燃焼時の熱バランス(その3)

 分解生成物を制御し、その化学構造を求めるための準備

 高分子の熱分解生成物を制御する研究が成立するためには分解ルートの解析とそれを制御できる触媒などが発見できなければならない。高分子の劣化を調べるのは思いの外、困難である。単一の有機化合物なら生成してNMRでもIRでも測定すればよいが、高分子の一部の構造が変化してもほとんど検出することはできない。IRなどの定性的な方法は自分が考えている通りの構造にこじつけるための道具としてしか働かず、思いがけない構造に到達することは不可能である。といってNMRのような定量性のある測定方法はない。熱劣化や燃焼現象はゲルが発生し、不溶性部分が多くできるので、「綺麗なものを分析する手段」は通用しないのである。
そこでpy-GC/MS(熱分解装置つきガスクロマトグラフィー質量分析計)と元素分析を主として用いている。このような分析方法を採用する一連の考え方や方法については既に著者らが論文を出しているのでその多くはここでは割愛することにする 1),2)。
 これらの熱分解の研究を通じて、例えばPPE(ポリフェニレンエーテル)の場合、熱重量分析(TGA)で減量が見られるのは比較的高い温度であるが、高分子そのものは既に低温から分解を開始している。現実にTGAで減量が見られるのは、1)高分子が分解していること 2)分解して生成した物質の沸点に達していること の2つの条件が必要とされる。すなわちPPEに熱をかけていくと210℃付近でガラス転移温度、370℃程度で転移反応が起こり、そこから徐々にPPEは分解していく。しかし分解して最初に発生するのはオリゴマーであり、さらに5量体、4量体と徐々に分子量が低下する。しかし3量体の沸点はその構造によって異なるが、もっとも沸点の低い3量体でも600℃程度はある。そこで既に高分子はバラバラに分解していても3量体だけなら600℃まではTGAの減量は見られないことになる。


図 13 PPEのTGAカーブと分解の関係

 従ってTGAで測定される熱分解温度というのは熱分解したものが沸点に達した温度とすることが出来る。さらにある特定の高分子材料の分解生成物を正確に求めるのには困難な点が多い。図 14はPBTを同じ条件で熱分解させた時のパイログラムである。このパイログラムは一つがPy-GC/MSのものであり、もう一つがPy-GC/FIDで測定されている。表 8には分解生成物を質量分析計で同定した構造を示しているが、パイログラムは実験条件によって大きく異なる。初学者はこのような結果が出ると検出器の違いと錯覚するが、検出器が違うということとそれが原因していることとは別である。つまり相関関係はあるが因果関係はない。





図 14 PBTの2種類のパイログラム

表 8 PBTの熱分解で同定された分解生成物

 PBT熱分解の関連化合物であるDMT(dimethylterephthalate)とphenolを1:1に混合して分析すると、質量分析計とガスクロマトグラフィーの検出器のFIDとの定量性はほとんど変わらない。従って分解生成物の感度によってこのような差が出るのではなく、ほぼ同一の条件で測定したつもりでも熱分解炉や流路などの条件で異なる結果が得られる。ここでは高分子分解物の定量問題についての詳述は避けるが、ある程度、慎重に分析すれば熱分解生成物を定量することが出来、そこから得られたデータに基づいて「矛盾のない分解ルート」を推定することができる。その一例をPBTについて図 15に示した。この程度の正確性で分解生成物のルートを決めることができるが、この分解ルートは必ずしも正確とは言えない。分析結果を矛盾なく説明できる分解ルートとその割合を一度、示してみて、それが別の実験でも矛盾を生じないかを見ながら実験を進めるようにするしか方法がない。


 

図 15 PBTの一次分解ルートとその割合

 より詳細に検討する場合には熱分解する前の構造から構造補正、結合補正などの複数の補正を行うことやコンピュータ・シミュレーションを用いなければならない。著者らはモンテカルロ法をアレンジしたモリック・マウス法を使っているが、まずPBTならPBTをモデル化して、そのモデル化した高分子の切断ルートを仮定し、その仮定されたルートをランダムに切断して、現実に得られる熱分解生成物との差を最小自乗法などで検定して正解を求めていく方法を採用している。

表 9 PBTのモリック・マウス法の準備のためのモデル化

 ランダムな数を発生させて最適値に近づける方法はすでにモンテカルロ法などで十分に証明されているので当然ではあるがモデルとプログラムにあまり大きな間違いがなければ実験データを十分な精度でシミュレーションすることが出来、それに基づいて切断箇所の確率を求めることが出来る。


図 16 PBTのシミュレーション結果

 熱分解制御の研究でこれまで難燃化が困難と言われてきた高分子材料で燃焼が著しく困難な例が2,3見出されてきた順次、論文として整理しているところである。

参考文献

1) T. Ishikawa, I. Maki, K. Takeda, Journal of Applied Polymer Science, Vol.92, No.4, pp.2326-2333 (2004)
2) N. Matsuda, H. Shirasaka, K. Takayama, T. Ishikawa, K. Takeda, Polymer Degradation and Stability, Vol.79, pp.13-20 (2003)


第七回 終わり