ウラン濃縮


はじめに

 化学法ウラン濃縮はイオン交換体を用いて、ウラン235を濃縮する方法である。ウラン同位体分離という技術は分離技術の中でももっとも困難なものであるので、その中にはイオン交換体に関するもの、超多段分離の工学的技術、プラントで使用する材料、そして制御や臨海など多岐に亘る内容を含んでいる。今回はその中から、イオン交換体のなかから更に速度に関係する技術についてその概要を示した。


1 研究の簡単な経緯

 化学法ウラン濃縮は比較的簡単な原理で濃縮を行う。Photo 1に示すように、ガラスの濃縮塔にイオン交換体を充填する。イオン交換体にはアニオン交換体を用いている[1]。

Photo 1 イオン交換体を用いたウラン濃縮用ガラスカラムのウラン吸着帯

 ウランを供給する前に4価のウランを酸化させるFeの様な酸化剤を供給してイオン交換体に吸着させる。Photo 1の下の方に見える茶色の吸着帯が酸化帯である。そこに4価のウランを供給すると酸化剤と反応して6価のウランに変化し、その状態でイオン交換体に吸着する。ウラン吸着帯は図の中央の緑色の帯域であるが、6価のウランが黄色をしているのに、ここが緑色であるのは溶液中には4価のウランが多いからである。ウランを供給し終わったら続いて還元剤を供給する。

 Photo 1ではTiの薄い紫色が見える。吸着している6価のウランは還元剤によって4価のウランに変化し、イオン交換体から脱離して下方に流下する。この様にするとウラン238に対して、ウラン235の方がより多くイオン交換体に吸着するので、酸化剤と還元剤を供給してウランの吸着帯(バンド)を流すと、ウランバンドの下方にウラン238が蓄積し、上方にウラン235が蓄積する。これが化学法ウラン濃縮の簡単な原理である。
 実際の実験装置は研究が進んだ段階でも基礎実験としてPhoto 2の様な装置を用いていた。水溶液を用い、温度が160℃であるので加圧の装置を用いる。また定量的に液を送る必要があるので、酸化剤用、ウラン用、そして還元剤用と3種類のポンプを用いている。実験は直径が2cm、長さが100cm程度の装置が基礎実験としては使いやすい。

Photo 2 実験用小型濃縮装置

 Photo 2は直径2cmの濃縮装置の全体とポンプの流量を調整している写真である。ジャケットで保温されたカラムと予熱機、それにポンプなどの液の供給設備を備えただけの簡単な装置である。ただ、実験の温度が130℃以上なので、温度調節設備がこの濃縮設備の裏にある。

Photo 3 小型連続濃縮装置

 ウラン同位体ではウラン235とウラン238の間の濃縮係数が0.001程度と小さいので濃縮塔を一回通しただけではほとんど濃縮しない。ウランの吸着体を繰り返し繰り返し濃縮塔の中を循環させる。その方法として4ー5塔を順番に循環させる方法を採った。Photo 3では2cmの濃縮塔の連続濃縮装置である。分離反応自体は静的な反応なので運転中は液体が順番に配管と濃縮塔を回っているだけである。

 Photo 3の写真で小さいパネルが見えるが濃縮塔は5塔の構成になっている。研究の最初の頃にはイオン交換体のベッドが安定せず、そのために5塔で運転してもいつも1、2塔はイオン交換体を入れ替えていた。つまり運転が安定していればもともと3から4塔の構成でよいのに、運転中にイオン交換体を入れ替えたりする必要があるので5塔になっているというわけである。

Photo 4 中型連続濃縮装置

 Photo 4は、少し濃縮塔の大きさが大きくなり、10cmのものであるがこの程度になると1直2ー3名の作業員が運転に必要で、ポンプの点検や液の分析などを行う。10cmの濃縮塔の設備では運転を始めてから1ヶ月ほど経過すると3%の濃縮ウランを連続的に採ることができる。濃縮塔から回収された3%ウランは「ポタポタ」と大きなガラスメスシリンダに入っていく。濃縮ウランが実際に連続的に流れて出てくるのを見るのはいつでも感動的である。宮崎県日向市のテストプラントはウラン濃縮設備としては濃縮能力2TSWU/Yrの小さな規模であるが、化学工業のテストプラントとしては破格の大きさである。このプラントの主たる設備は直径1m、長さ3m、5塔からなる濃縮設備であり、酸化剤還元剤の処理、ウランの取り扱い設備、3m直径の模擬濃縮塔などで構成されている[2]。

