性能が良くなる難燃剤
1 はじめに
有機材料を金属材料と機械材料としての見地から比較すると様々な差異が認められる。その違いの主なものとしては耐熱性、延性破壊、燃焼性、剛性をあげることができる。
このうち,延性破壊ではポリカーボネートの出現によって金属材料と同等の衝撃強度を有する材料が実用化され,燃焼性においても不燃有機材料、難燃有機材料の研究が進んでいる。
曲げ弾性率の分野では柔らかい有機材料の硬いガラス繊維などのような高い弾性率を有する材料を混合して材料自体の剛性を上昇させる方法が多く試みられている.
このような複合材料の場合には「柔らかい材料」に「硬い材料」を混合してその中間的な硬さを期待する方法である.それに対して,本研究では有機材料に粘度の高い液体を混合することによって材料の剛性を向上させる研究である.
本研究で対象としたPPEは1950年代にHayらによって合成に成功した高分子で2,6-ジメチルフェノールをCu-アミン錯体触媒によって常温、常圧、酸化雰囲気下で重合して得られる。PPEのガラス転移温度は211℃と高く、力学的破壊においては延性破壊をする材料であり、さらに電気的特性に優れ、難燃性を有することなど、機械材料として卓越した特徴をもつ1),2)。
また、酸化雰囲気で重合するにもかかわらず、重合中での副反応は少なく、得られる高分子の構造は比較的単純で、熱分解に対しても安定している3),4)。
一方、有機材料の成形という視点から見ると、その高いガラス転移温度から溶融流動を開始する温度も高く、流動性も他の高分子に比較して必ずしも優れてるとは言えない。
そのため機械部品を成形する場合には内部ひずみを残さないために特別な成形技術を要する。すなわちPPEの溶融粘度が高い状態で射出成形を行うと成形品に成形ひずみが残り、その成形ひずみが使用中での亀裂の原因になる場合もあり、また機械的物性が変化する場合も見受けられる。
ここでは「比較的粘性の高い液体」をエンジニアリングプラスチックの代表的なものであるポリフェニレンエーテル(PPE) に加えたところ成形流動性、及び難燃性の上昇ばかりでなく、材料の剛性を高める結果を得たので報告する。
従来、有機材料の成形性を向上させる目的で、有機材料に低分子物質を混合する方法が採られ、そのために加える化合物を一般的には「可塑剤」と呼ばれる。可塑剤は材料の弾性と耐熱性を低くするのが一般的であるが、主にポリ塩化ビニルの可塑剤研究では低分子化合物の添加によって反対の効果を持つものが見いだされ「反可塑剤」として知られている5)6)7)8)9)10)11)12)。
またポリ塩化ビニル以外の有機材料についても反可塑剤の研究がある13)14)15)。
高分子は特定の条件で結晶化するので弾性率の上昇は結晶化によるものとも考えられている場合がある。PPEにおいても溶融状態で成形すると無定形高分子の成形体を得るが、特定の溶媒のもとで処理すると微細な結晶が生成することが知られている16)17)18)19)。
一方、PPEは難燃性材料として機械、電子部品用の有機材料として有用な材料であり、有機リン化合物を添加することによりより難燃性の優れた材料を得ることが知られている20)21)22)。
本研究では、PPEに特定の構造を有する有機リン化合物を添加することにより、機械材料特性として重要な、剛性、難燃性、成形性の優れた材料を見いだした23。
2 実験
2.1 試料
PPEは塩化第2銅、N,N,N‘,N’-テトラメチル-1,3-ジアミノプロパン、ジブチルアミンを触媒として,2,6-キシレノールを酸化重合して得た。GPCで測定した分子量(Mw)は37000、Mw/Mnは2.6であった24)。PPEとの相互作用を調べるのに用いた有機リン化合物の種類Table 1に示した。
PPE及びPPE/PS相溶アロイにブレンドする無機リン化合物の代表的なものとして赤リンを, 有機リン化合物としては12種類のリン化合物を選定した. 化合物中にリンを1分子含むものとしてトリフェニルフォスフェート(TPP), フェニルジクレジルフォスフェート(CDP), トリクレジルフォスフェート(TCP), トリキリレルフォスフェート(TXP), キシリルジフェニルフォスフェート(XDP) 及び Table 1に(RPP) の記号で示した化合物を用いた。
これらはいずれもフェノール, クレゾール, キシレノールおよびレゾルシンなど 類似の構造を持つ芳香族リン酸エステルである. また, 化合物中にリンを2分子含むものとしてTable 1に示したRBP, BBP, BBC の三種の化合物を用いた.
