希土類元素の分離


1 希土類元素の特性と応用分野

 希土類元素は原子番号57のランタンLaから、71のルテチウムLuまでの15の元素にスカンジウムScおよびイットリウムYを加えた元素群をいい、英語ではrare earth(レア・アース)と呼ばれる。希土類元素が発見され、その科学が進んだ頃この一群の元素は「希(まれ)」に存在する元素であると考えられたのでこのような名前がついている。しかし、例えば原子番号58のセリウムCeの様に人間が手に入れられると言う意味でも豊富にある元素も含まれている。

 希土類元素の特徴はその電子配置でわかる。原子番号58のセリウムは外側の電子配置が5s25p6でありその内殻の4f電子が1つ存在し、4f15s25p6の配置である。原子番号が58から大きくなるに従って最外殻の5s5p電子の配置は変わらず4f電子の数が増えていく。希土類元素の原子番号、元素名、外郭電子などをTable 1に示した。

Table 1 希土類元素の電子配置と性質

 原子番号が57のLaから71のLuに至る一群の元素は最外殻の電子が6sで軌道は二つの電子で埋まっており、その内側の電子の数が変化する。そのため主要な化学的特性はいずれも極めて類似している。イオン化した希土類元素はいずれもプラス3価になるが、ユウロピウムなど一部の元素は2価のイオンも安定である。

 また分離には直接的な関係は認められていないが、原子番号と共に「ランタニド収縮」という原始半径が小さくなる傾向がみられる。Figure 1に電子配置から4f電子がその外殻の5s5p電子にどの程度遮蔽されている様子を示した。このFigure 1で電子軌道の空間的な広がりを見れば直感的に理解することができよう[1,2]。

Figure 1 4f電子と外殻の5s5p電子の軌道の広がり

 外殻電子の配置が変化せずに4f電子の状態が変化すると言うことは価数、イオン半径などが類似しているということであり、分離においても特別の工夫が必要である。なお、本稿で「希土類元素の分離」という場合は希土類元素相互の分離を意味しており、希土類元素をそれ以外の元素と分離する通常の分離は含まない。また分離生成物の純度は希土類元素中の特定元素の純度を意味する。

 天然からは希土類元素は混合して出てくるが、これは希土類元素の相互の性質が類似しているからに他ならない。類似している性質のものを分離して使用すると言うことはその用途と言う点でも類似している物の間の差を問題にすると言うことである。従って希土類元素の用途は電子、磁石、触媒などの精密な特性を求める分野になり、高純度の製品が求められるのが特徴である。

 即ち、希土類元素はその互いの元素の性質が似通っているが故に天然では混合して出、分離が困難であり、しかも高純度のものが必要とされる。結果的に希土類元素の分離は常に極めて高度の技術を要求される。

 
2 天然に見られる元素の含有率と性質

宇宙の資源的な岩石であるコンドライトの中の希土類元素の分布はFigure 2の様に原子番号と共にその存在量に規則的な変化を示す。これは核物理学的に安定な核種が原子番号毎に交互にあることを示している[3]。

Figure 2 コンドライト中の希土類元素の分布

 地表で採取される希土類元素の分布はコンドライト中の元素比に対してより複雑であるが、元々コンドライト中の元素比で構成されていたものが、何らかの地殻上の理由から異なる比になっていると考えれと地表で採取された希土類元素の比をコンドライト中の希土類元素の比で除した値で整理することが妥当である。北米大陸とロシアから採取された希土類元素の比をコンドライトの元素比で除して相対的な存在比にした結果をFigure 3に示す[4,5]。この様な傾向は世界各地で採取される希土類鉱石の分析で認められるものである。

Figure 3 北米及びロシアで採取された希土類元素の相対存在比について(Aは北米大陸の頁岩の混合合成試料、Bはロシア大地から採取された試料)

 この北米及びロシアで採取された希土類鉱石中の希土類言語の分布を示すグラフは極めて特徴的であり、コンドライトの存在比で除した相対存在比で整理すると、コンドライトの時に見られた核物理学的安定性に基づく原子番号別の偶数奇数の関係が見られず、原子番号に沿って直線的な関係が得られる。

しかもさらぶその直線はDyもしくはTbのところではっきりと折れ曲がっている。コンドライトの存在比で除した結果直線になったということは地表にある希土類元素の存在比が宇宙始源的な存在比に極めて近いことを示すとともに、希土類元素の相対的分別が地殻的要素では変わらなかったことを示しているに他ならない。希土類元素の分離が困難な理由の一つがここにある。またそれと共に直線の折れ点がどのような理由によっているのか興味を引くところである。