 化学法ウラン濃縮を実現するためには、多くの技術が必要である。特にこの研究は研究をスタートしたときは、0.72%の天然ウランから3%の濃縮ウランを採取するのに560年かかると計算されたレベルであったが、そのようなレベルではたとえ560年間運転ができたとしても、濃縮塔の高さが計算上4000mもいるので実際には建設もできない< 3。また当初はカチオン交換体にウランイオンを吸着していた。ウランバンドの形成条件も不明だったので濃縮ウランは採れず減損ウランだけが採れた。また、イオン交換体を用いるウラン濃縮方法に関する原子力関係者の多くの総合的な技術観としては

「アメリカができないと言っている」

という評価が最も重みのある評価であった< [4]。しかし、少なくとも公には「できない」理由が技術的に本質的なものであるのか、技術の進歩によって補えるかについての議論は無かった。我々が研究をスタートしたときの純然たる物理化学的理論計算に因れば、物理定数的には不可能ではなかった。

 研究を始めてから進歩した主な技術は、

1. アニオン交換体を用いた酸化還元法の発見
2. 高温での分離
3. 高速、高耐性イオン交換体の合成
4. ウランバンド成立の熱力学
5. 分離エネルギーの回収系の発見
6. 濃縮塔内の均一流れ

である。

 化学法ウラン濃縮は日本で研究された方法である。まず日本原子力研究所のメンバーがカチオン交換体を用いた濃縮を試みた。Figure 1に下川博士らの実験結果を示した。実験用濃縮装置にカチオン交換体を充填し、ウランを流し、その上方から酸化剤を供給する方法である<[5]。

Figure 1 下川博士の実施したイオン交換法の構成

 カチオン交換体を用いるこの方法ではウランバンドと酸化剤の界面にウラン238が蓄積し、肝心のウラン235は全体に散らばってしまうので有効な濃縮法法ではないとの意見が当時主力であり実験も困難を極めた。原子力研究所は連続実験を実に58日に亘って行い、0.725から0.715の減損ウランを得た。

Figure 2 下川博士の実験データー

 私はこの実験は大変意義のある、化学法の研究の歴史の中では筆頭に記載するべき業績であると考えている。当時、化学的な交換でウランの濃縮ができるのではないかという理論、そして簡単な基礎実験は得られてはいたが、実際にウランが濃縮できるのかは分かっていなかった。事実この実験の後でも、「何だ、減損ウランじゃないか」という感想があったと聞く。できるか否かがわからない実験をするほど大変なことはない。それから見るとこの実験が減損ウランしかとれないとか効率が低いとか言うことは問題にはならないように思う。

Table 1 原子力研究所での初期のデーター

 多分、ウラン濃縮の専門家ならこの実験の重要性は認識できるであろう。ウラン同位体の分離は極めて微妙なものであり少しのミスがそれまでの努力を無駄にする危険性を常に含んでいる。58日間の間、濃縮されるかされないか分からないという状況の中でウラン濃縮の実験を行うのは大変なことである。

 この技術に関する日本原子力研究所の先輩の方々に深い敬意を表する。やがて「減損ウランしか採れない」という化学法ウラン濃縮の欠点は、アニオン交換体を用いた方法が発明されることによって解消した。昭和47年、現在の東京工大原子炉工学研究所教授藤井博士によって発明されたのである。次の年にはFeーU-Tiからなる濃縮システムが初めて実験され、わずかではあったが還元剤とウランバンドの界面で濃縮ウランが採取された。

