1 アリス・ハミルトン

 鉛の人間の健康に及ぼす影響についての研究分野で大きな功績を挙げたDr. Alice Hamiltonが拓いた鉛の健康障害についての研究から無鉛はんだ材料研究の社会的意義を学び、無鉛はんだ材料の社会的意義を考えたい。

(Dr. Alice Hamilton and her “Exploring the Dangerous Trades” (1943))

 「イリノイで始めたころの私の研究はまったく個人的な研究であった。工業プラントに働く人を調べようとしても連邦政府や誰かのお墨付きを貰っているわけではなかった。これはと思うプラントや場所が見つかったらそこに言って調べさせてくださいと頼むことしかできなかった。それでも断られることは希ではあったが、おせいじにも親切にしてくれたとは言えなかった。

 ある時アメリカでは最大の鉛と酸化鉛の製造会社であったシカゴ近郊の”the National Lead Company”を調査したときだった。調べてみるとその工場は大変危険な環境にあった。後に社長になった人で当時は副社長であったEdward Cornishがシカゴに来たので私は会いに行った。
 
 「工場では必ず鉛の中毒患者を出します。」
 と言うとCornishはそれを全く信じようともしなかったし、第一怒りだした。
 「そんな事は聞いたことがない。とても本当とは思えない。我が社の工場は模範的な工場なのだから」
 と言い、その足で工場に出向き従業員に質問を始めた。
 
 「君は具合が悪いね?」
 副社長に聞かれた従業員はおどおどしながら「いえ、至って健康です!」
 「それじゃ、君の友達は?」
 「みんな元気ですよ!」そのおどおどした従業員は可哀想に早足で逃げるように去っていった。
 「ほれ見なさい。中毒なんか無いじゃないか」
 私も負けてはいなかった。「毒のものは毒なのですから」
 Cornishは少し考えてからこう言った。
 
 「よし、あなたの言うことを信じるわけには行かないが、事実は確かめる価値はある。もし調査の結果中毒があるようだったら、あなたの忠告も聞くし、なんならあなたを私の会社の専属の医者に雇っても良い。」
 
 Cornishを納得させる調査は大変なものであった。病歴を調べたりできうる限りの努力をした。
 最後に私は明らかな鉛毒の22例を集めてそれをCornishに説明した。それを聞いてからの彼の行動は彼の約束よりももっと積極的なものであった。工場に於ける鉛のダストと煙を防ぐあらゆる手段をこうじたのである。当時はそういう例は無かったのでどれもこれもが新しい試みであり、工場の設計担当者にとっても初めての経験であった。工場の環境は一新された。
 
 私は更に工場の環境ばかりでなく専門医による定期的な健康診断を必要とするとCornishに提案した。彼は私の論文が公になりある程度認められる前に私のそういう一連の忠告を聞き入れた。この研究を始めてから既に22年間が経ったがその中で私が会った多くの人の中でCornish社長こそがもっとも立派な人であったと私は断言できる。」

 無鉛はんだの取り組みは「本当は鉛で良いと思うのだが、規制があるから鉛を使わない」「無鉛はんだ材料が今後盛んになりそうだから研究に取り上げようか」という様な動機で研究を開始しがちであるが、Dr. Alice Hamiltonはそのようには考えなかった。


(キーワード はんだ、アリス ハミルトン、Alice Hamilton, National Lead Company, Edward Carrish,鉛、中毒、Pb, 無鉛はんだ、環境、毒物、環境汚染、名古屋大学、武田邦彦)

2へ続く