分子量の大きなリン酸エステルは一般的に沸点が高い. 高温での反応を問題にする燃焼反応の場合には化学的構造による化学反応の差と共に, 燃焼反応時に化合物が高分子材料中に残るか, 気相に揮発するかという差が生じるので材料特性としても重要である.
Table 1 List of organic phosphates blended with PPE
2.2 有機材料の成形
重合後精製したPPEの粉末と有機リン化合物を2軸押出成形機で混練した。基準となる混合割合はPPEが85wt%,有機リン化合物が15wt%とし、必要に応じて混合割合を変化させて混合した。用いた押出機はウェルナー社製ZSK-25で、押出温度は280℃で行った。
成形片の作成は曲げ弾性率、荷重たわみ温度測定用成形片は射出成形、動的粘弾性測定用成形片は圧縮成形で作成した。射出成形の試料は射出方向に配向しており、高分子鎖形態のひずみ、即ち分子配向に基づく成形ひずみを残しているが曲げ弾性率には大きな方向性は見られなかった。
また動的粘弾性測定では配向の影響を排除し、高分子鎖と有機リン化合物の相互作用に注目するために圧縮成型を用いた。
2.3 特性の測定
曲げ弾性率(FM:MPa)は島津製作所のオートグラフを用いて行い、23℃でASTM-D790に準拠して測定を行った。荷重たわみ温度(DTUL:℃)は荷重1.82MPaにてASTM-D648に準拠して測定を行った。
動的粘弾性はオリエンテック社製レオバイブロンを用い、試料の形状は厚さ1mm,幅5mm,チャック間距離30mm,引張荷重10g,周波数20Hz,昇温速度2℃/min,温度範囲-150℃から200℃で測定を行った。
燃焼実験は押し出し成形機(池貝製作所製, PCM-30, 押出温度280℃)で8分の1および16分の1インチダンベル成形片を作製し高分子材料の難燃性の一般的規格である燃焼実験規格UL-94に基づく垂直燃焼試験を行った.
UL-94の試験は試料片を垂直に立て, ブンゼンバーナーを用いて5秒間接炎して着火させる. 試料が30秒間の間に自己消火した場合には再度節炎して再び消炎する時間を測定した. 成形時の材料の分解安定性はリン化合物をブレンドした材料をラボプラストミル(東洋精機製)を用いて混練し、トルクの上昇を観測した。
3 結果及び考察
PPEと有機リン化合物の混合割合、曲げ弾性率、曲げ強度、熱変形温度をTable 2 に示す。この実験条件で測定したPPEの曲げ弾性率は23℃で2.45GPaであったが、BBCを15wt%混合すると、2.62MPaに上昇した。
また、本実験で用いたリン化合物では最も分子量の小さい化合物であるTPPを除いてはいずれの化合物を混合すると曲げ弾性率の上昇が見られた。また曲げ強さはPPEで108MPaであったがTPPを除くリン化合物でいずれも上昇が見られた。
しかし曲げ弾性率の上昇が著しかったBBCにおいても曲げ強度は混合比率を上げてもさほど顕著には上昇せず、15%以上は127MPa程度であった。それに対して荷重たわみ温度(DTUL:℃)はいずれのリン化合物でも混合によって低下し、TPPを35%混合したものは56℃を示した。
Table 2 Flexural modulus, flexural strength and DTUL of blended PPE with organic phosphorous compounds.