 日本原子力研究所がウラン同位体の分離を確認し、藤井教授が基本システムを考案して、この化学法ウラン濃縮の基礎が築かれたが、工業的に役に立つにはまだかなりの距離があった。第1にイオン交換反応や電子交換反応の速度が極度に遅く、濃縮は遅々として進まず、3%を濃縮するのに計算上560年という状態であった。ということは濃縮実験のデーターもほとんど同位体の測定ができないほど、わずかの濃縮率だったのである。

 実験自体がきわめて困難であり、苦戦を強いられた。また新しくアニオン交換体を用いたウランバンドの概念が打ち立てられたとはいえ、連続的にウランを濃縮するときはバンドが崩れて濃縮ウランと減損ウランが混ざることがあった。フランスは同じようにイオン交換体を持ちいたウラン濃縮を行っていたが、Figure 3に見られるように多くの濃縮塔を組み合わせて、濃縮塔の外部で酸化還元反応をせざるを得なかった[6]。

Figure 3 フランスの化学法ウラン濃縮のプロセスフロー

 Figure 3の様な装置では化学法ウラン濃縮の利点は活きない。日本はその後「スーパー法ウラン濃縮」プロセスが出現し、Figure 4に示すように簡素なプロセスができあがった。これで始めて先ほどの写真の様な簡単な濃縮設備が可能になったのである [7]。

Figure 4 日本の化学法ウラン濃縮のプロセスフロー

 この様に化学法ウラン濃縮の技術はこの様にイオン交換体のそのものの研究よりもウラン溶液化学の研究の方が面白かった。特にフランスも失敗したウランバンドの形成はこの技術の根幹に関わるところであったが、ウランバンドの上面が形成されると下面が崩壊するという難しい問題があり、研究の大半の努力はここに注がれた。しかしここでは紙面の都合でイオン交換体の速度のみに絞って話を進める。


2 イオン交換体の速度の改良

 イオン交換体の中を拡散するウランイオンは塩素イオンなどとの錯体を形成し、その分子半径をかなり大きい。そのため、イオン交換体は「孔だらけ」にしておく必要がある。Figure 5では横軸にイオン交換体の中の孔の割合、縦軸にイオン交換体内のイオンの拡散係数を採ってあるが、普通のイオン交換体は孔の割合(Inner Void Fraction)が0.40程度であり、そのため、溶液内のイオンの拡散係数に対しては3桁程度小さな拡散係数を持つ。

Figure 5 イオン交換体の孔の体積分率と拡散速度

 この孔の割合を60%程度にすると少なくとも10倍程度大きい拡散係数を得ることができる。更に孔の割合を70%にし、孔の寸法を適当にすることによって、溶液中の拡散係数に対して10分の一程度まで高めることができる。チャンピョンデーターは、溶液内の拡散係数に対してイオン交換体内の拡散係数が2.7分の一である

。孔の割合は70%程度が適当であるが、孔はイオンの通り道なので、その大きさも重要である。Figure 6は拡散係数がイオン交換体の中の孔の直径とどのような関係にあるかを示した物であるが、数学的に計算した理論線と実験データーは良く一致しており、ウランイオンより10倍程度大きくなると、溶液内の拡散係数に近づいていくことが分かる。

Figure 6 イオン交換体内の孔径と相対拡散速度

 イオン交換体の中のウランイオンは、町の中を通る車のような物である。高速道路を走った後は小さな町の路地を走らなければ目的の場所には到達しない。そこで、Figure 7に示すように直径が400オングストロームからなるHard Void(高速道路)と40オングストローム程度のSoft Void(路地)を組み合わせる。

Figure 7 イオン交換体内のソフト孔とハード孔

 もともとイオン交換体は均一ではない。Figure 7に示すように、イオン交換体を乾燥してもつぶれない孔(Hard Void)が有り、その孔には水銀を入れて体積を計ることができる。イオン交換体の架橋剤がジビニルベンゼンであることがら強固な高分子構造を作っているからである[8,9,10]。

Figure 8 イオン交換体内の孔の種類

 それに対して高分子骨格としてはハッキリとした孔ではないが、イオン交換体の中に入る水によってできた、いわゆるSoft Voidはイオン交換体を乾燥するとつぶれる。しかし、水と接して膨潤しているときには孔であり、そこにはNdの様なプラスのイオンが侵入する。もともとアニオン交換体の交換基はプラスなので、イオン交換的には侵入しないが、膨潤する孔には同符号のイオンでも侵入することはできる。

