ナノテクから考える(その1)

燃えないものを入れるとどうなるか?

 「燃えるものに燃えないものを混ぜる」ことによって燃えない材料を作るという試みはあまり成功していない。それはすでにロウソクや石油ストーブで証明されていることである。ロウソクは最初、芯に何らかの着火源で火をつけた後、ロウの一部が溶けてそれがロウソクの芯にしみ込み、蒸発しやすくなってロウソクのロウが継続的に燃える。石油ストーブも同様で灯油が入った容器からガラス芯に沿って灯油が毛細管現象で上昇し、先端から灯油が蒸発して燃える。石油ストーブのガラス芯に沿って最先端部分の組成を表にすると、ガラスが90%以上あり、それにわずかの灯油成分が混在しているに過ぎない。
 このことは継続的に激しく燃えるためには材料の大部分が不燃性材料であっても良いことを示している。そしてプラスチックなどに無機材料を入れて不燃化する試みが失敗している多くの理由は石油ストーブと同じことになっているからである。図 17はポリプロピレンに水酸化マグネシウムやタルクなどの不燃物を混錬した時のポリプロピレンの燃焼速度をプロットしたものであるが、水酸化マグネシウム以外のものはそれ自体が不燃性にも関わらず混錬によってむしろ燃焼性が増大していることが判る。


図 17 ポリプロピレンに不燃物を混錬した時の燃焼速度の変化

 タルクなどの固形の不燃物を混錬して燃焼速度を低下させようとする実験が行われるのは、室温で研究対象となる高分子が固体であることから、燃焼温度においても固体であるような錯覚にとらわれるからである。多くの高分子は200-300℃で溶融し、特に結晶性高分子の場合には通常我々が接する液体と同じ程度の粘度しか持たない。従って混錬した無機化合物の粒子はちょうどロウソクの芯や石油ストーブのガラス芯のような効果を示し、溶融高分子分解物の蒸発速度を高める効果を示すのである。ただ水酸化マグネシウムや水酸化アルミニウムのように燃焼温度に達するまでに化学的な構造変化を起こすものは、形態が変化し、その形態が高分子材料を覆うような場合には燃焼を抑制することもあり得る。
 従って不燃性の無機化合物を混錬して高分子材料を不燃化するためには、その高分子の燃焼温度より低い温度で化学反応をするか、あるいは溶融する必要があることになる。図 18には難燃性を付与するために使用された無機化合物の分解反応温度とその反応における吸熱量を示した1)。


図 18 無機化合物の分解反応温度と吸熱量

 この図から現実的に難燃剤として使用されている無機化合物は燃焼温度以下で分解反応が起こるものに限定されていることを理解することが出来る。このようなことからこれまではプラスチックを難燃化する目的で無機化合物を添加する場合、添加される方のプラスチックより少なくとも重量ではより多くの無機化合物を添加してきた。
 プラスチックより無機材料の比率が多くなるとプラスチック材料と言うより、無機材料にプラスチックのバインダーを使ったというような材料の特性になるので、成形性や衝撃強度などが著しく低下する。そこで少しでも無機化合物の量を減少したいという要請が高まるのは当然の理であろう。

参考文献

1) 武田邦彦 監修, "電子・電気機器材料の難燃化への科学的アプローチ”, 技術情報協会 (2004)

第八回 終わり