燃焼時の熱バランス(その2)

 熱分解制御モデルの構築

 高分子材料の燃焼中の熱バランスなどは、それほど詳細に研究されていないので、まず熱分解制御モデルを作成した。まず燃焼中の材料のモデルとして図 5のような3つの場合を考えた。モデルの考え方は、燃焼によって発生する熱の一部が材料を加熱し、その熱で材料の温度が上がり、高分子の一部が分解して、蒸発するという熱バランスが成立しているというものである。
 図の左は着火時の熱によって材料の温度が上がり、材料の分解が促進するが、分解生成物の沸点が高く、材料内では確かに分解しているが蒸発しないので気相には出ないという場合である。この場合は分解がいくら進んでも分解生成物が気相にないので、燃焼は継続しない。通常の燃焼時の材料温度は400-500℃程度であることから、通常の炭化水素化合物の場合、炭素数は20-30程度が蒸発するかどうかの境目である。例えば、単純な構造の炭化水素の場合、燃焼温度において炭素数25以上のものは蒸発しないので、材料は燃焼しないはずである。
 次に図の中央は燃焼によって熱せられた材料が熱分解する時に炭素数が比較的多く、それでいて蒸発するには炭素数が少ない場合である。図では炭素数9ヶの場合を想定しているが、炭素数9ヶの分解生成物が出来るとすべてが蒸発し、それが気相で燃焼すると24.5MJ程度の熱を発生する。この熱は十分に大きいので材料を再加熱し、さらに再分解させるので燃焼は継続する。



図 5 3種類の分解パターン

 ところがもし図の中央と同じく3箇所を切断するに足る熱が材料に与えられたとして炭素数がたまたま2ヶの分子が発生し、それが気相に移動したとすると新たに酸化反応によって発生する熱量はわずか6.5分の1の3.75MJに過ぎない。それが図の右の場合であるが、このことは同じ熱で材料を加熱しても分解の仕方によって燃焼熱が大きく変化することを示している。
 より具体的には分解生成物と沸点の関係を整理しておかなければならず、それを図 6に示した。



図 6 モデル分解生成物とその沸点

 次に材料が加熱されて温度が上がり、分解し、蒸発する過程では、1)室温から燃焼温度まで材料の温度が上がるのに必要な顕熱、2)材料の分解熱 3)分解生成物の蒸発熱 が必要なデータであり、それぞれ材料の重量、材料が分解する量、および材料から蒸発する量などを勘案し、式(1), (2)および(3)を用いて計算する。

表 6 材料の温度上昇計算のために必要な顕熱のデータ



(1)


(2)

    (3)

図 7 蒸発熱の近似計算のためのデータと近似式

 一方、気相に出た可燃性ガスはそのすべてが燃焼に寄与するわけではない。燃焼は周辺の対流が激しいので直ちに材料の上方に移動する分解生成物は燃焼に寄与しない。また「可燃性ガスだから燃焼する」ということはなく、「可燃性ガスがある特定の状態になった時に燃焼する。特に酸素との混合割合が爆発限界に達するのか」が問題になる。爆発限界は単一の可燃性ガスの時、可燃性ガスの分子量で整理すると図 8に示すように爆発下限(Lower flammability limits; LFL)はほとんど変化がなく、上限(Upper flammability limits; UFL)は分子量の増大と共に上昇する傾向がある。また、爆発限界の下限は最低酸素濃度(Minimum Oxygen Concentration; MOC)付近で少し上昇する傾向にあり、図 9に下限付近の状態について水素、一酸化炭素、およびメタンについて示した。



図 8 可燃性ガスの分子量と爆発限界



図 9 酸素濃度が低い場合の爆発限界

  また温度との関係では、図 10に示すように温度の上昇と共に液体領域から引火性気体領域に移り、さらに温度が上がると酸化反応の活性化エネルギー障壁を乗り越えるようになるので、自動的に酸化反応が開始される領域、すなわち着火温度に達する。


図 10 温度と爆発限界の概念図

  燃焼時には単一の可燃性ガスが発生するのではなく、複数の可燃性ガスが出る。従って、混合気の爆発限界の計算として Le Chatelier’s Rule (式(4))を使用する必要がある。


(4)



