ポリエーテルケトンの分岐と特性


1.はじめに

 1960年代には世界の材料に占める金属材料の割合は80%を越えるほどであったが、重厚長大と言われる時代から軽薄短小がもてはやされる時代となり、軽量で成形が容易なプラスチックなどの有機材料が多く使用されるようになってきた。既に家庭電化製品、電子機器などの用途に用いられる他に、有機材料は自動車、ビルなどにも使用されて来つつあり、2000年前後には金属材料とほぼ同程度のシェアーを占めると予想されている。

 わずかに40年ほどの間に、シェアーが40%近く変化するということは産業構造上、さらにそれを支える工学の分野でも大きな変革がもたらされ、また要求される。これまで金属材料が使用されていた分野に有機材料が進出することを意味しており、それに伴い有機材料の欠点である耐熱性、易燃焼性、そして低い弾性率などが問題点としてあげられるようになる。

 一方、高分子合成の分野では1960年代に現在工業的に使用されているプラスチックやゴムのほとんどが研究され、特殊な機能を有する樹脂や耐熱性の高い樹脂の研究に主力が注がれるようになった(1)。それらの研究の流れの中で、ポリイミド、ポリスルフォン、ポリエーテルケトンなどのきわめて耐熱性の高い一群の樹脂が開発されるに至った 。一般的に言われる「耐熱性樹脂」とは、ポリカーボネート、ポリフェニレンエーテル、ポリブチレンテレフタレートなどのエンジニアリングプラスチックであり、図1(2)に示すように熱変形温度が140~220℃程度である。しかし現実的には流動性、成形性などの材料としての制約があり、それらの連続使用最高温度はせいぜい100℃~150℃程度である(1)。

  汎用樹脂であるポリスチレンやポリプロピレンなどが100℃程度以下で使用されることを考慮すれば、確かにエンジニアリング・プラスチックと呼ばれるこれらの耐熱性樹脂の使用温度は高いと言えるが、150℃程度の温度は金属材料では低融点合金のはんだ材料などに相当し、材料全体から見ればやはり低い耐熱性と言える。このような状況から、150℃以上の耐熱性を持つ樹脂の開発が盛んに行われ図1に示すようにポリフェニレンスルフィド(PPS)やポリアミドイミド(PAI)などが開発されたが、現在ではポリイミドなどの樹脂を除いて工業的に使用されていない。

図1 エンジニアリングプラスチックの耐熱性

 研究室では200℃以上の温度で連続使用が可能なポリエーテルケトン(PEK)の工業的価値を更に高めるために、分岐構造を導入して成形加工性や機械的強度の改善を試みた。


2.実験

 ポリエーテルケトン類の基礎的分野における合成は数多くの報告(3-6)がなされているが、工業的には図2(a),(b)に示される親核置換反応や親電子置換反応により合成される(7,8)。本報告では、図2(c)に示されるシリカ/銅触媒を用いたジクロルベンゾフェノンからのポリエーテルケトン合成反応(9)を用いて、図3に示す分岐構造を主に有するPEKを合成した。

図2 PEKの合成ルート

図3 PEKの分岐構造

 分岐PEKの合成は、攪拌機、窒素流入管及び窒素排出管を有するステンレス製1Lオートクレーブに、反応試剤である4,4‘-ジクロロベンゾフェノン155gと炭酸ナトリウム68.73g、触媒のシリカ23.25gと酸化第一銅0.387g及び溶媒のジフェニルスルホン310gを仕込み、真空窒素置換した後、窒素気流下で攪拌しながら、段階的に320℃まで昇温して、約6時間かけて行った。得られた反応ドープを粉砕器で破砕した後、アセトン、1規定水酸化ナトリウム水溶液及び水で順次洗浄して、溶媒や副生物及び触媒を除去し、精製分岐PEK粉体を得た。PEK中の分岐量は、使用する触媒の銅/シリカ比率とシリカ/4,4‘-ジクロロベンゾフェノン比率及び重合温度を変えることによって制御した。物性評価には、

 図3に示す構造をPEK繰り返しユニット当たり約0.8~1.9モル%導入した分岐PEKを用いた。一方、分岐構造を持たないPEK(以下、リニアPEKという)は、4-フルオロ-4’-ヒドロキシベンゾフェノン108gと炭酸カリウム71gと400gのベンゾフェノンとを混合して300℃で6時間反応して合成した。
 PEK中の分岐構造量の同定は、20%水酸化ナトリウム水溶液を用いて220℃で加水分解した後に、日立社製液体クロマトグラフィー-マススペクトル分析で行い、定量は液体クロマトグラフィーで行った。

