― プラスチックはなぜ固体か? ―
人間の体はもちろん、人間が昔から使っている繊維、稲わら、皮革、樹皮・・・はすべて「高分子」である。これほど高分子を使っているのだから、さぞかし「高分子」というものが昔から知られていたと思うのが普通である。銅は青銅器の時代から使われ、鉄は紀元前1300年には戦闘に用いられている。日常生活では銅や鉄より高分子の方がなじんでいるし歴史も古い。
しかし、高分子という概念ができたのは1924年である。Staudingerがポリスチレンなどの「この世には小さい原子や分子が集まってものを作っている場合もあるが、もとから長大で大きな分子もある」ということに思いついたのである。
その後、高分子工業の父とも言うべきCarothersは1930年代にイソプレンゴム、ナイロンなどを合成したが、彼のノートにはやはり「本当に高分子ができるのだろうか?途中で分子がベンゼン環のように丸くならないのか?」という悩みが記されている。
Carothersでもそうだから、並の研究者が「高分子」という新しい概念を認めるはずもない。Staudingerは最初、学界全体にわき起こる反対論に閉口したらしい。いつの世もそうだ。凡人の凡人たるゆえんは自分が凡人とわからない点であり、凡人の域を少し出るとなんとなく自分が単なる凡人と言うことが判ってくる。
ともかくStaudingerから80年。やっと繊維やプラスチックが高分子であるということを少しの人は理解するようになってきた。でも「プラスチックのリサイクル」などが出てくるところを見ると、まだプラスチックが鉄のように原子が連続して構造体を作っていると思っている偉い人もいるのだろう。
それはともかく、高分子というのは分子が長い鎖のようにつながった形をしている。普通に使われる高分子は高分子を作る分子(これを単量体というが)が1000ヶ位がつながってできている。もしその単量体の分子量が100であれば、それが1000ヶつながるので分子量は10万と言うことになる。
確かにこの数は膨大だ。それまで人間が知っていた分子というのは「小さいものであり、物質をつくるもと」だから、原子のようにどちらかと言うと形は「丸い」。でも高分子は紐のように長い。
普通の分子の分子量が100として、高分子が10万とすると、その間のものがあっても良いように思う。実際にもそうで、分子量が1000とか、1万というものもあるがあまり多くない。それは「人間の生活」に関係している。
私たちは「水や油のような液体」と「鉄のような固体」を使って生活をしている。液体は液体で役に立ち、飲み水や天ぷら油として使われている。鉄のような固体も有用で、鉄筋コンクリート、橋から何でも鉄でできている。銅やスズも同じで、人間の生活にとってとても大切である。
その途中のものというと「ベトベトしたもの」「ニョロニョロしたもの」など、液体とも言えないし、固体としては弱い。だから接着剤やゲルなどとしては使われるが、一般的ではない。液体と固体、そしてその中間的なベトベトしたものの3つを考えてみる。
たとえばヘキサンとかオクタンというものがある。直鎖の低分子化合物でさらさらした液体である。ガソリンを思い浮かべたら良いが、これが少し鎖が伸びても灯油や軽油だから、普通には「油」のように見える。炭素が10ヶ連なった「デカン」という化合物の化学構造は次の通りである。
デカンの融点は約-30 ℃(マイナス30 ℃)、つまり常温では液体の油である。この鎖を少しずつ長くしていって炭素数が30ぐらいになると融点はプラス60 ℃から80 ℃程度になり、ベトベトから少しずつロウソクのロウのようなものになる。
そしてさらに鎖が伸び、炭素数が1万程度になると「ポリエチレン」となる。結晶化しているのが普通なので、多少、説明が難しいが、いずれにしても立派な固体である。日常生活ではスーパーの袋、ポリ管、灯油缶などがこれに当たる。鉄筋コンクリートのように硬く強いわけではないが、人間の生活には十分使用できる。ポリエチレンの分子構造を下に示す。
オクタンの図とポリエチレンの図を見比べてみると面白い。構造は同じである。同じならオクタンが液体ならポリエチレンも液体のはずである。なぜかというと普通は分子の間の相互作用で動きにくければ固体、動きやすければ液体だからである。
鉄の融点は約1700℃、タングステンは3400℃なのに、水銀の融点は-40℃(マイナス40℃)と同じ金属でもこんなに違うのだろうか?それは原子のもっとも外側の電子の軌道の状態によって決まり、原子同士が結びつきやすいと固体、結びつきにくいと液体ということだ。つまり「群れを作った方が居心地がよい(相互作用が強くエネルギー的に安定している)」時は固体、「一人でいるのが良い(相互作用が弱い)」場合は液体と言うことになる。
話が拡散してはいけないので元に戻ると、分子の構造が同じなのに、なぜプラスチックは高分子か?という疑問にぶつかる。水なども水素結合があっても液体なのに、ポリエチレンは水素結合も無いのに固体になる?なぜだろうか?
それは長い高分子鎖同士が絡み合い、動けなくなるからである。ちょうど、長い糸で遊んでいるとそのうちこんがらがってきて、それを引っ張っていると硬い玉になるようなものである。糸と糸の相互作用などとは無関係で「立体的に動けなくなる」ということを示している。つまり「絡み合い(entanglement)」である。
上の図はプラスチックの内部の想像図で、長い高分子鎖が互いに絡み合っている。高分子鎖同士は近づいてもイヤではないという程度でよく、特に高分子鎖の間に強い相互作用は必要がない。それでも固体になることがおおよそ判る。つまりデカンのような直鎖の飽和炭化水素というのは横軸に炭素の数、つまり鎖の長さを取ると、鎖が長くなると少しずつ融点が上がることが判る。
高分子を研究している人でも高分子のこのような構造についてあまり知らない人がいる。だから高分子学会でも質問をする時に相手に恥をかかせないようにしなければならないという変な気遣いをする。私は一度、ドイツの大学院で使う高分子の本を翻訳して出版したことがあるが、その時に、そのレベルの高さに驚いたものである。
日本の高分子に携わっている技術者の多くはドイツの技術者より劣っていると思われるが、それでもなぜ日本の方が高分子工業が盛んなのか、その理由は判然としない。ともかく高分子材料というのはかなり特殊な材料であることを整理して次に進みたい。
つづく材料