有機材料の力学的特性のうち、例えば衝撃強度や破断伸びなどの破壊強度に関係する特性は材料の化学的構造ばかりではなく、材料欠陥の存在や破壊強度補強剤の添加などのよって大きく変化することが知られている。有機材料の種類が同一でも破壊強度が2倍程度ことなることはしばしば起こり珍しいことではない。それは破壊強度が材料そのものの構造とともに成形の時の欠陥等によって変化するからである。
それに対して一般的に弾性率は材料の化学的構造が同一であるなら局所的な欠陥の影響は受けにくく、さらにPPEのような化学的に比較的純粋な非晶性高分子材料の成形体の弾性率は通常再現性の良い値が得られる。
Figure 1 Dependency of FM at 23℃ on OPC content of PPE/OPC blends
また対象となる高分子に低分子化合物を混合すると、相溶性の良い低分子化合物にあっては高分子の弾性率は低下し流動性が上昇する。
即ちその化合物は「可塑剤」として働くのが一般的である。本実験で用いた有機リン化合物はTPPとPBXを除いて室温では液体でありPPEとの親和性は極めて良く相互に容易に混合し流動性を上昇させる。それにも拘わらず、有機リン化合物を加えたときの曲げ弾性率は上昇する。
Figure 1 に示すように、特にBBCを混合したときの曲げ弾性率の上昇は顕著で、粘性のある液体であるBBCを35%も加えても曲げ弾性率は上昇した。
Figure 2 Dependency of DTUL on OPC content of PPE/OPC blends
曲げ弾性率は有機リン化合物の混合によって上昇が見られたが、材料の熱的特性である荷重下の熱変形温度はFigure 2に示すようにいずれの化合物の添加によっても低下した。
2種以上の高分子を混合して合成する有機材料の熱変形温度は、その材料を構成する2種の高分子、すなわち2つの「固体」部分の熱変形温度の加重平均値を取ることが多い。
その代表的な例がPPEとPSのポリマーアロイであり、2種の高分子の混合割合と熱変形温度はPPEとPSの含有量によって直線的に変化することが知られている。
本研究の場合は2種の高分子ではなく1種類の高分子と1種類の溶媒であるので溶媒の部分は全く熱変形温度には寄与しないとして、その体積分率を割り引くと有機リン化合物が入らない場合の熱変形温度が180℃であるのでリン化合物を15%含む成形体の熱変形温度は120℃になると計算される。
実際にもリン化合物を15%含む成形体の熱変形温度は化合物の種類に因らずほぼ120℃であり、Figure 2に示すようにFMの上昇という点で特徴のあったBBC,TPP共に類似の関係を示す。
即ち溶媒によって高分子鎖の運動が制限され、それによって曲げ弾性率が変化すると考えると、熱変形温度と曲げ弾性率がある程度相関すると考えられる。
しかし溶媒による曲げ弾性率と熱変形温度の変化はそれぞれ独立であり、25℃付近に於ける曲げ弾性率の変化は一定荷重下で温度を上げたときの変形と相関性の無いことを示している。このことは溶媒によるPPEの曲げ弾性率の変化は広い温度範囲で高分子鎖の運動を制限しないことを示している。
Figure 3 Dependency of FM at 23℃ on molecular weight of OPC
Figure 3に示したようにリン化合物の分子量が増大すると曲げ弾性率は直線的に上昇し、良い相関関係が得られた。曲げ弾性率がリン化合物の分子量に依存しているといっても溶媒の分子量が直接的にPPEの曲げ弾性率を支配しているとは考えにくい。
分子量の違いは同時に粘度、融点、相互溶解性、エントロピー変化などを伴い、それらの因子が成形体の曲げ弾性率に影響を与えていると考えるのが妥当であろう。
しかしこの結果は化学的な構造よりも分子の大きさに依存する物性がPPEの曲げ弾性率に関与していることからリン化合物がPPEの主鎖の間に入り、PPEのメチル基かベンゼン環と相互作用をして主鎖の動きを制限している可能性も考えられる。
化学構造から計算した溶解度パラメーター21)と曲げ弾性率の関係を検討したが、溶解度パラメーターと曲げ弾性率にある程度の傾向が見られるものの、溶解度パラメーター自体が比容の測定結果に大きく依存することから信頼性のある結果は得られない。しかし溶解度パラメーターと曲げ弾性率の関係ではPPEに対してやや溶解しにくい溶媒の場合、曲げ弾性率が増加する傾向にあった。このことから高分子鎖の溶媒の極性効果について考察を行った。即ち、溶解度パラメーターは溶媒と高分子との親和性を示す尺度として有用ではあるが、親和性に基づいて定量的に判断する場合には溶媒の極性と高分子の無極性の相互作用の寄与を考慮しない溶解度パラメーターの差のみに注目するのは充分ではない。特に本実験で用いたリン化合物のような極性溶媒を扱うときには誘起双極子による相互作用の考慮を要する。
高分子と溶媒の相互作用はよく知られている様に下式(1)で与えられる.
