はじめに
高分子材料が重要な部品に使用され始めたのは最近のことである。30年ほど前まではプラスチックと言えば安物の代名詞で、補助的な材料としてしか扱われなかった。現在では、航空機、電気機器の主要部分、ギヤーなど基幹部品に使用されるようになってきた。
しかし、まだエレベータには使用されない。その理由は、1)燃えること 2)長期的な信頼性に欠けること があげられる。この短い整理はこれから高分子材料を重要部品に使用しようとしている人に多少でも役に立てばという思いで執筆したものである。
1 化学的反応としての劣化
高分子は炭素―炭素共有結合でその基本構造が出来ていて、融点(結晶性高分子)やガラス転位点(自由体積がある割合になる温度)が常温近いこともあり、運動性が高く、劣化もしやすい。
化学的劣化は、酸化、主鎖の切断などが主たるものであるが、有機反応で取り扱う多くの反応が劣化に関係しているとできる。従って、長期劣化も基本的には化学反応として整理され、例えば温度依存性はアレニウスプロットで整理することもできる。
しかし、温度による反応性の差が、化学構造だけに依存すると考えると間違いも起こる。たとえば、ポリカーボネートを熱分解させると、50%分解温度はかなり高くなるが、ポリカーボネートの骨格をなしているbisphenol-Aを熱分解させると相当する高分子よりかなり低い温度で分解する。Bisphenol-Aの熱分解がisopropylidene基で起こることを考慮すると、この現象はかなり興味を引くものである。
このことは相反する二つの原因を考えなければならない。一つは村田らが指摘しているように高分子の劣化では立体的なひずみの影響でエネルギー的に不安定な状態にあり、その結果、劣化反応が促進するという考え方であり、もう一つは立体的な運動制限によってより安定しているという考え方である。
もともと、高分子の劣化を有機化学とは別に考慮しなければならないということ自体、高分子鎖のエネルギーを考慮するということであり、化学的な影響のみを考えるのは多少、危険である。
2 物理的空間的意味の劣化
それでは高分子の立体的効果とは具体的に何を示すのかという問題になる。高分子は化学的構造を持つとともに、立体的な制約があり、それが原因してかなりの制約を受ける。そのもっとも典型的なものが高分子鎖の絡み合いによる粘弾性的特性である。このことを無視して高分子の劣化や性質を論じることはできない。
例えば、「摩耗」という劣化を取り扱う場合、化学的劣化と物理的劣化が関係して総合的劣化となる。
歴史的には、Herbert Leadermanが、アセテート・レーヨンのクリープを温度を変えて測定したのが最初である。このときの“遅延成分”を時間の対数(lnt)に対してプロットした。彼は各温度の曲線は時間軸にそって平行に移動すると、一本の曲線になることを見い出した。1943年の発表である。
Tobolsky一派がすぐその後を追い、“時間-温度の重ね合わせの原理;time-temperature superposition principle”の語を創成した。その後 Ferryは、移動係数(shift factor)aTを導入し、この関係を次の様に整理してケリをつけた。
「どんな高分子であれ、どんな変形であれ、 ある基準温度から任意の温度(T)にかわると、すべての緩和時間が基準温度(Tr:reference temperature)の時の値のaT倍になる」
図にTobolsky一派が測定したポリイソブチレンの緩和弾性率を示す。Tr=-65.4℃として、重ね合わせると一本の線になる(1955年)。 そしていよいよ、この年(1955年)、Williams-Landel-Ferryは、JACSにaTの一般式を提出した。
Trの決め方 | C1 | C2 |
Tr=Tg+50℃ | 8.86 | 101.6 |
Tr=Tg | 17.44 | 51.6 |
基準温度はどの温度をとっても良いので、Tr=Tg(ガラス転位温度)とするのが理論的にはすっきりしている。しかし、ポリマーの性質はガラス転移点で大きく変化するので、その温度での測定が難しい。
そこでポリマーの性質が安定している(Tg+50℃)を選ぶことが多い。この50℃という数字はWilliamsが1955年に発表した時にTg+50℃を使っただけのことで余り根拠は無い。
ポリマーに圧力をかけると、自由体積(次項で説明)が減少するので、その分、補正が必要である。FillersとTschoeglが補正式を立てた。
この一連の研究を見ると判るように、WLF式は高分子の立体構造に起因する特性を示している。その点で次の摩擦係数のグラフほど温度時間換算則の威力を感じるものはない。図 3はゴムの摩擦係数の測定値そのものであり、図 4はWLF式による合成曲線である。
まだ疲労や熱劣化などにこの式が有効に使用されたことはないが、この式の中には高分子の構造が決定的に変化するガラス転位温度が入り、現実の劣化も温度依存性が強い。是非、すこし踏み込んだ検討が行われることを期待したいし、それこそが高分子という材料を一層、役に立てる方法だろう。
名古屋大学 武田邦彦