆円の活動をしているが、仮に循環型社会を構築した場合の全体システムが人体と酷似しているとすると、追加して60億トンの資源を要するということになる。少なくともエネルギーは現在より数倍は必要になるだろう。

 現在の生物は37億年に及ぶ長い淘汰を経てそれなりに完成している。従って、有害物質の除去についても細かく複雑なシステムを持っている。その典型的な例の一つが髪の毛と爪である。この二つはタンパク質などの人体にとって有用な物質を含むのに、尿や汗などと同様に「外部に捨てる」。

 外部に捨てるのは劣化してくるからであり、劣化した髪の毛や爪を「リサイクル」するのは無駄になるので、体外に捨てる。体外に捨てるものなら単に捨てないで、その中に有害物質を含ませた方が効率的である。そこで水銀やヒ素と錯体を形成するシスティンを多く含むタンパクで毛髪を構成し、毛根の細胞で血液中の有害元素を新しく作られる毛に分配させる。

 
図 13 爪の発生とシスティン


 このように芸の細かい生物がなぜ、物質のリサイクルをしていないのだろうか?仮に手を伸ばせば食糧があるのに畑を耕す人はいないし、バナナが上から落ちてくるのに獲物と死闘を繰り返すサルもおかしい。食糧を作ったり、石油や鉄鉱石を作り出すにはかなりの労力が必要で、それより使い捨てが種としてはもっとも効率的であるのは当然だからである。


3.2  除去技術

3.2.1  一括除去

 ここまでの検討で循環型社会の構築には毒物の浄化が必須であることが判ったが、循環物質中の有害物質の除去には、大きく分けて二つの方法がある。一つは従来から行なわれているように焼却によって有機物系の有害物質を二酸化炭素と水に変換し、焼却炉出口で有害物質を除去する方法であり、第二は個別の製品や類似の混合物から特定の元素を分離除去する方法である。前者はさらに、ストーカー炉、ガス化溶融炉など複数の炉のタイプが知られており、有害物質除去の概念としては、①焼却工程の後にバッグフィルター、吸着塔などの有害物質除去工程を設置するプロセス、②運転条件によって有害物質の排出方向を制御するプロセスに分かれる。
 
①の方法は従来から存在する多くの不純物除去システムが活用でき、②の方法は焼却炉の温度を高めて基本的には有機物を二酸化炭素と水に、金属は元素状態に、そして無機酸化物はそれぞれの特性に応じて分けることが行なわれる。

 多くの有機物はおおよそ800℃までで分解するが、多環環状化合物などはかなりの高温までグラファイト類似の構造になって分解が困難であり、また工業的焼却装置では炉内のショートパスが避けられず、運転温度や炉内設計はかなり精密におこなう必要がある。

図 14 典型的な有機物質の熱分解


 図 14に示したように典型的な有機物質の熱分解では1200℃以上の温度が必要と考えられる。また金属元素は塩素の存在によって低沸点になるものが多く、焼却における有害物質除去に関するハロゲンの効果を検討する必要がある11)。

 現在のところ最も論理的な有害物質除去システムは、廃棄物を「圧縮―脱酸素―非酸素熱分解―純酸素吹き込みー純酸素中での酸化反応―高温シフト反応―急冷トラップ―酸化物回収―ガス燃焼」のプロセスを経る方法であり、その場合の主要物質の概略フローを図 15に示す12)。炉内温度は1200-1600℃で殆どの有機物は分解する。またシリカ、鉄などの比較的量が多い元素は下部に、カドミウム、水銀、ヒ素などの有毒物は上部に行く可能性が高い。

図 15 典型的な有害物質除去プロセスとしての焼却


図 16 ガス溶融炉詳細計算(一日処理量138トン、都市ゴミ)


 図 16は約1ヶ月間の都市ゴミの処理実績であり、この実績と各種熱力学データ(引用文献 阿座上竹四,粟倉泰弘:金属化学入門シリーズ3金属製錬工学(日本金属学会編).ならびに、I. Barin:Thermochemical Data of Pure Substances, Second Edition, VCH Verlagsgesellschaft mbH, Weinheim, (1993), Part I, II.)を元に酸素と塩素の活量(分圧)を制御して有害元素と無害元素を分離する計算を行った。

 計算結果の一例として,1500 Kにおける各種金属-酸素-塩素系の平衡線図として図 17に示すが、現在のところ、すべての元素を一括して除去しうる条件は明確には見いだされていないが、塩素、酸素、イオウを共存させることによって有害元素を除去しうる可能性がある。
 