 そしてイオン交換基の近傍ではアニオン交換基と同一の電荷を持つイオンは接近しにくいが、反対の電荷を持つClなどはイオン交換基に接近できる。またそのほかのイオン交換体内の構造としてはもともとイオン交換体を構成している高分子の部分がある。これは高分子そのものの排除体積である。

 この様な理詰めのイオン交換体構造を持つイオン交換体を合成すると高速のイオン交換体を得ることができる。そして、イオン交換体内の拡散も溶液の拡散に近づいてくるのでその活性化エネルギーは16kJ/mol程度である。イオン交換体の速度を極限まで早くするためには、イオン交換体を孔だらけにする必要があるが、ついにはイオン交換体が溶液になってしまうので自ずから限界がある。

 我々の研究では75%程度の孔の割合になると合成は極度に困難になった。普通56%の純度で販売されているジビニルベンゼンを100%に精製したり、あらゆる手段を講じてもせいぜい75%が限界であった。さらに速度を上げるためには温度を上げて活性化エネルギーを活かし液の粘度を下げて速度を早くする手段をとる。総合的には同位体交換反応も高くしたいし、液の粘度を下げて圧力損失も下げたいので、温度は高ければ高い方が良い[11]。

Figure 9 イオン交換体の拡散係数の温度依存性

 化学法ウラン濃縮に限らず、困難な技術開発は最後には行き着くところまで条件が厳しくなる。研究は徐々に厳しい条件にと進んで行くが、最初から厳しい条件でしないのは単に実験担当者の「覚悟」ができていくプロセスに他ならない。孔だらけのイオン交換体を作り、濃縮塔の温度は150℃付近。それに圧力を50キロも掛けて液をできるだけ早く流して分離度をあげようとすると、イオン交換樹脂がつぶれる。

Figure10 イオン交換体の種類と濃縮塔の圧力損失

 Figure 10はAQS-6と呼ばれる「有機材料イオン交換体」の圧力損失曲線を示してあるが、流速を上げると圧力損失が急激に高まり濃縮塔の下の方の樹脂はつぶれて六角形に変形する。この樹脂は多孔質なので変形しやすくそのために圧力損失が大きくなると言うのも事実ではあるが、もともとポリスチレンを骨格とする高分子を150℃以上で変形しにくくすること自体が無理である。

 そこで無機の固い殻の中に有機材料イオン交換体を閉じこめる「複合材料イオン交換体」を合成した。固い無機材料の殻の中に有機材料が閉じこめられているのだから、このイオン交換体はすばらしい。Figure 10で分かるように固い殻の中のイオン交換体は150℃以上、1.9mの長さの濃縮塔でもつぶれず圧倒的に良い成績を収めた[12]。

 イオン交換塔の直径が小さければイオン交換体の強度はさほど要求されない。例えば、3mの濃縮塔を考えた場合、直径2cmのイオン交換塔では圧力の90%が壁に支えられ、10cmの場合は75%が壁に支えられる。従ってイオン交換が工業的に大規模に行われるにつれて機械的強度、ヤング率などがその特性として大切になる。ガラスの殻の中にイオン交換体を入れるときには、できるだけ多くのイオン交換体を入れたいので、ガラスの空は「孔だらけ」にしておく必要がある。この場合でも有機材料を用いたイオン交換体と同様の問題を生じる。孔だらけの材料は強度の上で問題があるからである。

Photo 5 イオン交換体の支持体であるガラスの多孔構造

 仮に支持体となる無機材料がガラスの時には砕けると小さな粉になり、それが濃縮塔下部のフィルタを詰まらせる。この様なことが起これば連続運転が必要な化学法ウラン濃縮の場合には致命的な欠陥を生じる。そのため、「孔だらけ」ではあるが「粉になりにくいガラス」が必要とされる。その結果、Photo 5に見られるように、「スピノーダル分相ガラス」を開発してこれを用いた。

