3  はんだを取り巻く資源・環境

3.1  資源の基礎的知見


 地球上の資源の枯渇が現実問題として議論しなければならない時代に入ったことについては多くの学者の指摘がある。その中でもの図に示すように多くの金属元素が「右上がり」の曲線を辿っている様子は人類が計画的に資源を使用していないことを端的に示している。

Figure 31 主要金属の生産量の推移
R 3-1 1995年12月日学術振興会第69委員会報告;京都大学資源研究所西山教授:WBMS,USBM,Mining Jr.

 無鉛はんだに関係する元素としては、まず鉛が挙げられる。鉛は古くから使われていた金属でその紀元はおよそ5000年前に遡る。それ以来少しずつ使用量は増大し、現在ではおおよそ600万トンの鉛が様々な形で世界で使用されている。20世紀に入り自動車用ガソリンに鉛が使われて一時は生産が増大したがその後大気汚染、地下水の汚染などが問題となり生産量は頭打ちになっている。 
 
 右上がりのこのグラフの中で鉛はその使用量が頭打ちになっている。これは鉛を用いる新しい技術が発見されていないことと、ガソリン用の鉛の使用が禁止されていることによる。しかし多くの金属資源がこの様に生産量を増大させれば環境問題に並行して資源問題になることは間違いない。

Figure 32 主要元素の寿命
R 3-2 1995年12月日学術振興会第69委員会報告;京都大学資源研究所西山教授

 次に資源の耐用年数を元素毎に整理した図をFigure 32に示す。多くの元素がそうであるように鉛の資源はさほど豊富ではない。埋蔵確認量を使用量で割った値ではその資源的寿命は20年程度である。鉛の替わりに用いようとしているスズは40年、ビスマスも40年、銀20年、アンチモン100年などである。
 
 特に後に示すように無鉛はんだの原料として研究されているIn(インジウム)はその資源が極端に少なく、有力な用途が発見されるとたちまち無くなると考えても良い。無鉛はんだは環境問題をそのきっかけとして研究されているが、環境問題とともに材料の選択において考慮しなければならない問題として資源問題があり、無鉛はんだとして性能が極めて良くても資源的に使用できないものは特殊なはんだはともかく、汎用のはんだとしてはあまり適当ではないだろう。


3.2  材料廃棄の国際的側面

 電気製品の廃棄の問題は我が国では既に社会的問題である。1992年1年間で日本で廃棄された電化製品は、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、エアコンの4種のみで1450万台を越えている。家電製品の8割は新しい家電製品に替え帰るときに販売店に引き取られるが、それでも2割はゴミとして捨てられる。また回収された8割にしてもそこから再生産の原料となるのはごく一部で大半は結局産業廃棄物や一般廃棄物として捨てられるのである。

R 3-3 1995年1月5日朝日新聞

アメリカでの電気製品の廃棄も同じ様な状態であり電化製品の中にあるプリント基板は一年間に1億枚捨てられると推定されている。

 まさしく主要原料の一部は家電用に消費され、廃棄されている様子が目に浮かぶ。しかも現在では家電製品の多くを日本は輸入に頼っていることを考えると、日本での材料の廃棄問題は日本1国の問題としては解決できないものであることが判る。即ち、外国で資源をいったん製品に取り込みそれを日本で使用し、日本で使用したものはヴァーゼル条約により、日本で消費する必要がある。生産拠点が外国であってもその廃棄物のみは日本に残ることになる。
 
 この様に大量消費のアメリカや日本では必然的に環境問題はクローズアップせざるを得ないのである。工業の国際化が進み、貿易が盛んになってもその貿易体系は依然として旧態依然としている。そのために製品の生産と輸出という点から捉えられている。
 
 しかし、環境的資源的に考えれば、東南アジアで製品を製造する理由が東南アジアで生産することがコスト的に国際競争力を持たせるという事である限り、新しい製品を製造するより回収して製造する方がコストが掛かる商品については日本でのリサイクルが成立しないことになる。
 
 日本が製造業を外国に求めるなら、この資源環境問題の解答を求めておく必要があろう。また上記の議論では論理が複雑になるのを避けるためにバーゼル条約の制限の問題を挙げたが、


3.3  無鉛はんだ候補材料の資源及び環境的側面

 材料の選択に当たっては資源量の問題を無視することはできない。特に無鉛はんだの候補材料のうちには資源量が極端に少ないと考えられるInの様な金属を含んでいるからである。Pbは昔から多く用いられている金属でその資源量も多く、7000万トンの資源量が確認されている。
 
 それに対して無鉛はんだ材料の主力であるAgが24万トン、Biが10万トンと少なく、Inに到っては2000トン程度と考えられる。鉛のうちはんだに用いられるのが6%であるので資源が平均的に用いられるとすると40万トン、年間使用量から見ると鉛が340万トンで20万トンの消費量になる。
 