 一般的に、イオウや塩素は有害物質と認識され、できるだけ早期に除去する検討が行われているが、循環系においてもっとも適切な役割を持たせる必要があろう。

図 17 平衡線図から計算した有害元素除去の可能性


3.2.2  個別除去

 一方、廃棄物を工業製品や部品毎に集めて、そこから有害物質を一つずつ除去していく社会プロセスがある。この場合、
 
1) すでに存在する天然資源を基礎とする分離技術によって除去できる場合
2) 新たに人工資源に特有の分離技術が求められる場合

がある。その典型的なものとして、鉄鋼精錬を例に挙げることができる。鉄鉱石から高炉―転炉を経て高い特性をもつ鋼材を製造する場合は天然の鉄鉱石の不純物を除き、酸化熱を発生する含有元素をエネルギー源として利用する。

 一方、スクラップ鉄などの人工資源を対象とする精錬では銅やスズなどの「トランプ・エレメント」が共存し、しかも鉄の殆どは還元状態にあるので高炉―転炉とは異なったプロセスを要し、図 18に示すように現実にはスクラップ鉄は電炉系で処理される13)。

図 18 鉄の循環系(リサイクルしていないことに注意)14)


 図 18で特に注意を要するのは循環型の模範生と目されている鉄材も実際には有害物質の混入が原因となって「循環」していないということが判る。また鉄の中にある銅は1%より少ない場合は何とか使うことができるが、銅がかなりの量で含まれる場合は鉄が主成分であっても鉄の製錬工程では精錬することができず、銅精錬で鉄を不純物として除去せざるを得なくなる。ここで判ることは材料の循環は有害物質の挙動によって支配されている部分が多いということである。

 さらに、現代の電子工業などのように高度な工業製品の循環では、特有の分離技術が求められる場合として、
 
1) 異種元素が結合した金属間化合物からの有害物質の除去
2) 異なった物質が界面結合した複雑な複合物
3) 異なった材料や化合物が複雑に立体構造を為している組成物や構造物

がある。たとえば、化合物半導体としてのGa-Asや感光ドラムに使用するSe-Asがそれで、有害元素同士、あるいは有害元素と非有害元素が強固な結合を形成している。従って、これらの単体元素に分離精製するのは時として天然鉱石の精錬より困難なことが多い。Ga-Asは燃焼酸化法、Se-Asはソーダ酸化揮発分離法などが研究されている15)。

 すなわち、このような方法で有害物質を除去するには個別の技術が必要であり、産業が高度化して多種多様になると有害物質除去のプロセス数も多くならざるを得ない。社会全体を考えた場合、有用な金属間化合物の使用を放棄して、循環型社会を構築する選択が望ましいか、あるいは多少複雑でも有用な機能性材料を使用し、焼却などの大規模工業で有害物質を回収するシステムを選択するべきかについての検討が必要である。

 しかし、金属間化合物などこれまでの多くの開発努力を無にする損害はできれば避けなければならないし、社会全体に有害物質除去のシステムを構築することが必要なら、損害を克服しなければならないこともあろう。


4  環境ビジネスのドライビング・フォース

4.1  工業製品の平均毒物濃度によるドライビング・フォース

 現代社会が多くの毒性物質に囲まれていることを期せずして暴露したのが9.11の事件だった。この事件で崩れた貿易センタービルの残骸には規制値以上の毒性物質が含まれていて、「どこかの階に毒物の貯蔵庫があった」というミステリーじみた報道もあったが、「活動中のビルを粉にする」とどうなるかを示した具体的な例といえよう16)。

図 19 毒物を規制値の数万倍含む工業コンプレックスの崩壊


 先に示したように現在の工業製品の中に含まれる毒性物質の濃度は環境基準値の45,000倍に上る。工業製品中の毒性物質は自動車のバッテリーのようにある程度、管理された状態であり、一般環境基準とは異なるが、それでもこの数字はあまりにも大きく、順次、毒性物質の現象や除去、高分子材料のような毒性の低い物質への移行が考えられる。


4.2  循環型社会の形成によるドライビング・フォース

 非循環型社会においては明確な廃棄物という概念があった。この場合の廃棄物という概念は「人間の使用した“カス”を自然に帰す前の過渡的段階」という意味であった。しかし、循環型社会においては人間が使用した“カス”は自然に帰すことなく、人間が利用する」という概念である。
 
 この概念が熱力学を中心として構築された近代科学の原理に反していることは間違いない。従って、廃棄物を人間が価値のるものとして利用する時に「自然環境を破壊しない物質やエネルギーの利用」が可能であるか?という設問に答えなければならない。そして、その具体的な提案や技術は誕生していない。
 