 Photo 5の写真の白いところがガラスの部分であり、黒いところが孔である。孔は本当ななにも見えないので、実際の孔の分率よりもPhoto 5では孔の量が少なく見えるがこの写真は孔の体積分率が75%の支持体である。スピノーダル分相で合成したガラスは写真の様にその構造体が連続している。そのためかなり強い力が掛かっても砕けない。事実、1mの濃縮塔を同じ吸着剤で1年以上運転したが、フィルタが詰まって運転不能になったことは1度も無かった。

 一般的なスピノーダルガラスの合成方法はホウケイ酸ガラスなどで良く知られており分相界面は2層に分相する曲面に対して、その内側に2次微分がゼロになるスピノーダル分相界面を持つ。この分相界面と2相に分相する界面の間の組成を選択することによってスピノーダル分相ガラスを得ることができる。更に、均一で強いイオン交換体を得るために、完全均一粒径の合成を行った。写真ではお風呂のシャワーのようなノズルから吹き出すシリカゾルの液に40kHzの超音波の振動を与えて、同期切断を行う。完全に均一に切断された液粒が落下する。

Photo 6 均一粒子を合成する装置

 Photo 7の写真は、完全に均一になった液滴が15粒重なっている写真である。完全に均一になると1つの粒の次の粒は次の瞬間、前の粒の場所に重なるので、この様な写真を撮影することが可能になる。かくして、均一の液滴を作ることができても、更に完全に均一の粒を得ることはできない。シャワーが口が1つでは生産性が悪いので100ヶ程度の吹き出し口を作る。そうすると、写真の様に均一液滴が多くのシャワー口から吹き出すことになる。この粒子は空気中で空気と接して徐々に落下速度を落とし、最終的には粒子どうしが接近して、合一する。そうなるとせっかく均一に切断しても再結合によって不均一になってしまう。どのような超音波を当てれば均一になるか、流速はどうするかなど多くの化学工学的問題があり、ほとんどは数式を用いて計算することができるので、なかなか楽しい研究である[13]。

Photo 7 15ヶの粒子が重なって見える写真

 再結合を防止するために、吹き出し口のそばに電極を置き、約10000ボルトの電圧を掛けて、シャワー口から出る瞬間に液滴に電荷を与える。そうすると、電荷同士が反発してシャワー口から20cm程度下がったところで「パン」とはじけるように粒子同士が離れる。シャワーを流しておいて電圧を掛けるスイッチを入れると瞬間的に散るので、液滴に電荷が乗ったことが分かる。液滴への電荷は、10ー7クーロンから10ー9クーロンの範囲が良い。かくして均一のガラスの支持体を作ることができる。その写真をPhoto 8に示す。

Photo 8 完全に均一な粒子

 結局、ウラン濃縮に適したイオン交換体という物は、約6000オングストロームの孔径を持つ石英坦体に、数百オングストロームの固定孔を持つ有機材料のイオン交換体である。それぞれの体積分率は石英坦体が25%、固定空孔が40%、イオン空孔(流動孔)が15%、そして肝心のイオン交換体は全体の体積の20%である。イオン交換体の体積が小さいので「そんなに小さくて、意味が無いのではないか」という人がいるが、分離の効率を最適にするときに分離の吸着量と速度の関係をどの様にするかはかなり理論的にも難しい問題で、単に「吸着量が小さい」ということが分離に不利であるという事は言えない[14]。

 これは濃縮係数の場合も同様であり、濃縮をするときにガス拡散法、遠心分離法などとイオン交換法を比較して、濃縮係数でその優劣を論じる人もいるが、分離効率は濃縮係数に因るのではない。仮に分離操作がたった一回だけであれば濃縮係数が問題となるが、少なくとも工業的な分離操作では分離は繰り返し行われるので、むしろ濃縮係数は大きくても効率が悪いのである[15]。


3 ウラン濃縮に特有のイオン交換速度

 前節での速度や、坦体、そして均一粒径などの技術は特にウラン濃縮に用いるイオン交換体にのみ有効な技術ではない。イオン交換や一般の吸着分離の時には共通して必要な技術である。これに対して、ウラン濃縮に関して特に必要な面でのイオン交換の技術に関して次に述べる。

