― 人工材料の自己修復 よりよい自己修復を求めて ―

 固体のポリエーテルケトンの分子量が伸びたことで、二つめの自己修復が原理的に可能な人工的材料を見い出したことになった。でも逆反応の温度が高い。スーパーエンプラだから200℃でも良いが、できればもう少し低い温度でも逆反応ができないかと実験をしてみた。

 その結果、下の図のように120℃から200℃まで実験してみると、120時間では200℃しか分子量は増大せず、それ以下の温度ではほとんど回復は見られなかった。もちろん、プラスチックの劣化は1年とか2年という時間がかかるから5日程度で分子量に変化が見られなくてもいろいろ工夫すればできるようになるだろう。

 アメリカで新しい発明が生まれるのは、多少、乱暴でも先へ先へと前進するからである。アメリカだったらこれでポリエーテルケトンは終わりかも知れない。でも日本人は慎重でもあり、また改善意欲が高いので温度が低い条件で反応が進まないといろいろ考える。

 我々もご多分に漏れず、日本人の研究者として改善に努めた。ポリエーテルケトンは普通はOHの末端基を持っているから、それを低温でつなげるには単に炭酸カリウムを使うのではなく、それにつなぎ剤(4,4’-ジフルオロベンゾフェノン : DFB)を使えば良いと誰もが思う。反応は下の図の通りである。


 この反応が順調に進めば、「高分子の二量体」ができる。つまり分子量が一気に倍になるはずである。またフッ素が過剰にあるような場合には下の図のようにフッ素系の化合物を加えなくても良いかも知れない。

 これを試みようという事になったが、また拙速ではいけないので、溶液反応からやることにした。つなぎ剤を入れるのだから、これまでより低温で分子量が上がるかと思っていたら、結果は下の図にあるように全く反対でつなぎ剤を入れると分子量が急激に低下したのである。

 本当に科学は難しい。難しいから面白いのだが、考えていたことが思うようになることはほとんど無い。失敗に失敗を繰り返すし、できたらできたで当たり前と言われるのが宿命である。だから研究者は根暗ではできない。失敗も物ともせず、明るい性質でなければならない。どんなに暗いデータが続いても「いつかはできる!」と一人で夢を見ていなければ研究は無理である。


 それはともかく、もう少し粘ろうということになって今度は炭酸カリウムを変化させて分子量の変化を見た。それが上の図であるが、やはり“つなぎ剤”がなければ分子量が上がるのに、改善するつもりが反対になってほとんど分子量は増大しない。

 完全な失敗である。ポリエーテルケトンは320℃のような高い温度でなければ逆反応はできない。そうなると「使用中に回復する」ということはできず、劣化した高分子を取り出して「回復処理」をしなければならなくなる。

 それはそれで良いかも知れない。この頃、プラスチックをリサイクルしようとしているが劣化しているのだから使えない。例えは悪いがリサイクルとは、おじいさんの皮膚を赤ちゃんに移植するようなものだ。なかなか難しい。

 それでも方法が無いより良いと思っていた。将来は石油は無くなるし、世間ではプラスチックはリサイクルできると言っているけれど「劣化する」というのは自然現象であるから、人間が「リサイクルしたい」と希望を述べてもそれは無理である。でも何とかすることはできるのではないかと当時の私は考えていた。

 リサイクルするなら一度使ったポリエーテルケトンを320℃で処理をすることはできる。本当は使用中に回復してくれるのがもっとも良いが、使用中でなくてもリサイクルはできるようになる。次善の策はそれしかないとこの時点では諦めていた。

おわり