 ところで硝酸とTBP(トリブチルフォスフェート)で希土類元素の溶媒抽出を行うとFigure 4の様な驚くべき分配係数を示す[6]。この分配係数が地表から採取される希土類鉱石の成分分析の折れ点と類似している。

Figure 4 硝酸とTBPによる希土類の溶媒抽出に於ける分配係数(15.6molの硝酸と100%TBPとの間の分配係数)

 更にシオシアン酸アンモニウム・塩酸水溶液系での陽イオン交換体の分配係数は更に驚くべき分配係数を示す[7]。Figure 3に示したコンドライトの組成で割った鉱石の組成と陽イオン交換体と0.1NH4SCN溶液を用いた時の分配係数の傾向は絶対値の変化も含めて同じような値を示しているのである。

Figure 5 陽イオン交換体の分配係数(陽イオン交換樹脂;0.1molNH4SCN-0.5molHCl)

 またFigure 3に示した地殻物質のレア・アース・パターンとFigure 4及びFigure 5に示した溶媒抽出及びイオン交換の分配係数パターンが相互に極めてよく似ている。LaからGdまでは直線的に変化し、TbまたはDyで折れ曲がり、それより大きい原子番号を有する希土類の存在比または分配係数は、それより小さい原子番号を有する希土類の存在比または分配係数より変化が少ないことも類似している。

 この様に岩石と溶媒抽出、またはイオン交換という異なる事象の間に類似の関係があるということは岩石中での存在が何らかの分離操作を経ていることを示しており、それは地殻の成因を考慮して頷けるところである。希土類分離は高度分離の一つであるが、この様に自然から教えられる分離の基本的特性についてまだ十分には明らかにされていない。


3 イオン交換分離のシステム

 希土類元素は内殻にある4f電子の状態の違いによる元素群であるので、プラス三価の希土類イオンをスルホン基を有する通常のイオン交換体で分離することは困難である。イオン交換方法の多くはイオン交換分離をするときに希土類元素と錯体を形成する物質を添加してイオン交換体に対する選択性を上げる方法を採用している。希土類イオンと錯体を形成する典型的な錯形成剤をTable 1に示す[8,9,10]。

 Table 2 希土類元素と錯体を形成する基本的な錯形成剤と安定度定数

 一般的な傾向はイオン半径が小さくなるにつれてアミノポリカルボン酸との1:1の錯体の安定度定数が大きくなるが、これは電子親和性の傾向から説明される。希土類のイオン半径の値は1976年にShannonが改めて研究している[11]。希土類イオンとの錯体を形成する代表的な有機化合物はシュウ酸塩、有機リン酸塩、アミノポリ酢酸塩、アセチルアセトナート、アルコキシド、シクロオクタテトラエン、シクロペンタディエンなどが知られているがなんと言っても分離にもっとも有効な錯体はアミノポリ酢酸塩である。多くの構造とその錯形成定数が知られているがFigure 6にはもっとも代表的なアミノポリ酢酸塩の錯形成定数を示した[12,13]。

Figure 6 希土類イオンとアミノポリ酢酸との錯体の安定度定数

 アミノポリ酢酸塩との錯体は三価の希土類イオンがアミノポリ酢酸に取り囲まれるような構造を取る。代表的なアミノポリ酢酸塩であるEDTAの場合にはEDTAが乖離してマイナス4価になりそのイオンと三価の希土類イオンが錯体を形成するので錯イオン全体の価数はマイナス1価となる。希土類イオンの配位座はそれでもまだ3つ空くので3ヶのアコ錯体を形成する[14]。

Figure 7 LaとEDTAの錯体の立体構造

 この様に希土類イオン自体はプラス三価、または一部の元素の場合には2価のプラスイオンになるが、イオン交換体で分離する場合には錯形成をしていない希土類イオンを吸着する場合にはカチオン交換体を、アミノポリ酢酸塩と錯体を形成している錯イオンを吸着する場合にはアニオン交換体を使用できることが判る。

 また希土類イオンのイオン半径も小さい方ではないが、アミノポリ酢酸と錯体を形成した錯イオンはFigure 7に示すようにかなり大きな錯イオンとなるので、イオン交換体の中にこのイオンが侵入するにはイオン交換体を多孔質にするとか、イオン交換基の周りに特別な立体障害がないようにするなどの工夫を要することが必要になる。