 イオン交換法ウラン濃縮の場合の分離ユニットの構成は次のFigure 10に示すように、溶液内の電子交換反応と2相間のウランのイオン交換反応の2つの素反応に分割される。同位体の分離は溶液内での電子交換反応に因ってもたらされるが、イオン交換体が6価のウランのみに対してイオン交換を行うので、2つの素反応をオーバーオールで観測すると、あたかもイオン交換体がウラン同位体を識別しているように見えるのである。ウラン同位体のような原子番号の大きな元素に対して同位体の識別能力を有したイオン交換体は今のところ見いだされてはいない。

化学工学的にウラン濃縮を考えるなら、この2つの反応を一緒にして単に「イオン交換体がウラン濃縮の識別能力がある」としても良いが、物理化学的に考えたり、性能を向上させたり、原理を理解しようとするとどうしても素反応に分割する必要がある。日本の化学は原理を軽視する傾向にあるので、私もたびたび「分離ユニットの素反応を考えてなにになるのですか」などと聞かれることがあるが、実際に研究をする上には、この素反応こそが性能向上のポイントである。

Figure 10 反応を伴うイオン交換の交換ルート

 化学法ウラン濃縮のイオン交換のルートはFigure 10に示すように、溶液内で電子交換反応を行ってその6価ウランがイオン交換体の中に侵入する場合と、まず4価ウランがイオン交換体内に侵入し、イオン交換体内で電子交換を行う場合がある。これを第1ルート、第二ルートと呼ぶ。

第1ルートで交換が行われるときには、イオン交換体の速度は6価ウランのイオン交換速度に律せられ、第二ルートで交換が行われるときにはイオン交換速度は4価ウランに因って決まる。イオン交換体の構造を単に一般的に最適化しても、6価ウランの場合と4価ウランの場合ではその交換速度は大変大きく異なる[16]。

 例えば、「孔だらけ」のイオン交換体にウランが拡散していく様子を図に示した。吸着性の6価ウランと比吸着性の4価ウランを考えてみると、同じウランの拡散といっても大変その様子が異なることが分かる。

6価ウランはイオン交換体に侵入すると(この場合は6価ウラン、4価ウランといっても塩素イオンなどの陰イオンと錯体を形成しているので、マイナス電荷を持つ大きな錯イオンであるとイメージできる)、イオン交換体内の孔を通り、すぐその中の「内部微細粒子(inner particle)」部分にトラップされる。6価ウランが吸着性に富むということは、イオン交換体内の孔の部分にいる平均時間よりも、イオン交換基のある内部微細粒子の中にいる時間が圧倒的に多いことを示している。

そのイオンのイオン交換体内の平均拡散係数は、異なる場所に存在する時間とその場所での拡散係数の加重平均になるので、6価のウランの拡散係数を高くするためには、イオン交換体内の孔をいくら多くしてもダメで、むしろ「流動孔」を増大させ、内部微細粒子の中で悩乱の拡散係数を高める必要があるのである。この件に関しては現在大学の方で基礎的な研究を進めている。

 これに対して、4価ウランの場合にはイオン交換体に対する選択性が小さいので、イオン交換体内に侵入したイオンは交換体の内部の孔の部分に存在する比率が高い。そのため4価ウランの見かけの拡散定数は6価ウランに対して大変高くなる。4価ウランと6価ウランの電子交換反応が無限大であると仮定すると、イオン交換体内に侵入した4価ウランは内部微細粒子の表面で6価ウランと反応してそこで自らは6価ウランとなり、もともとイオン交換体内に吸着していた4価ウランは6価ウランとなってイオン交換体内にとどまる。見かけ上は、4価ウランがイオン交換体に侵入して、再び4価ウランが出てくるので何の変化も観測されない。