 表 5に示したように有害物質は「人体などに対する毒性のあるもの(毒性物質)」と「材料を劣化させる物質(劣化物質)」に分かれる。人口25万人の自治体に於ける著者らの1997年の調査結果を整理すると、図 20に示したようにリサイクル率が高まると循環製品中の毒性物質の水銀当量濃度は上昇する。
 
 この自治体の場合、循環系内の毒性物質の除去プロセスは焼却が担当しており、廃棄物の焼却率は40%程度であるので、毒性物質蓄積という点からリサイクル率は20%以下に抑える必要がある。すなわち、リサイクルを進めることで焼却率が下がると毒性物質の除去率が低下し、循環系に於ける毒性物質の許容量を超える。従って、除去プロセスが限定される場合には循環系全体で解を求めることができず不健全になる場合もある。

図 20 リサイクル率と循環製品中の有害物質濃度(水銀当量換算)


4.3  廃棄物貯蔵所の物理的限界によるドライビング・フォース

 なぜ「廃棄物は廃棄物か」というと廃棄物を環境中に放出すると環境を破壊するからに他ならない。なぜ環境を破壊するかというと廃棄物中に有害物質が含まれているか、もしくは廃棄物が量的に膨大でそれを廃棄する場所が適切ではないかによっている。
 
 たとえば「管理型廃棄物」に分類される物は有害物質が含まれていることを意味しており、循環型社会システムとしては有害物質の除去に失敗した特殊な形態であると定義しうる。図 21に中規模都市の廃棄物の増加予測であるが、すでに第一期最終処分場の建設を終え、数年後には満杯になる予定であり、市の財政状態から追加した最終処分場を建設するのが困難である。さらに地形的に見ると海岸に作ると直接、海を汚染する可能性が高く、山野に作ると漏洩したときの汚染ルートが長くなり、その途中に民家が存在する。
 
 廃棄物貯蔵所の問題は「毒性物質」の存在によって財政的、政治的問題から物理的、空間的問題へ添加する可能性がある。

図 21 廃棄物の増加予想(人口30万都市)


4.4  社会の成熟によるドライビング・フォース

 土壌汚染問題はすでにかなり詳細に検討されているので本稿では割愛したが、この問題も社会の成熟とともに浮上してきた毒性問題の一つである。今後、社会の高度化、成熟化、老齢化などにともない、より安全、安心に対する欲求が高まり、さまざまな有害物質の問題が浮上すると考えられる。
 
 マラリアの問題が明らかにしているように、有害物質や健康などは工業化の段階を無視して議論することが出来ないからである。物質量を求めた時代が1960年台に転換し、さらに1972年の石油ショックによって決定的になったことは、Meadowsの計算の評価と併せて今後の重要な課題となろう。


参考文献

1) 武田邦彦:日本機械工学誌,vol.104,no.995,p.50-56.(2001)
2) 大場大司:化学工学会誌,vol.28,no.5,p.493-500.(2002)
3) 那須昭子:化学工学会誌,vol.28,no.5,p.501-512.
4) 武田邦彦:リサイクル汚染列島,青春出版(2000)
5) 廃棄物減量化のための社会システムの評価に関する調査研究,クリーンジャパンセンター,p.83,平成11年3月,及び製品量については電池工業界http://www.baj.or.jp/total/index.htmlより1997年度の販売個数に換算。また自動車用鉛蓄バッテリーの平均重量はhttp://homepage.mac.com /sunx/tanpin.htmより。
6) 那須昭子,行本正雄,棚橋 満,武田邦彦:化学工学会第35回秋季大会,p.202.(2002)
7) 那須昭子,大場大司,寺田岳文,武田邦彦:資源・素材学会平成14年度春季大会,p.15-16.(2002)
8) 武田邦彦:応用物理学会結晶分科会講演,(2002.12.18),学士会館
9) 武田邦彦:分離のしくみ,共立出版(1988)
10) C.J.King:Separation Processes, Tata Mcgraw hill,(1972)
11) 武田邦彦:J. Mass Spectrom. Soc. Jpn. 47(6), 340-348(1999)
12) 寺田岳文,大場大司,行本正雄,那須昭子,武田邦彦:日本燃焼学会第39回燃焼シンポジウム,no.39, p.119(2001)
13) 坂田直起:日本鉄鋼協会白石記念講座 1992年,及び鉄源協会 2001年
14) 社団法人 日本鉄源協会:鉄源年報第12号,p.12.15(2001)
15) 藤澤敏治ら:Rescwe,(名古屋大学難処理人工物センター発行) p.7(2001.3)
16) 武田邦彦:日経新聞,書評,2003.05.04.