 後に述べるように希土類の分離の分野は現在のところイオン交換方法よりも溶媒抽出法が優勢である。筆者の見解ではその原因はイオン交換の速度が遅いことにある。更にその原因はイオン交換体の中の錯体交換の速度の問題ではなく、イオン交換体内の希土類錯イオンの拡散係数が小さいからである。多くのイオン交換の研究は希土類錯イオンの大きさをあまり考慮していないようにも見える。イオン交換の研究も「反応をともなうイオン交換」の原理を十分に理解し効率的な分離結果が求められる。

 
4 希土類元素のイオン交換分離の実際と原理

 イオン交換体の分離には置換型クロマトグラフィー(displacement chromatography)と溶離型クロマトグラフィー(elution chromatography)が用いられ、多くはスルホン化されたカチオン交換体が使われる。イオン交換の原理は三価の希土類イオンのイオン交換体に対する強い選択性と錯形成剤との強い錯形成能力との差である。錯体を形成するとマイナスイオンになるのでカチオン交換体から離れる。そのためより強く錯形成を行うイオンはカチオン交換体から離れ溶離されることになる。典型的な希土類イオンの置換型クロマトグラフィーの構成をFigure 8に示す[15]。

 陽イオン交換体をカラムに充填し、EDTAのようなアミノポリ酢酸を反応材として用いるときにはあらかじめ陽イオン交換体をプロトン型にしておく。そこに希土類イオンを流下させて陽イオン交換体のプロトンをEDTAがとり、希土類イオンはカチオンとなって陽イオン交換体に吸着する。これはEDTAが希土類イオンに対してプロトンにより親和性を有していることによる。ある程度の量の希土類イオンを供給した後、カラムにEDTAと錯体を形成しないカチオンを対イオンとしたEDTA溶液を供給すると(Figure 8ではNa)EDTAがイオン交換体内の希土類イオンと錯体を形成し、マイナス1価となって陽イオン交換体から脱離する。この様にEDTAの錯形成の傾向を利用して上下にはっきりとした界面を持つ「吸着バンド」を形成させることができる。この様な分離形態を置換型という。

Figure 8 典型的なアミノポリ酢酸を用いた希土類分離の置換クロマトグラフィーの構成

 分離の際に圧力を掛けてより効率的な分離を試みたものにCambellの研究がある。速度を速めるために温度(80℃)とイオン交換体の粒径を小さくしている(20-40μm)[16]。ある程度速度を犠牲にして低圧でゆっくりと分離する場合もあり、例えばChaらの研究では150-200mesh(75-100μm程度) のイオン交換体を用いて100時間程度をかけて分離を行っている[17,18]。イオン交換体にアミノポリ酢酸を保持させて分離をすると溶液にアミノポリ酢酸を添加せずに分離ができるし、アミノポリ酢酸の溶解度に制限されないと言う利点がある。分離も極めてスムースに進む。そのためにはアミノポリ酢酸を含むイオン交換体を合成する必要があり[19]、更にその吸着帯に適した分離条件を研究する必要がある[20]。この様な試みと類似したものにセルローズ系の樹脂にリン酸系の化合物を付けて分離の研究を行っている例がある[21]。

 特にイオン交換体を用いずにシリカゲルやポリスチレンージビニルベンゼンの共重合体を用いて溶液に錯形成剤やTBP(トリブチルフォスフェート)などを用いて分離する方法を特に“抽出クロマトグラフィー”と呼ぶ場合もある。特にこのような分離の形式を新たに分類する必要はないがそう呼ばれることが多い[22]。イオン交換体、特に多孔性のイオン交換体と様々な錯形成剤を用いる研究も盛んで、DEHPA, 2-ethylhexyl hydrogen 2-ehylhexylphsphonate(PC-88)などの研究例がある[23]。

 アメリカのオークリッジの研究者達は希土類元素に限らず色々なイオンの分離に「円形クロマトグラフィー」による連続クロマトグラフィーを研究している。この方法は直径の異なるシリンダの間にイオン交換体を充填し、そのシリンダを移動しながら連続的に展開を行う。そうすると選択性の強いイオンは遅れるのでそれが回転角との関係で供給した場所から離れて流出する。そのため上部から連続的にイオンを流してもカラムの下部では連続的に分離物を取得することができるのである[24]。半径29.7cm, 半径の差1.27cm, 長さ60cmのカラムを用いて研究をしている[25,26,27,28]。


