2  鉛の毒
 
2.1  大気中の鉛と血中への取り込み
 
 人体に取り込まれた鉛は産業革命が始まった18世紀から急激に増加し、1950年代に第二の折れ点が来る。18世紀の折れ点は格段に大きくなった産業を示し、第二の折れ点は自動車用ガソリン中の鉛が原因である。第一の折れ点はイギリス鉄鋼材料の生産高とも良く一致する。
 
 この時期に産業が飛躍的に進んだのは主にイギリスを中心とするヨーロッパ各国であり、アメリカでは産業の進歩はそれに比べて緩やかであった。少しずつ増加していった人体内の鉛が再び急激に増えるのは1950年代であり、これが自動車用ガソリンに添加された鉛によることは明らかである。

図 21 年代と成人体内の鉛濃度

 自動車のガソリン中の鉛が大気の汚染源になり、極めて危険なものであるとの認識が高まって以来、種々の規制が始まり、それらの規制と共に空気中の鉛の濃度は比例して低下した。Figure 21には自動車用のガソリン中に含まれる鉛の濃度に対して空気中の鉛濃度の変化を示してあるが、ほぼ同じ様な経緯を辿って変化している。

Figure 21 自動車用鉛の使用と鉛濃度

 人間は生きていくためには必ず空気を吸う必要があるし、吸い込む空気は人によってさほど大きく変化するものではない。そのため空気中の鉛濃度の低下はそのまま人体の血中の鉛の濃度の低下に繋がっている。

Figure 22 空気中の鉛濃度と血中の鉛濃度

 Figure 22に見られるように1976年にはdl当たり18μgであった人体の血液中の鉛濃度は1980年には10μgまで低下している。このグラフからは血中の鉛濃度が上昇したのは主にガソリンに用いた鉛であることが判るので、ガソリンに鉛を使わなければ既に鉛公害の問題は解決しているとも言えよう。日本では鉛管でできた水道管を長く使っておりそのために日本民族が絶滅したということもない。従って鉛の害はさほどでも無いという人もいるが、この点については更に調査を必要としよう。


2.2  鉛による健康障害

 鉛の害はまず子供の成長に現れる。血中に10ug/dl以上の鉛で汚染されている子供は早期精神発達指数が著しく低下する。


Figure 23 少年の血中鉛濃度と精神発達度
R 2-1 Bellinger, D., Levitan, A., Waternaux, C., Needleman, H., and Rabinowitz, M., N.Engl.J.Med., Vol.316, pp.1037-1043

  鉛が血中に多く溶けている子供のグループ(High)は少ないグループ(Low)に比較して精神の発達度合いが遅れることがはっきりと現れている。鉛を多く接種した子供は20才になってやっと鉛を接種していない子供の6才と同等になる。これは大変な障害である。
 
 もっとも国民のほとんどが同じように汚染された場合には全員の心の発達が遅れるのでそれが鉛の害とは気が付かないかも知れない。特にそのまま全員が大人になった場合には、「最近の成人は子供っぽくなった」という程度に認識され、それは多くの場合教育や物理的な環境以外の要因に分類される可能性がある。
 
  このほかにも子供を対象とした多くの健康障害の報告がされている。精神面の発育の阻害ばかりでなく、平衡感覚の喪失や次のグラフのように聴力の障害などが認められる。

Figure 24 血中の鉛濃度と聴力障害
R 2-2 Schwartz, J., and Otto, D. Arch. Environ. Health, Vol.42, pp.153-160 (1987)

 Figure 24では血中の鉛の濃度と聴力障害の関係が記載されているが、血中濃度の程度は1970年代から1990年代への変化と同じレベルにあり、その間で人間の聴力が著しく改善されたことになる。この場合も先の子供の精神発達度と同様に全員が聴力が落ちるので案外気が付かない可能性がある。
 
 未開民族が平均して聴力に優れ、文明国家の人間が聴力が落ちるのは普段からの聴力の鍛えかたにあるのではなく、鉛をはじめとした色々な文明の「毒」が聴力を落としているのかも知れない。

Figure 25 血中の鉛濃度と血圧
R 2-3 Schwartz, J., Environmental . Health Perspect., Vol.78, pp.15-22 (1988)

 鉛による障害は子供に顕著ではあるが、大人でも同様である。血圧は血中の鉛の濃度が上昇するとFigure 25の様に上昇する。

 鉛の健康障害は明瞭であり工学はこの事実を直視してその回避行動をとるのではなく、正面から新しい金属接合の問題に取り組む必要があろう。


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3へ続く