燃焼時の熱バランス(その1)

 

 微量添加による難燃化

 熱バランスを考える時に、概念的にはまず、「プラスチックは常に燃えるのではなく、燃える条件が満たされた時に燃える」と考えた方が進めやすいことは既に述べた。つまり、紙やゴムが燃えるのは「普段の我々の生活における条件がたまたま燃える条件になっているに過ぎない」と考え、研究としては「我々はそれほど詳細に燃焼時の熱を計算していない」と謙虚に構え、さらに「ちょっとしたことで燃えたり、燃えなくなったりすることがある」ということを常に意識することにする。
 つまり、1)燃える条件とは何なのかを計算すること、2)少しの違いで燃えないものを分析してその理由を明らかにする、という二つが面白い。最初に、2)について触れたい。著者が難燃材料の研究を始めた時にまず不思議に思ったのは、ポリカーボネート(PC)という材料は確かに燃えにくいが、それでも燃える。これに対してほんの少し分子構造が異なるポリアリレート(PAR)はほとんど燃えないという事実をどのように考えるかということだった。分解生成物の分析や炭化層の分析をしてみても似たようなものが出てくるし、片方が燃えて片方が燃えないという理由は明確には分からなかった。図 4にこの二つの高分子の構造を示したが、あまり有機化合物の構造に強くない人はこの2つがどのように違うのかも把握できないだろう。つまり「ほとんど同じような構造のプラスチックでも片方が燃えて片方が燃えない。燃える燃えないはそれほど大きな差があるものではない」と感じられる。この事実からも「プラスチックは燃えやすい」などと安易に言えないと思ったのである。

      

図 4 ポリカーボネート(左)とポリアリレート(右)


  その後の研究の中ではこれほどはっきりしたものはなかった。難燃の研究論文を読むと、ラジカル反応の抑制、炭化相の形成、熱伝導率の低下など難燃化する一応の理由が記載されているが、それでも材料による燃焼性の差を論理的に説明できないものも多い。そんな時にPPFBS(パーフルオロブタンスルフォン酸カリウム)という化合物をポリカーボネートに加える研究をする機会を得た。すでにこの材料はアメリカのGEで研究されたものであるが、表 5に示したように、1)わずか100ppmという少ない量の難燃剤を添加すれば燃焼はほとんど抑えられる、2)火を継続的に近づけてもほとんど燃えないこと、に驚いたものである。100ppmという濃度はポリカーボネートの化学構造と分子量などを考慮すると、ポリカーボネートの高分子鎖が10本程度当たりにPPFBSは1分子という割合であり、仮にPPFBSがカーボネート結合の開裂に影響を及ぼすと考えると実にカーボネート結合10,000ヶにPPFBS分子1ヶという割合になる。このよう少量の添加物で熱分解という全体的な反応によって決定される燃焼の抑制ができるはずはない。でも現実には燃焼が止まる。

表 5 PPFBS, PTFMSによるPCの難燃化

 その後、PPFBSの効果を熱分解、熱分解生成物、炭化相の形成などの点から総合的にその理由を調べたが1)、3年も研究して最近ようやく少し理由が分かってきて、現在論文としてまとめている所である。また長年の燃焼性の研究をしていると、一般的に高分子の熱分解が遅いほど燃焼性が阻害されるとされているのに、高分子の分解が速い場合に燃焼性が抑制される実験例が多いことも不思議の一つであった。前章に示したように高分子の燃焼は熱分解したものが燃えるのだから、熱分解しにくい方が燃えないというのは分かりやすいが、分解しやすい方が燃えないというのは理解できない。でも実験データはどんな時でも真実の一つを示しており、その解釈は当たり前の結果を考えるより面白い。

 

参考文献

1) T. Ishikawa, I. Maki, T. Koshizuka, T. Ohkawa, K. Takeda, Journal of Macromolecular Science -Pure and Applied Chemistry-, Vol.41, No.5, pp.523-535 (2004)

第五回 終わり