5 錯形成剤を用いたイオン交換分離の濃縮係数と分離速度

5.1 分離ユニットのモデルと濃縮係数

 イオン交換で特定のイオンや元素、または化合物を分離する時には、用いるイオン交換体が分離の対象となるイオンに対して「選択性」を有していると言うことが前提となる。仮に、イオン交換体が対象となるイオンに対して選択性を有しなければ、イオン交換体を用いた分離が著しく困難になることは言うまでもなく、普通の場合はイオン交換方法を採用するのを諦めることになる。特定の目的に合ったイオン交換体を新たに合成することは大変困難なことである。第1にどのようなイオン交換基を有するイオン交換体が目的とするイオンに対して選択性を有するかの原則を見いだすのが困難である。

 第2にたとえ溶媒抽出やその他の関連技術の範囲で、選択性を有するであろうと言う推定が可能であっても、高分子構造からなるイオン交換体を新たに合成することは長い時間を要する。

 4節までの説明で判るように分離の対象となる希土類イオンに対して、選択性を有するイオン交換体が見いだされない場合には、「反応を伴うイオン交換」の方法はもっとも有力な方法の一つとなる。即ち、イオン交換体自体は選択性を有しなくても、溶液に反応性物質を添加し、その反応の助けを受けてあたかもイオン交換体自体が選択性を有していると同様の効果が得られるからである。 まず、通常のイオン交換の場合に分離ユニットのモデルと、反応を伴うイオン交換の分離ユニットのモデルを比較して示す。

 イオン交換の一般的な分離ユニットの構成をFigure 9 に示す。溶液側にはA1及びA2のイオンがあり、イオン交換体はA1に対してA2のイオンに強い選択性を有しているとする。当然の事ながら、A2イオンは強くイオン交換体に吸着されるので、溶液側にはA1イオンが、イオン交換体内にはA2イオンが多くなるのでこの2つのイオンを分離することができる。

Figure 9 イオン交換体が選択性を持つ場合の一般的な分離ユニットの構成

Figure 10 イオン交換体が選択性を持たない時に錯形成剤を溶液に添加したときの分離ユニットの構成

 これに対して、イオン交換体が選択性を持たないときの分離ユニットをFigure 10に示した。溶液内での反応は、分離ユニットに“X”を添加してAと反応させる例を挙げた。XはA1、つまり“1”のイオンとは反応しやすいが、A2、つまり“2”のイオンとは反応し難いとすると、溶液内ではA1が優先的にXを反応してD1になり、A2はXと反応せずに残る。イオン交換体はA2とA1に対して選択性を持たないが、溶液中にA2が多ければ結局A2を吸着することになる。

 溶液内の反応は一般的には、


と書ける。一般式ではAイオンに「付加子(X)」が付加してDになる反応であり、付加の個数をnとする。Xには一般的な名称を付けるのが良い。希土類元素の分離ではEDTAを錯形成剤に用いて、


であり、Aが錯形成をしていない希土類元素、XがEDTA、そして錯体がDである。

Figure 11 希土類元素の分離の場合の反応を伴うイオン交換の分離ユニット

 Figure 11 は希土類元素の分離例で、溶液側にEDTAを溶解させ、pHを調整する。溶液内に於けるアミノポリ酢酸の錯形成を考慮に入れた更に厳密に分離ユニットを書き表すと、Figure 12 の様になる。

Figure 12 イオン交換体の中の錯形成反応を考慮した分離ユニット

 ここで分離対象となるイオンの片方がもう一方に対してその濃度が小さいときには更に近似を進めることができる。

であり、ここで


である。ここでAとDの上前に付いたTは“1”イオンと“2”イオンの合計を示し、下の添え字はaがイオン交換体内、  Sが溶液内を示す。反応を共存させて分離を行うことを目的とした溶液内の化学反応での濃縮係数は、分離の研究者が選択しうるものである。溶液内の化学反応は希土類元素の場合には一般的に錯形成剤になるのでそれを溶液に添加するだけなので「どのようなイオン交換体を選択するか」に比較して大変自由度が高い[29,30,31,32]。その意味では制御可能な因子と言える。また、は式(3)で分かるように、イオン交換体内外の希土類イオンの濃度の分配のみで決まる因子である。その意味でこのを「平衡偏在係数」と呼ぶ。

 式(2)のもう一つの意味は、分離ユニットの濃縮係数()が複雑な式ではなく、共存する化学反応の濃縮係数(平衡定数から1.0を差し引いたもの)と分離ユニット内のイオンの濃度分配の「積」で示されることである。この2つの因子は共に分離された形で分離ユニットの濃縮係数に寄与することは特に注目すべきことであると考えられる。

