― 打撃からの回復 ―

 紫外線で殺菌が出来る。これは、紫外線で細菌が死ぬことを意味している。このHPの自然に学ぶ・伝統に学ぶ -紫外線殺菌-で、紫外線が細菌のDNAに致命的な損傷を与えるということについて整理した。しかし、地球上に生命が誕生してからオゾン層が出来るまでの約25億年間、生物は太陽から放出される強い紫外線と戦ってきた。損傷を受けたからといって、それで引き下がっていては生きていけない。

 そこで、生物は「自分自身で自分自身の体を修復する」という機能を身に付けた。参考として、大腸菌の自己修復機構を下の表に整理した。

(大腸菌の自己修復機構)

 修復機構は、光回復、除去修復、組換え修復、応答修復、そしてSOS応答という5つが知られている。大腸菌の修復機構においては、チミンダイマーの光回復が最も良く知られている修復機構である。これは、太陽の光(可視光)をエネルギーとしてDNAの修復を行う仕組みである。


(チミンダイマーの修復機構)

 少し複雑であるが、実に巧妙な修復機構である。太陽の紫外線がDNA上の2個のチミンが並んだ箇所をチミンダイマーにする (上図右の赤い線がチミンが2量体化することによって、新しく形成された結合)。このままにしておくとDNAの複製や転写が阻害されるので、大腸菌は増殖出来ない。

 そこで、大腸菌は体の中にあるMTHF (5,10-メテニルテトラヒドロ葉酸) とFAD (フラビンアデニンジヌクレオチド)が300-500 nmの太陽の光で「励起」されることによって、励起されたFADH―からチミンダイマーに電子が供給され、チミンダイマーラジカルが形成される。チミンダイマーラジカルは非常に不安定であるため、FADHラジカルに、再び電子を供給することにより、正常なピリミジンに戻る。大腸菌の自己修復のメカニズムを勉強して驚くことが多いが、その一つが「太陽の光(紫外線)で劣化するDNAを太陽の光(300-500 nmの光)を用いて修復する」という仕組みである。

 この修復系を「葉酸型光回復酵素を用いた大腸菌CPD光回復」と言う。

 空からの太陽の光が厳しい時には紫外線も強くなるため、チミンダイマーも多く出来る。それを太陽の光(300-500 nmの光)を用いて修復するのだから、たいしたものである。そして私は10年ほど前、この図を書いてもう一つビックリしたことがあった。

 その頃、私は何とか人工材料でも自己的に修復することが出来るという例を示したいと思って、もがいていた。そのために生物の反応を調べ、DNAを勉強し、人工材料の中にDNAのような情報を付与したいと思っていたが、全くうまくいかなかった。

 そんな時、この図を書いた。そして「なんだ!生物でも修復する時には情報は要らないのだ!」ということを知ったのだった。それ以来、私は自己修復の話をするたびに若い人にこの図を示し、何とか若い人が自己修復の新しい発見をして欲しいと念願している。

 「自己修復」というと自分で自分を修理するのだから、何となく「命」の匂いがする。メラニンのような紫外線吸収剤なら、ただそれを入れておけば良いのだが、自分で直すということになると、「能動的」であり、「生命的」である。でもこのチミンダイマーの補修は「能動的」であっても「非生命的」である。ということは、人工材料でも自己的に修復出来るものがあるはずである。

おわり