 機械的物性評価用試験片は、160℃で一晩真空乾燥したPEKをモダンマシナリー製射出成形機MJEC10を用いて、シリンダー温度400℃、金型温度180℃で成形して作成した。メルトインデックス(MI)は、東洋精機製メルトインデキサーを用いて、400℃、2.16kg荷重で、ASTM1238に基づき実施した。引張試験、曲げ試験はそれぞれ、ASTM638,ASTM790に準じて、東洋精機製STROGRAPH-W2を用いて行った。また、10倍の荷重21.6kgで測定したMIをHMIと定義し、高シェア領域での流動性すなわち射出成形時の流動性の指標とした。融点及び融解熱量の測定は、パーキンエルマー社製示差熱分析計(DSC7)を用いて、一旦400℃に昇温2分間保持し、降温速度10℃/minで40℃まで冷却した後、昇温速度10℃/minで行った。相対粘度はウベローデ粘度計を用いて、0.1wt%濃硫酸溶液、25℃で測定した。

 GF強化PEKは、旭ファイバーグラス社製ガラス繊維を用い、PEKと混合した後、池貝鉄鋼社製2軸押出機PCM30を用いて400℃で押出して製造した。


3.結果及び考察

  図4にPEKのアルカリ加水分解物の液体クロマトグラフィーチャートを示す。図で(a)は図5の(a)であり、PEKの主鎖構造が加水分解で切断されたものである。また分岐PEKのチャートに見られる(b),(c),(e)は分岐構造から推定される物質であり、リニアPEKに比べ、分岐PEKKには多くの加水分解物があり、その構造中に異種の結合が形成されていることがわかる。
 
 (1) 分岐なしPEK        (2) 分岐PEK
  図4 PEKの加水分解と液体クロマトグラフィー(HPLC)の分析結果

 これら異種結合を同定するため、4,4‘-ジヒドロキシベンゾフェノン(a)を除去して異種結合成分を濃縮し、液体クロマトグラフィー/マススペクトル分析を行い、図5に示す化合物を同定した。これら化合物のヒドロキシ基はPEKのエーテル基が加水分解により生成したものである。その結果、異種結合には2種類の分岐構造が存在することが明らかになった。

 1つは、異種結合の主成分であり、(b)と(e)成分からなる分岐構造である。該構造は、PEKの主鎖からビフェニル結合を介して新たなPEKのポリマーもしくはオリゴマーが結合した構造であり、図3に示した長鎖の分岐構造と考えられる。他の1つは、その存在量は少ないが、(c)成分のようにPEK主鎖のベンゼン環にオキシベンゼンが結合した短鎖分岐と(d)(f)(g)成分のようにベンゼン環が直接結合した短鎖分岐構造と推定できる。

図5 液体クロマトグラフィーによる分析と分岐

 図6及び図7に、合成した分岐PEKとリニアPEKの示差熱分析結果を示す。相対粘度の異なる試料についての融点の測定結果によれば、分岐構造を持つPEKはリニアPEKに比べて、相対粘度が異なっても融点で約6℃程度低いことが判る。この傾向は結晶融解熱(ΔH)も同様であり、分岐PEKの方が5J/g程度低い。これは分岐されたPEKは規則性が少なく結晶化がリニアPEKに対して低くなっていることを示している。

 一般に結晶性ポリマーは、分岐構造を導入することで融点や結晶化度が低下することが知られており(10)、PEKにおいても同様の傾向を示すことが判った。本研究では優れた耐熱性を有する樹脂としてPEKの研究を行ったものであり、少しでも耐熱性が優れていることが望まれるので、これらの示差熱分析結果はその意味で好ましいものではない。しかし、先に述べたように耐熱性樹脂として求められる温度は200℃程度以上であり、ここで見られた耐熱性の差は重要なものではない。

図6 PEKの溶融粘度の比較

図7 PEKの熱劣化の比較

 図8に、合成したPEKの低いシェアー領域の流動性を示すMIと高いシェアー領域の流動性指標であるHMIの関係を示す。分岐構造をもつPEKでは同じMIの場合、高シェア領域での流動性が高いことが判る。例えば、同一のMI(約3.5g/10min)で比較してみると、リニアPEKのHMIが100g/10minの時、分岐PEKは140g/10minであり、約40%の流動性向上が見られた。一般に、射出成形は高シェアレート成形されるため、分岐PEKはリニアPEKに比べて射出成形の成形性の向上が期待できる。