 
5.2 分離ユニットの高さと分離効率

 分離ユニットの高さはイオン交換分離の中でも定義や式が多く、やっかいなものの一つである。分離の科学にとっては分離ユニットの高さは極めて重要なにも係わらず、多くの実験で分離ユニットの高さを観測、または理論計算されていないのは、この複雑な理論体系にもあるように思われる。分離ユニットの表記の仕方も、HETP,HTUなど異なった表記方法がある。希土類元素の分離は反応を伴うイオン交換という比較的複雑な系を取り扱うことから、できるだけ単純な「分離ユニットの高さ」を定義した方がよい。「一段高さ:H」の定義を


とする。ここでσはイオン交換カラムを流下する間に希土類元素がどの程度分散するかを示したものである[33]。

 分離ユニットの高さを定義するもっとも単純なモデルを、Figure 13 に示す。

Figure 13 反応を伴わない普通のイオン交換の分離ユニットの分子の遅れ

Figure 14 反応を伴うイオン交換の分離ユニットの分子の遅れ

 Figure 13 で Z=0 の線が、t=0の時の2つの分子がある位置である。短い時間tjの間に1つの分子はイオン交換塔の流れに乗ってまっすぐに下に進み、もう1つの分子は、原因”j”で寄り道をするとする。寄り道をした分子はその分遅れるが、もともとこの分子はt=0の時には同じ位置にいたのだから、その時に同じ“濃度”であったとすると、原因”j”の遅れによってFigure 13 の距離だけ離れることになる。これが分離ユニットの高さ、あるいはHETP、HTUと呼ばれるものの分離論的表現である。

例えば、イオン交換体に吸着することによって遅れる場合にはFigure 14 の様に表すことができる。即ち、原因”j”で遅れる分子とまっすぐに進む分子との距離Mjは、


であり、全体の分子のうち原因”j”で遅れる分子の分率をとすると、



であるので、原因”j”がイオン交換の時の分離ユニットの高さをHa、溶液内の化学反応の時の高さをHrとすると、それぞれのTable 3の様にまとめることができる。

Table 3 反応を伴うイオン交換分離の分離ユニットの高さの一覧表

 Table 3 は比較的単純な場合の一段高さを示した。

例えば、イオン交換の時はイオン交換体が完全に球形で粒径は完全に均一と仮定している。また溶液内の錯形成反応は一次反応で記述できるとしている。溶液内の錯形成反応が一次反応で記述できるというのは単に簡単にするためだけではない。溶液内の錯形成反応がかなり複雑に進行するものであっても、原理的に一次反応に分解できるものの場合にはできるだけ一次反応に区分することが取り扱う上で便利であり、解析を成功させる方法でもある。また反応を伴うイオン交換の場合に、反応はイオン交換体の中でも進むが、その場合はTable 3の分率が変わるだけで式の骨格に変化はない[34]。

 Table 3 から分かるように、反応を伴う分離ユニットの高さは濃度分配の項と拡散定数や反応速度定数などのような速度依存性の項に分かれて表現できる。この形を式(3)と比較すると、濃縮係数の場合の濃度分配の項と分離ユニットの高さの場合の濃度分配の項が、同じ位置づけであることが分かる。従って、を「平衡偏在係数」とすればは「速度偏在係数」と呼ぶ。

 分離ユニットの高さは良く設計されたイオン交換体では、イオン交換に起因する高さと化学反応に起因する高さの合計になる。つまり、


であり、これにTable 3 の式を代入すれば、分離ユニットの一段高さは、


となる。分離ユニットの一段高さが式(9)の様に表現できるのは、イオン交換反応と錯形成反応が注目物質に対して「直列」である時である。これを厳密に求めることはできるが、もともと分離ユニットの高さというものが電気回路のアナロジーで言えば抵抗に当たるので、直列抵抗の場合の全抵抗がそれぞれの抵抗の和になることを思い浮かべれば納得できるものである。従って、もう一つの反応ルート、即ち注目物質に対してイオン交換反応と化学反応が「並列」である場合には、全体の分離ユニットの高さは


となる。またイオン交換塔内部のイオンの流れはイオン交換による遅れ、錯形成反応による遅れの他に液の乱れによる遅れを考慮する必要がある。液の乱れにはイオン交換体の大きさと類似した大きさの乱れと、イオン交換体全体の大きさと類似した大きさの乱れに分かれるので、結局分離ユニットの一段高さは、