仮に個々のウラン原子に名前が付いていたら、A君がイオン交換基の横に座る映画の券をもって入っていったら、すぐB君が出てきた、ということになる。同位体の場合はまさにウランに名前が付いているような物であり、質量数235の4価ウランがイオン交換体の中に侵入していくと、そのウランが質量数238の6価ウランとイオン交換体の内部微少粒子の表面で反応して自らは電子を放出、酸素と結合して6価のウランになり内部の微少粒子に入る。一方、238の6価ウランの方は4価になって外に出てくる。

従って、化学的に言えば、4価ウランがイオン交換体内に侵入して、4価ウランが出てくるので全く観測にかからない。むしろ「4価ウランを入れても、さっぱり6価ウランが出てこないではないか」などと見当はずれのことを考えることになる。質量分析をしてみるとびっくりする。235に富んだウランをイオン交換体に接すると、瞬間的に238のウランに変化し、しかも4価のウランという化学的状況は変化がないからである。

 イオン交換速度の改良は、最初同位体同士の電子交換速度が低いときには、6価ウランのイオン交換体内拡散係数を高めることに懸命であった。ところが研究が進み、同位体同士の電子交換速度が高まって、イオン交換速度に対してその数倍以上になってくると、6価ウランのイオン交換体内拡散係数は全体の分離性能に無関係になってくる。4価ウランの速度のみに注目してイオン交換体の改善が行われる。

 以上の点のみを簡単に表現すると、

「“高速イオン交換体”というのはいささか不適当であり、特定のイオン交換反応に対して“高速”と言った方が正しい」

ということにもなろう。

 化学法ウラン濃縮は酸化剤還元剤でウランを酸化還元する。このとき、吸着しているウランを還元剤が還元する反応の律速段階も同位体の電子交換反応と同様に考えられる。いかに6価ウランが強固にイオン交換体に吸着していようと、還元剤がイオン交換体の孔の中に侵入していけば、内部微細粒子の表面で還元反応が行われる。例えば、イオン交換体の中の孔の部分の拡散係数が溶液と同様の拡散係数として、イオン交換体の外径が100ミクロンとし、内部微細粒子の直径が1000オングストロームであるとき、内部微細粒子内での拡散係数が溶液の拡散係数の100万倍小さいときに、非吸着イオンの速度と吸着しているイオンの速度が同じになる。

溶液中の拡散係数が10ー6cm2/secとして、内部微細粒子の拡散係数が10ー12cm2/secということになるが、これは固体の中の拡散係数に近い。すなわち、ほとんどの場合は化学反応がイオン交換体中で行われるときには、吸着しているイオンの拡散係数は問題にはならないと言うことである。


4 おわりに

 化学法ウラン濃縮はイオン交換体を用いたプロセスの内でも大変大がかりな物である。そして、今回はここで述べたようにイオン交換体に関する技術、そのうちでも速度に関係する所のみを紹介した。化学法ウラン濃縮は高い温度で行っていたので、イオン交換体の耐熱性、耐化学反応性などの研究結果もイオン交換体の研究者にはお役に立つ物と思われる。また、ウラン濃縮では還元反応、酸化反応、イオン交換吸着反応など多くの反応があり、それらに対する金属イオンの反応性、イオン交換選択性、並びに吸着システムの数値計算手法などがある。

イオン交換反応の基礎部門として有用であろうかと思う。また、化学法ウラン濃縮では模擬濃縮塔を含むと、3mのイオン交換塔を製作した。そしてそこにおける流体力学を中心とした「流れの学問」も研究を行った。機会があったら今後のイオン交換の発展のためにデーターの発表を行っていきたいと思う。

 化学法ウラン濃縮は最初に述べたように、日本で開発された原子力技術である。最初にこの技術に取り組まれた多くの先輩の方々を始め、研究途上、また研究の中断になる前後に多くの方々に御指導をいただいた。原子力が来世紀には人類にとって唯一のエネルギー源になることは間違いなく、そのときに化学法ウラン濃縮、またはイオン交換体を応用した原子力技術が何らかの形で世の中にお役に立つことを期待している。


文献

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15 妹尾 学、武田邦彦他、「分離科学ハンドブック」 共立出版 (1993)
16 武田邦彦、盛田啓一郎、イオン交換学会誌、投稿中
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