(1)
ここでΔGmは混合自由エネルギー、Rは気体定数(1.987cal・mol-1・deg-1)、Tは絶対温度、nはモル数、mは高分子1分子当たりのセグメントの数、Φは体積分率、χはFloryの相互作用パラメーター、添字1,2は溶媒と高分子である。
混合の自由エネルギーΔGmは相互作用パラメーターχに依存しχ値が大きいとΦの変化と共にΔGm は二つの極小値を持ち相分離が生じる22)。χはエントロピー項χSとエンタルピー項χHに分割し次式のようにあらわすことができる23)-27)。
(2)
(3)
ここでVは溶媒モル体積、A12は高分子と溶媒間の分散エネルギー密度であり、λを非極性溶解度パラメーター、τを極性溶解度パラメーター、Ψを非極性-極性の組み合わせのときに生じる双極子-誘起双極子相互作用の関数値とすると、
(4)
で表され、溶媒と高分子の組み合わせが、非極性-非極性のときは第一項まで、極性-極性のときは第二項まで、非極性-極性のときは第三項まで考慮しなければならない28)。
即ち無極性高分子と極性溶媒の相互作用の場合には極性溶媒によって誘起される高分子の分極による相互作用が考慮される必要がある。本研究に用いたリン化合物とPPEの分散エネルギー密度を計算すると、いずれの場合にも非極性項(式(4)の第1項)の寄与は小さく、極性項(第2項)の寄与が大きい。
即ち、本研究に用いた有機リン化合物はPPEよりも極性が高く、そのため溶媒の極性項とPPEの非極性の間の分散エネルギー密度が高く相溶性に乏しい。
しかし式(4)の第3項、即ち双極子―誘起双極子相互作用により分散エネルギー密度は低下し溶解すると考えられる。実際にPPEがこれらの有機リン化合物に溶解することは極性をもつ有機リン化合物によってPPEの高分子鎖がその立体配置を変えて双極子を有するようになることを示唆している。これが曲げ弾性率の上昇に関係すると考えられる。
Figure 4 Storage modulus of PPE/TPP blends
Figure 5 Storage modulus of PPE and PPE/BBC blends
次に、リン化合物を混合した成形体についての粘弾性特性を測定した。混合によって曲げ弾性率の低下が見られたTPPと曲げ弾性率に顕著な上昇が見られたBBCの場合について貯蔵弾性率(E’),及び損失弾性率(E”)を測定した。
Figure 4及びFigure 5に示した貯蔵弾性率の測定では、曲げ弾性率と熱変形温度の変化に対応する結果が得られた。PPEとBBCの混合物の成形体の場合には、高温領域の弾性率は混合割合が増大すると共に弾性率の低下する温度が低下し、これは熱変形温度の低下に対応している。
また、低温領域ではBBCの混合割合が増大すると共に弾性率の上昇が見られ、これも曲げ弾性率の上昇に対応している。この傾向はTPPの場合も同様であった。
Figure 6 Loss modulus of PPE and PPE/TPP blends
Figure 7 Dynamic loss modulus of PPE and PPE/BBC blends
Figure 6及びFigure 7に示した損失弾性率の測定結果はPPEと有機リン化合物の相互作用についてより詳しい情報を与えた。
主分散ピーク(α分散)の位置はBBCの混合割合が大きくなると低温側にシフトする。
またピークの形状は混合割合が増加すると明瞭なピークの形をなさなくなる。PPE側鎖の動きを示すβ分散とγ分散のピークは共に複雑な変化を示した。α分散温度が混合割合の増加と共に低下するに対して、曲げ弾性率の上昇したBBCの場合にはほとんど変化が無くむしろ若干の上昇が見られる。
これは混合割合の増大と共に曲げ弾性率が低下するTPPの場合に対して際だった特徴である。
TPPの場合はα分散温度の低下と共にβ分散温度も低下しており、主鎖の大きな運動ばかりでなく主鎖の小さな運動もTPPの混合によってより低温で可能になっていることが推定される。高分子と相互に溶解する低分子化合物が可塑剤として振る舞うことと対応している。
一方、Fig.7 に示すようにBBCの場合も、TPPの場合もγ分散温度は混合することによって若干ではあるが上昇している。これはより細かい分子鎖の運動が混合に因って阻害されていると言うことを示している。