となる。液乱れの項に関する濃度分配項についても割愛するが、液相乱れの多いイオン交換分離については上式の第3、4項の効果が無視できないことは注意すべきである。
 希土類元素の分離は工業的にも大変重要なので「分離効率」は極めて大切は特性であるが、一方では「分離効率」という定義自体ははっきりと定まったものではない。分離の目的によってはできるだけ早く目的の純度の成分を分離したいという時もあり、又分離装置をできるだけ小さくしたいという時もある。

 分析実験や分離の実験の場合には装置の大きさや分離して得られる物質の量よりも、分離して得られるものの純度の方が問題になるので、「分離時間・純度」が分離効率を意味するし、工業的な分離では分離装置の大きさやその分離に使われるエネルギーが多きな問題になるので、分離効率は「分離装置の大きさ」と考えられることが多い。この様に分離効率は一時的に決めることはできない。分離効率を論じるための基礎方程式は


であり、この式は分離物質が速度ν、拡散係数Dで拡散、移動しつつ分離する場合を記述する。この方程式は数学上は極めて一般的なものであるので、様々な境界条件や近似をもとに求められているが、その中でも次の式は汎用性のあるものとして有用である。


 上式は式の見かけはやや複雑であるが、パソコンが発達した現代では上式を特のはさほど困難ではない。しかし、この式を解くことはできてもその物理的意味を直感的に理解するには不便であるので、初期の分離の状態に限って式(13)を近似すると、


が求められる。この式は極めて単純でわかりやすい[35,36]。分離度αはイオン交換体に吸着した物質の移動距離Lと濃縮係数ε、そして分離ユニットの高さHに依存している。そして反応を伴うイオン交換の場合には濃縮係数は「平衡偏在係数」に、分離ユニットの高さは「速度偏在係数」に依存するので、結局分離度αはに依存する。

 従って反応を伴うイオン交換において、イオン交換速度が分離の律速反応であるときには、分離度は


に比例し、化学反応が律速反応であるときには、


に比例することが分かる。この様に反応を伴うイオン交換の場合には、反応の経路、律速、またイオンの濃度分配などによってその分離度が異なるので、分離に有効な化学反応を見いだしてもそれが良好な分離結果を得ることになるか否かについて検討を要することが分かる[37]。

 かなり理屈っぽい議論になったが、希土類分離の分離効率を上昇させるのに一つの方法はイオン交換等の中のイオンの分布を最適にして濃縮係数を大きくすること、更にイオン交換速度や錯体の交換速度を速くして分離ユニットの高さを小さくすることである。残念ながらイオン交換による希土類分離の研究の例は多いが、イオン交換体内のイオンの分布に関するデーターはあまり知られておらず、速度論の面でもイオン交換体内の希土類イオンの拡散係数や EDTAなどの錯形成定数との交換速度もほとんど求まっていない。著者らは希土類イオンと錯形成剤との錯体イオンのイオン半径が大きいことからイオン交換体の骨格に対して体積分率で1.5倍の空孔を有するイオン交換体を合成して分離の研究をしたことがあるが、その結果Figure 15とFigure 16に示すように同じ条件で大きく異なる分離結果を得た。

Figure 15 普通のイオン交換体を用いたときの希土類分離の状態(カラム1.8m, バンド0.8m, Eu10.0%,Sm 18.4%, Nd 41.7%, Pr 29.9%)

Figure 16 多孔質のイオン交換体を用いたときの希土類分離の状態(カラム1.8m, バンド0.8m, Eu10.0%,Sm 18.4%, Nd 41.7%, Pr 29.9%)

 希土類分離は現在のところ溶媒抽出法が採用されており、イオン交換法は敗退した結果に終わっている。しかしにFigure 15とFigure 16に示したようにイオン交換体の性能(それが平衡偏在係数に依存するのか、速度偏在係数、拡散速度、交換速度のいずれに依存するのかを明らかにしなければならないが)に大きく依存するのであるから、今後のイオン交換体の研究の成果によっては希土類分離の新たな局面が生まれる可能性があろう。

 希土類元素のイオン交換による分離の実験も研究例が膨大になって行くにつれて、単に実験結果を求めているだけでは有効な情報になり得なくなってきている。そこで反応を伴うイオン交換の場合の濃度分配などの影響について理論、整理、及び解析方法を示した。多くの実験データーが整理されることによってイオン交換の情報がさらに有効に利用しうる様になる。また反応を伴うイオン交換の実験でできるだけ、濃縮係数、拡散係数、反応速度定数、そして濃度分配を測定することが重要である。


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