 次に流動性と曲げ強度及び曲げ弾性率の関係を図9と図10に示す。一般に流動性は分子量に依存し、分子量が小さくなるほど流動性が改善される。これは主鎖の絡み合い密度が分子量に依存し、分子量の低下とともに絡み合い密度が低下するからである。曲げ強度のような力学的特性については絡み合い点間密度が高いほど改善されるので、結果として流動性が改善されると力学的強度が低下する傾向が見られる。しかし、図9に見られるように分岐PEKにおいては横軸の高いシェアー領域での流動性が変化しても曲げ強度はほとんど変化しない。さらに、分岐を導入することで、PEKの曲げ強度が170Mpaから205Mpaに約20%向上している。

図8 PEKの流動性の比較

 一方曲げ弾性率では図10に見られるように流動性の上昇とともに弾性率の低下が見られる。また分岐構造の寄与は分岐PEKの方がリニアPEKに比較して高い。

図9 PEKの曲げ強度.

図10 PEKの曲げ弾性率

 曲げ弾性率と曲げ強度に見られるこれらの結果は絡み合い点密度と流動性及び強度の一般的傾向には必ずしも合致しない。高分子材料の弾性率は絡み合い密度によって決定されるが、弾性率が飽和する分子量は力学強度が飽和する分子量に対して一般的に低い。これは弾性率を発現する絡み合い点密度より強度が発現される絡み合い密度が高いことを示しており、これらの結果はWuらの一連の研究などによって判明している(11-13)。

 すなわち、PEKの曲げ強度が十分に高くなる分子量は、PEKの曲げ弾性率が十分に高くなる分子量より高いと考えられるからである。したがって分岐PEKの固体構造は通常の非晶性樹脂における絡み合い点い密度と弾性率及び力学強度とは異なる関係があると考えられる。次に図11にPEK中の分岐量と曲げ弾性率の関係を示した。

図11 曲げ弾性率に及ぼす分岐の影響

 図11では分岐量と曲げ弾性率の明確な相関が見られ、PEKの主鎖の分岐が多いほど曲げ弾性率が向上していることが判る。分岐の生成は高分子鎖のパッキングの密度を低下させるので、弾性率は分岐の程度が増大するほど低下すると考えられ、さらに分岐PEKは図7に示したように結晶化度が低下しているので、機械的強度や弾性率は低下するものと予想でき図11の結果はその予想に反するものであった。

 そこで、さらに曲げ弾性率の測定に用いた射出成形品の結晶構造を広角X線回折で調べた。広角X線回折は、射出成形品の表面層(スキン層)とヤスリで削りだした成形品の中心部(コア層)とを測定した。図12及び表1にX線回折チャート及び測定結果を示す。X線回折チャートから、分岐PEKは、リニアPEKに比べてスキン層及びコア層で共に高い結晶性と結晶配向性を有していることが判明した。

 表中の非配向指数(Index of non orientation: INO)は、成形品の表面と平行な結晶面(1,0,0)面の回折Aと成形品の内部方向に配向した結晶面(1,1,0)面の回折Bとの強度比から、下式で求めた。INOが小さいほど、成形試験片の表面と平行な面により強く配向していることを示している。
INO =(B/A)×100
表1に示すように、分岐が見られなかったPH

図12 射出成形PEKのWAXD結果

表1 射出成形PEKの分岐構造とWAXD

図13 射出成形PEKの配向に及ぼす分岐の影響

 -10の非配向指数がスキン層で30, コア層で42であるに対して、分岐度が上昇するに従って非配向指数が低下し、分岐度1.6のPH-11ではスキン層で10以下、コア層で16と小さい。それに従って結晶度が上昇している。

図14 射出成形PEKの結晶化に及ぼす分岐の影響

 分岐度を横軸にして整理した図を図13に示す。PEK中の分岐量が増大するほど非配向性指数は小さくなり、加水分解による分岐度の測定と、X線回折による非配向指数との関係が明瞭に見られる。また図14に示すように、PEK中の分岐量が増大するほど結晶化度も増大している。特に分岐度と非配向度の関係は顕著で、リニアPEKの場合には30%もの非配向度、すなわち70%が配向しているに対して、分岐度がわずかに1.6%のPEKにおいては配向度が92%程度に上昇する。一般的に分岐構造の高分子は規則性と言う点では線状の高分子より少ないので、配向に関しても配向しにくいことが考えられ、その点でPEKの特殊性が明らかになった。

 非配向性指数と曲げ弾性率との関係を図15に示すが、配向が強くなるほど高い曲げ弾性率を示す。

図15 分岐の程度と曲げ弾性率

 すなわち、分岐PEKがリニアPEKより弾性率が高いのは、分岐PEKは配向性が優れ、分岐しているにも関わらず結晶化の程度も高くなることから弾性率が向上したものと考えられる。また高いシェアーの領域で流動性が優れているのは、分岐高分子鎖が高シェアー条件下でちょうど「傘」を畳むようになって流動するので、シェアーが高い方がリニアPEKに対して流動性が増大するものと考えられる。