以上の観察結果からPPEと有機リン化合物の特異な相互作用は次のように考えられる。PPEは有機リン化合物と何らかの分子間の相互作用を行い、PPEの高分子鎖の動きを制限する。
この相互作用は有機リン化合物の内でもTable 1 に示したような芳香族のフォスフェートの場合に多くの構造に共通して見られる。また、より分子量の高い、分子の大きいBBCの場合には液体であるBBCの混合割合が多いほど曲げ弾性率が上昇するが、それはBBCとPPEが混合することによって、高分子鎖全体としては可塑効果が見られ高分子鎖は運動しやすくなる。
しかし、相互作用によって高分子鎖の局部的な運動は阻害され、そのために曲げ弾性率は増大する。特にBBCの分子量が大きく、分子容が大きいか、または2つのリンが分子内にあることによって、あるいは複数のメチル基を含んでいることによって、複数の高分子鎖の相互作用に影響を与えていると考えられる。
Figure 8 Dependency of transition temperature on OPC/PPE repeat unit mole ratio
これに対して、TPPでは高分子鎖の局所的な運動は阻害するものの複数の高分子鎖の間の運動に及ばないので、損失弾性率のγ分散温度は上昇するが、曲げ弾性率は上昇しない。
曲げ弾性率が損失弾性率のγ分散温度とどのような関係にあるかを一般的に研究した例は少ないが、複数の高分子鎖の運動と曲げ弾性率の関係は今後の興味ある課題である。
特に溶媒と高分子の相互作用という点から見ると、溶媒の極性項の効果で高分子鎖がその立体配置を変えて溶媒との溶解性を高めるように働き、それが曲げ弾性率の上昇に関係しているのではないかいう重要な示唆を与えた。
機械材料としての有機材料という見地から見ると、有機材料の剛性の上昇は成形品の厚みを薄くすることができることなど大きな効果が期待されるが、材料としての全体としての性能もまた同様に重要である。
特にPPEに有機リン化合物を添加した場合にはPPEの難燃性が上昇し、「ハロゲン元素を用いない難燃材料」として優れた材料を与える。実験の項に示した試験法に従って標準ガスの炎を材料に接炎し自然消火するまでの時間を測定した。
リン酸エステルを混練しない試料はPPEが50%程度以上含まれないと自己消炎しなかったが, リン酸エステルを混練したものはいずれも自己消炎した. ポリマーアロイ中のPPEの含有量が増大すると共に消炎時間が減少するのが見られ, 酸素指数で表現されている高分子の燃焼性と同一の傾向を示した.
PPEの含有量が少ないときはリン酸エステルが混練されていても燃焼はかなり急激に進むため, 消炎時間はリン酸エステルによって異なるが, PPEが50%以上になるとリン酸エステルの種類によらず消炎時間が短くなった.
Figure 9 Average self-extinguish time at first and second flaming for PPE50/PS50 blended with OPC
Figure 9に第一接炎と第二接炎の時の消炎時間を平均した値を示した. 第一接炎時の消炎時間はPPEの含有量に大きく依存したが, 第二接炎時ではPPEの含有量の依存性は低下した. 第一接炎時には燃焼と共にアロイの表面に炭化層が形成されるのが観測され、その炭化層の形成速度が消炎時間に影響するものと考えられる。PPEの含有量の多いアロイはより炭化層を形成しやすいことが知られているので炭化層の形成速度との関係が示唆される。
これに対して第二接炎時には既に第一接炎で高分子表面に炭化層が形成されることによりPPEの含有量の違いによる炭化層形成速度に大きな差を生じないものと考えらる。
また第二接炎時では第一接炎時より燃焼は緩やかになることが観測された。これは表面の炭化層の形成により燃焼の酸化反応場からの輻射熱による試料の温度上昇が小さくなり、高分子の分解が抑制されて試料内部からの低分子物質の揮発も少なくなり、その結果燃焼反応自体が第一接炎後よりも小さくなり, 新たな炭化層の形成速度が遅くなったと考えられる。
次にリン酸エステルの含有量に対する自己消炎時間の測定結果をFigure 10(リン酸エステルの重量割合が横軸)とFigure 11(リン酸エステルの中のリンの重量割合が横軸)で整理して示した. .