 仮にInを鉛の替わりにはんだ材料全体で用いるとその資源的寿命は1年も持たないことになる。はんだのうち無鉛はんだを必要とする分野は主に集積回路関係であるので資源的寿命は少し長くはなるがそれでもIn等の金属を代替材料として用いるのは問題であろう。

Table 3-1 はんだの材料と資源及び価格
R 3-4 Wood, E. P. and Nimmo, K. L. , J. Electronic Materials, Vol. 23, No.8 p.709 (1994)


3.4  各国の規制の動き
 
 この様な廃棄されたはんだ材料から鉛が徐々に溶解していくことは間違いなく、アメリカ環境保護庁(EPA(Environment Protection Agency)の水源調査では飲料水法の許容基準(15ppb)より多い地区が既に800地区程度有りその中には基準の数十倍という所もあるとされている。
 
 基盤上のはんだ材料は中性の水ではあまり溶けないが酸性では溶解する。環境の中にはエネルギー起源の酸性雨や食料や化学薬品として用いる酢酸などの酸がありそれらによって溶解濃度が増大する。
 
 電気用はんだに用いる鉛は500万トンの鉛の生産量のわずか0.6%に過ぎないが拡散する鉛はバッテリなどの拡散しにくい鉛に比較して環境に与える影響は大きいと考えられている。平均的なプリント基板1枚当たりのはんだに使用量はおよそ10gでそのうち40%が鉛であるとすると、プリント基板用はんだは年間400トン程度になる。

R 3-5 第9回回路実装学会講演大会、16A-07, 千住金属工業(株) 浅野省三

 この様な電気はんだに用いられる鉛に対するアメリカの規制は1990年に法案が提出され、その後毎年数件の鉛規制案件が提案されている。例えば鉛及び特定の鉛製品に対して1ポンド45セントの税金を掛けてその税金で環境浄化の基金を設立するというものや、塗料、玩具、ガラスの鉛を全て規制するこの、ラベルを付すことを義務づけるものなどがあり、その他鉛製品の製造輸入の禁止などが盛り込まれている。
 
R 3-6 Lead Abatement Trust Fund Act(S.1347-1993)
R 3-7 Lead-based Paint Hazard Abatement Trust Fund Act(H.R. 2479-1993)
R 3-8 A bill to amend the Toxic substances Control Act to reduce the levels of lead in the enrironment, and for other purposes (S.729-1993)

Table 3-2 アメリカに於ける鉛規制の経緯
1950年代 飲料水
水道管
ガソリン
塗料
鉛工業
電子回路用はんだ


 アメリカにおいては飲料水の規制から始まりガソリン、塗料、鉛工業そして電子回路用鉛の規制へと進んでいる。塗料に関してはSlide,S.の文献にその概要が書かれている。

R 3-9 Sides,S., “Status of Lead in Coating”, NPCA Marine and Offshore Coatings Conference June 2-4, (1993)


3.5  はんだ材料の使用環境の変化

 はんだ材料の使用環境は年々厳しくなってきている。特に移動体電話など小さい電子機器が開発されると共にそれに応じた小さい寸法の回路を必要とし、それがはんだ環境を厳しくしている。はんだが晒される温度が150℃程度であるという状態も希ではなくなってきている。Table 3-3の表に主なはんだの使用先としよう温度の一覧表を示した。

Table 3-3 はんだに関係する機器類の使用温度
用途 使用温度(℃)
家庭用電子機器 0 - 60
計算機関係 15 - 60
通信関係 -40 - 85
航空機 -55 - 95
戦闘機・爆撃機 -55 - 125
宇宙関連機器 -40 - 85
自動車の室内 -55 - 65
自動車の外部・エンジンルーム -55 - 150

 この様なはんだの使用環境の変化はSn-37Pbはんだの融点である180-190 ℃では既に問題があるとも言える。その点ではSn-3.5Agの様な220℃レベルのはんだが鉛の公害とは独立に必要になってきているとも言えよう。

 以上のように無鉛はんだ材料の選定に当たってははんだとしての性能ばかりではなく、資源的環境的問題はもちろん、社会構造の変化や、産業構造の変化をよく考慮して行う必要がある。


(キーワード はんだ、資源、資源寿命、金属元素、生産量、西山、資源枯渇、ガソリン、アンチノック、耐用年数、確認埋蔵量、埋蔵量、資源寿命、無鉛はんだ、スズ、ビスマス、アンチモン、インジウム、Sn, Bi, Sb, In, 環境問題、テレビ、冷蔵庫、家電製品、廃棄、大量消費、国際化、東南アジア、バーゼル条約、規制、EPA, 許容基準、鉛規制、使用環境、融点、プリント配線基盤、プリント基板、名古屋大学、武田邦彦)

4へ続く