 従って、溶融状態でしかも高シェアーの時にあたかも傘が閉じるようになって流動性が増大するが、冷却過程において主鎖は配向されたまま結晶化するが、分岐した高分子鎖は緩和し、互いに絡み合って新しい絡み合い構造に移る。そのため流動後は分子量による通常の絡み合い密度になると考えられるが、分岐側鎖が剛直なため弾性率の向上に寄与していると推定される。これらの推定から、絡み合い密度と力学強度、さらに流動性に関する一般的傾向と異なる分岐PEKの特性を説明しうる。

 また、本研究において分岐PEKは前述のように高シェア領域での流動性に優れているので、高シェア領域で成形する射出成形によって、分岐PEKが流動方向にさらに強く配向されて分子鎖が並べられ、より結晶化しやすくなったため結晶化度が増大したと推定できる。すなわち分岐PEKの優れた性質を成形条件において引き出すには、強い配向のかかる状態が望ましいことが判った。

 最後に本研究に関連してガラス繊維強化PEKについての若干の研究成果を示す。Table 2はガラス繊維を30%配合したときの特性であるが、ガラス繊維を含有しない非強化樹脂に比較して曲げ強度が205MPaから320MPaに約50%向上し、曲げ弾性率が5Gpaから12Gpaへ約240%向上している。また、リニアPEKとの比較においても分岐PEKは引張強度で15%、曲げ強度で17%、曲げ弾性率で6%高い。図16に現在市販されている耐熱性樹脂や高耐熱性樹脂と比較して、ガラス繊維30%強化分岐PEKの耐熱性(熱変形温度)を示す。分岐PEKはガラス強化樹脂がガラスを強化しない樹脂に対して耐熱性の向上が著しいが、これは結晶化度が高いことが起因していると考えられる。一般的にもガラス強化がより有効であるのは結晶化と相関性がある。

表2 GF 30% 補強 PEKの性質

図16 GF30%補強のエンジニアリング樹脂の特性

 いわゆる5大エンジニアリング・プラスチックと言われるポリカーボネート(PC)、ポリオキシメチレン(POM)等の耐熱性は150℃付近にあり、工業化が遅れている「スーパーエンプラ」と呼ばれるっPS、PEEK、PAI等の一群の耐熱性も250℃から300℃付近である。これに対してガラス繊維30%含有の分岐PEKの耐熱性は370℃付近であり、現在の耐熱性樹脂の中でも特別に高い耐熱性を有していることが判る。この様な高い耐熱性は電子材料としてきわめて有望であること、高熱に接する機械部品などの分野でも価値が高いものと考えられる。


4.おわりに

 高耐熱性プラスチックの1種であるポリエーテルケトンに分岐構造を導入した分岐PEKを合成した。約1モル%の分岐構造を導入した分岐PEKは、リニアPEKに比べて、以下のような特徴が見られた。

(1) 結晶融点が約5℃低下し、結晶化度も低下した。
(2) 高シェア下での流動性が約30~50%向上した。
(3) 曲げ強度・弾性率が約10~30%向上した。

 また、分岐PEKの射出成型試験片は、リニアPEKに比べ結晶配向度と結晶化度の高いことが判明した。その結果、曲げ強度・弾性率が向上したものと推定した。


引用文献

(1) 安田武夫,工業材料,Vol.36, No.14, 85-99, 1988
(2) “エンプラ93”,3-20,化学工業日報社,1993
(3) K. J. DAHL. V. JANSONS, Polym. Other Adv.Mater. International Conference on frontie.,69-81, 1995
(4) J. W. LABADIE, J. HEDRICK, ACS Symp.Ser., No.624, 210-225, 1996
(5) 田口好弘, 宇山浩, 小林四郎, 高分子加工,Vol.44, No.10, 457-461, 1995
(6) 清野美勝, 出光技報, Vol.38, No.3, 251-256, 1995
(7) J. B. Rose, USP 4,010,147
(8) W. H. Bonner, USP 3,065,205
(9) I. Fkawa, T. Tanabe, T. Dozono, Mcromole.,24,3838-3844, 1997
(10)“高分子化学の基礎“,日本化学同人,1987
(11)Wu, S., J.Polymer Science, Part.B, Polym.Phys., Vol.27, p.723 (1989)
(12)Wu, S., J.Appl. Polym. Sci., Vol.46, p.619(1992)
(13)Yee, A. F, A.C.S, Div.,Polym. Chem., Vol.17, No.1, p.145 (1976)