Figure 10 Self-extinguishing time as a function of phsphate for PPE50/PS50 alloys blended with red-P and OPC
Figure 11 Self-extinguishing time as a function of P-content for PPE50/PS50 alloys
一般に難燃材料を合成するときには難燃材料の含有量を一定にして難燃性を測定するが, Figure 10に見られるように例えば赤リンでは5wt%程度混練すると2-3secで自己消炎するのに対してリン酸エステルでは5-15sec程度で自己消炎する。
特にBBPPやBBCPなどの分子量の大きなリン酸エステルでは赤リンと同等の結果を得るにはかなりの量を高分子に混練する必要があることが判った.
これに対して Figure 11ではリン化合物のなかのリンの含有量を横軸に取ったものであるが赤リンも含めてどのリン化合物もリンの含有量が同一であれば同じ程度の消炎時間を示した. 特に難燃材料として高分子を用いるときに必要な5sec程度の消炎時間を示す領域では化合物の種類によらずほぼ一定の消炎時間を示した。
この結果はPPE/PSアロイの燃焼反応の抑制は有機リン化合物や赤リンがアロイの中に含まれるリン当量に依存していることを示している. その結果, 化合物中に含まれるリンの含有量が8-10%程度であるリン酸エステルを赤リンと同なじ重量、高分子に混練すれば赤リンの“難燃効果”が大きいように観測される.
以上の結果より, 本研究で用いたリン化合物をその化合物の中に含まれるリンの量に換算して高分子中に 0. 8%ブレンドする条件を標準的な条件に設定しリン化合物による燃焼阻害効果を測定した. その結果Table 3に示した.
Table 3 Self-extinguishing time for alloys blended with OPC and red-P
PPE65wt% と PS35wt% の組成からなる相溶性ポリマーアロイはそれ自体難燃性であり消炎時間は, 8分の1インチ成形試料の場合 23.8sec, 16分の1インチ成形試料の場合 40.5secであった.
一般的に成形試料の厚みが薄くなるとより燃焼反応が進みやすくなるが, この2つの試料の厚みの場合でも同様の傾向が見られた. 赤リンを混練したものは8分の1インチの試料で 3.5sec 芳香族リン化合物の消炎時間はおおよそ 3sec から 6sec の間にあった. リンがアルキル置換基を有したフェノールとエステルを作る化合物の場合にはフェノールに長鎖アルキル基が置換している場合(TNPP)は自己消炎時間は比較的短いが, エチルアルコール残基のエステルの場合には末端にフェノール残基が付加した化合物(TPOP)では自己消炎時間は長かった。
この様にフェノール、クレゾール及びキシレノールの3種のフェノール置換体を有する構造を持つリン酸エステルでは類似の消炎結果が得られた。
特にベンゼン環にC9H19の様な長鎖の脂肪族炭化水素が結合した置換基の場合にもフェノールのエステルの場合と差が見られなかったが、フェノールとの間にオキシエチレンが入った構造のTPOPでは消炎時間は31-38secと長い。
燃焼反応は激しい反応であり, 高分子の分解, 揮発分の拡散, さらに酸化反応場での反応と複雑な内容を持っており化学的にも物理的にも反応を律する因子が多い. にもかかわらずリン酸エステルの化学構造と消炎時間との関係がかなりはっきりしていることから, 反応の律速段階が1つの反応または少ない類似の反応である可能性がある.
以上のようにPPEは難燃性,耐熱性などの点で機械材料として優れた基本的特性を有するが,リン化合物とのブレンドによって剛性,難燃性にさらに優れた材料が得られることが判った.しかし,一般的には難燃性を向上させるブレンド材料は反応性に富み,材料の成形時に様々なトラブルを起こすことが知られている.
難燃性のような化学反応の抑制には化学活性の高い化合物が選択されるからである.これに対して本研究で見出されたOPCは分解し難い.これはFigure 12に示すように,OPCの分子量の増大と共に分解温度が上昇するためであることが判った.
有機材料の添加剤として用いられるTPPなどの分子量の小さなOPCは250-300℃で分解するが,PPEの加工温度が280℃付近であることを考えると,ブレンド材料としては適当ではないことが判る.
これに対して,BBCPなどの分子量の高いOPCはRBPPを除いて400℃以上に分解温度があり,成形時に安定していることが判る.燃焼反応は500℃近傍であり,成形時に安定していることと燃焼反応の抑制に効果のあることが判る.