  ここで、FL:混合気の爆発限界 [vol%]、Xi:空気を除いた混合気中の成分iの濃度 [vol%]、またFLi:成分iの爆発限界 [vol%]である。さらに現実の計算では不活性ガスも混合気になる。図 11に示したように一般的な傾向としては不活性ガスが窒素の場合(図の左)と二酸化炭素の場合(図の右)では爆発限界が大きく変化する。例えば、メタンの場合、不活性ガスが窒素の場合には爆発限界の上限は約40%であるが、二酸化炭素が不活性ガスとして存在する場合は約20%程度である。すなわち不活性ガス中における二酸化炭素の割合が多くなると爆発限界の領域が狭くなるので材料中から噴出した可燃性ガスのうち燃焼しない割合が増加する可能性がある。

  

図 11 不活性ガスの種類による爆発限界の差異(左:窒素、右:CO2)

 

 また気相における燃焼熱のすべてが材料を加熱するわけでもない。例えば火災の時に壁が燃えるとする。壁から10mm程度離れたところで酸化反応が起こり、その熱で再び壁の材料が加熱される。発生した熱は対流や輻射によって材料に伝熱するが、炎から見た壁の立体角は壁が無限大の場合に180℃になるが、壁が有限ならより狭い角度になる。UL試験などの燃焼試験や電線材料の試験などはいずれもかなり狭い立体角を仮定しなければならない。いずれにしてもまず燃焼熱のうち、最大で50%しか材料を加熱しない。また燃焼と同時にかなりの熱は対流によって上方に上がる。このようなことからUL試験のような燃焼試験ではバーナーの総発熱量のうち試験片を加熱する比率について銅ブロックを使って測定する方法がとられ、表 7に示すように伝熱割合は総発熱量に対して16%にするように規定されている。実際に材料が継続的に燃焼する時の炎はバーナーとは異なり試料全体を包み込むような場合もあり、また材料の一部に火がついている場合もある。従って着火時の伝熱割合の計算には一時近似としては適当であると考えられる。


表 7 UL試験のバーナーから試料への伝熱割合

 材料の周りがすべて炎で包まれていれば加熱された材料から逆に周辺に放熱することはないが、炎が材料全体を取り囲んでいない場合には加熱された材料から逆に熱が周辺へと放散する。この放熱分も考慮すると気相における酸化熱のうち10%内外が材料を再び加熱するのに使用されると考えられる。
 二酸化炭素と水を熱量計算の基準にとると、高分子が燃焼する場合、第一の基準になるものが高分子構造を持つ還元性の構造物である。燃焼時の発熱は高分子のすべてではなく、高分子のうち、分解して沸点が燃焼温度以下のもののみであり、気相に出た可燃性ガスのうち、酸化反応場に到達するガスに限定され、さらに爆発限界の範囲に入ったものに限られる。これに対して、高分子は全体が燃焼温度になるから温度上昇に要する顕熱は高分子のうち、どの程度の割合が蒸発するかとは無関係に常に高分子材料全体の顕熱を要求する。また分解熱は蒸発しなくても高分子内部で分解する熱も必要とされる。
 蒸発する可燃性ガスはすべて蒸発熱が必要であり、そのうちの一部が酸化反応場に到達する。酸化反応場には新たに冷たい外部から酸素と窒素が拡散するのでそれを加熱し、さらに放熱がある。燃焼熱が分解熱や顕熱の30倍程度であるのに、燃焼が継続する熱の供給はそれほど余裕がないのは、このような事情があるからである。それに立体角から燃焼熱のうち、16%程度しか材料を加熱しない。熱バランスはぎりぎりなのである。

図 12 燃焼時の熱バランス総合図


(ΔH0:ポリマーが完全燃焼した時の燃焼熱(kJ/g)、ΔHs:顕熱(kJ/g)、ΔHd:ポリマーの分解熱(kJ/g)、ΔHv:分解生成物の蒸発熱(kJ/g)、ΔHc:分解生成物の燃焼熱(kJ/g)ΔHn:材料に伝わらない熱(kJ/g)、ΔHr :材料に伝わる熱(kJ/g)また計算は式(3)、(5)、(6)で行う。)



       (5)

                   (6)

 ここで、Tr:室温(K)、Tc:燃焼温度(K)、Tm:結晶融解温度(K)、Hp:ポリマーの保有する結合エネルギーの総和(kJ/mol)、HT:揮発し燃焼に関与した熱分解生成物の保有する結合エネルギー(kJ/mol)、HC:燃焼に関与しない熱分解生成物の保有する結合エネルギーの総和(kJ/mol)、M:ポリマーの分子量(g/mol)である。
 以上のように燃焼時の熱バランスを詳細に計算するのは苦労を伴うが、ハロゲン難燃剤という素晴らしい材料を凌駕するのだから、多少の困難は忍ばなければならないだろう。

 

第六回終わり