Figure 12 20% degradation temperature as a function of molecular weight of organic phosphates
また有機材料加工,混練の時に,分解することも考えられるが,Figure 13に示したように,ラボプラストミルで連続的な混練実験を行ったところ,RBPPは600secほど混練するとトルクの上昇が見られ,1800sec程度以上では明らかにPPEと反応した生成物が得られた.これに対してBBCP, BBPPは混練によっても安定していた.
Figure 13 Processing stability tests of PPE blends OPC by laboplastomil
以上述べたように,PPEに特定の構造を有しているOPCをブレンド材料として用いることにより,PPEがより優れた機械材料となる可能性が判った.
4 結論
1. PPEとある種の有機リン化合物に強い相互作用が見られる。
2. PPEに液体の有機リン化合物を混合すると、曲げ弾性率が上昇する。
3. 曲げ弾性率の上昇は有機リン化合物の分子量の増大と共に顕著になる。
4. 分子量の小さな、化合物内にリンが1つのTPPでは混合割合の少ないときに、僅かな曲げ弾性率の上昇が見られるが、混合割合が増大すると低下する。
5. 実験したすべての有機リン化合物を混合すると熱変形温度は低下し、その割合は有機リン化合物が熱変形温度に寄与しないとして計算した結果と一致する。
6. BBCを混合した場合には、PPEの高分子鎖は大きな運動をより低温で行うが、局所的な運動は相互作用によって制限される。
7. TPPを混合した場合には、高分子鎖は大きな運動が制限されるが、複数の高分子鎖の間の運動は制限を受けないと考えられる。
8. PPEと有機リン化合物の混合による曲げ弾性率の上昇は、相互作用により、複数の高分子鎖の運動が制限されることによるとも考えられる。運動の制限は溶媒と高分子鎖の相互作用による高分子鎖の配列変化による可能性がある。
9. 分子量の大きな有機リン化合物は分解温度が高く,溶融時のせん断力によっても分解が少なく,安定した成形が可能なことが判った.
文献
1 A.S.Hay, H.S.Blanchard, G.F.Endres and J. W. Eustance, J. Am. Chem. Soc., 81 (1959) 6335f
2 A.S.Hay, Adv. Polymer Sci., 4 (1967) 496
3 武田邦彦, 大木伸介, 七条謙一, 高山茂樹, マテリアルライフ学会誌, 7 (3) (1995) 126
4 Takeda, K. Takayama, S., J. of Polymer Degradation and Stability, 50 (4) (1995) 277
5 Walter, A. T., J. Polymer Sci., 13 (1967) 207
6 Jacobson, U., Brit. Plastics, 32 (1959) 152
7 Ghersa, P., Modern Plastics, 36 (1958) 135
8 Fuchs, O., and Frey, H., Kunststoffe, 49 (1959) 213
9 Grunwald, G, Kunststoffe, 50 (1960) 381
10 Jackson, Jr., W. J., and Caldwell, J. R., Adv. Chem. Ser. 48 (1965) 185
11 Jackson, Jr., W. J., and Caldwell, J. R., J. Applied Polymer Sci., 11 (1967) 211
12 Jackson, Jr., W. J., and Caldwell, J. R., J. Applied Polymer Sci., 11 (1967) 227
13 Kinjo, N., Japan Plastics, 7 (4) (1973) 6
14 Anderson, S. L. et al., Macromolecules, 28 (1995) 2944
15 Kambour, R. P. et. al., J. Polymer Sci., Part.B, 33 (1995) 425
16 Price,C.C., W.A.Butte, and R.E.Hughes, J. Polym. Sci., 61 (1962) 28
17 Barrales-Rienda,J.M. and J.M.Fatou, Koolid. S.S., Polym. 244 (1971) 317
18 Horikiri,S. and K.Kodra, Polym.J., 4 (1973) 213
19 Wenig W. R. Hammel, W. J. MacKnight and F. E. Karasz, Macromolecules, 9 (2) (1976) 253
20 武田邦彦、シームシー、1996年1月号、p.15-30(1996)
21 武田邦彦,大木伸介,高山茂樹,掛川純子, 材料学会第4回高分子材料シンポジウム,Vol.7, No.4, p.23 (1994)
22 Chander,K.,Anand,R.C., and Varma,I.K., J. Macromol. Sci. Chemistry, A20 ,p.697-709 (1983)
23 高山茂樹,武田邦彦,日本機械学会秋季大会予稿集,Vol. , No. , p. ( )
24 Japanese Patent Office S-64-33131