分離エネルギーの回生


1  はじめに

 ウラン元素には数種類の同位体があるが、ウラン238が99.3%、ウラン235が0.7%とこの2つの同位体で大部分を占める1。しかし、軽水で冷却する原子炉で核分裂が継続する為にはウラン235の同位体濃度は3%かそれ以上であり、そのためには0.7%のウラン235を3%にする「ウラン濃縮」が必要とされる。
 
 ウラン濃縮は原子爆弾を作るために第二次大戦中に研究され、拡散法によるウラン濃縮工場が建設された。戦後はその主力工場が平和利用に転用されたが2、軍事用に開発されたこともあって濃縮効率は低く、巨大な設備投資とエネルギー消費を要する。1960年代に入ってより効率の良いウラン濃縮方法が研究されるようになり、アメリカでは核拡散の問題から「将来実現性のある濃縮方法」についての委員会(USAEC Adhoc Committee)が作られ検討された3。
 
 その検討の中で実現可能とされた方法はガス拡散法と遠心分離法であり、その他の方法は実現の見込みが低いという結論になった。特に水溶液中のウランの同位体平衡を応用する、いわゆる「化学法」は実現の可能性の全くないものとされたが、その理由は
 
①  1972年当時のデーターから推定すると、仮に化学法ウラン濃縮工場を建設して運転を開始しても製品(3%ウラン)が出荷されるまで数世紀を要する。
②  仮に濃縮効率を支配する主要な物理定数を極限まで改善できたとしても、性能は80倍にしかならず、実用にはならない。
③ 
というものであった。

 本来化学的性質が同じとされている同位体の化学平衡では同位体の識別はきわめて困難であり、多くの化学反応での同位体平衡定数は1.0001-1.00001である。唯一、可能性のある平衡反応は酸化数の異なるウランイオンの間の同位体平衡であり、塩酸水溶液中では三価ウランと四価ウランの間が1.002, 四価ウランと六価ウランの間が1.0013である。
 
 それでも0.7%の天然ウランから3.0%のウランを取得するには約300万回の繰り返し分離が必要とされる。吸着分離や溶媒抽出などの分離手段で300万回も繰り返し分離をすることは容易ではないが、ウラン濃縮という工業はこの様な数字がでてきても不思議ではない分野でもある4。


2  化学法ウラン濃縮とその技術のポイント

 イオン交換体を用いて2種のイオンを分離する時には図1の分離ユニットで示すように例えばD2がD1より吸着力が強くD2が優先的に吸着することが前提となる。
 
 無限時間、溶液と吸着体を接したときの濃度を吸着
 
図1 標準的な吸着の分離ユニット

剤側をr, 溶液側をs と添え字を付けると分離ユニットの濃縮係数は、

(1)

である。仮に理想的な分離装置を作ることができ濃縮係数が小さい場合には、分離装置内に流れる総流量は分離係数と

(2)

の関係にあるので濃縮係数が2倍になると分離装置の大きさは4分の1になる5。濃縮係数は2乗で効くので少しでも大きい方がよいが、ウラン同位体の様に化学的性質が類似している場合にはイオン交換体は全く選択性を持たない。

 そこで図2に示す様な化学反応が関与する分離ユニットのモデルが考案された。溶液中にA1とA2が溶解していて、反応試薬X(特定の分離したい化合物に付加することから「付加子」と呼んでいる)を
 
図2 反応を伴う分離ユニット

 加えるとAとXが反応してDを生成する。A2がA1よりXと反応しやすいと溶液内ではD2とA1の濃度が増える。次に吸着剤は“2”と“1”は区別できないが、Dを強く吸着しAを吸着しないとすると、吸着剤はDを選択的に吸着しているつもりでも結果的には“2”を選択的に吸着していることになる。反応を伴う分離ユニットの濃縮係数は、溶液内で起こる反応の濃縮係数と分離ユニット内の化合物の濃度の関数の積になる。

(3)

ここで平衡偏在係数は

(4)

で示される6。

 反応を伴う分離は1つの分離ユニットの作業を分担しているようなものである。図1に示した標準的な分離ユニットは標準的なものであるが、分離という意味で吸着剤は「多能工」の様なものであり、吸着剤は「識別する」ということと「識別したものを別の場所に持ってくる」ということの2つの作業を行っている。これに対して図2は「識別する」ということは溶液内の反応に任せ、「識別したものを別の場所に持ってくる」という作業を吸着剤が分担している、いわば「分業体制」である。
 
 反応を伴うイオン交換によるウラン同位体分離の場合の分離ユニットを図3に示した。ウラン濃縮の

図3 化学法ウラン濃縮の分離ユニット

反応を伴う分離ユニット内の付加子Xは電子e-であり、吸着剤はウランの同位体を識別しないが酸化数の異なるウランは識別するので、ウラン同位体の電子の取り易さを利用する。濃縮係数は0.0013、これにζの項を掛け合わせると分離ユニットの分離係数が得られるが、ウラン濃縮の実績値はおおよそ0.0008-0.0010程度である。反応を伴う分離ユニットを繰り返すにはイオン交換体を濃縮塔に充填して酸化還元反応を連続して行わせることで実現する。長年、フランスが研究した化学法のフローを図4に示す。

図4 フランスが研究した化学法のフロー

 濃縮塔は10本で構成され、図4では第1塔から第4塔までウランが吸着している。第1塔の上部から酸化剤が供給され、陽イオン交換体に吸着している四価ウランを酸化脱離する。第3塔の下部から六価ウランが取り出され、電解還元を経た後、第4塔に供給される。この様に化学法ウラン濃縮は原理も簡単で、プラントの構成もさほど複雑ではないが、この濃縮プラントを現実のものにするには、あまりに小さい濃縮係数をカバーするために次の様な技術的進歩を要した。
 
(1) 異相間の同位体交換反応速度を1000倍以上にする。
(2) 大口径濃縮塔での「逆混合」を500ミクロン以下にする。
(3) 分離エネルギーを逆反応で回収する。

 上記の(1)、(2)はいずれも革新的な内容を持つおもしろい技術であるが、時間的な都合もあり今回はこのうち(3)を中心にその内容を述べる。


3  分離エネルギーと酸化還元反応の逆反応

3.1  分離エネルギーの内容

 300万段を要するような超分離の世界では「膜分離」ではあまり良い成績は収められない。たとえ分離に適した膜があっても分離装置内に膨大な量の流体を流さなければならないので分離の動力が大きくなるからである。
 
 分離エネルギーは①「分離ユニット内に分子を移動し、それを分離ユニットから抜き出すエネルギー」と②「繰り返し分離するために分子の状態を変えるエネルギー」の2つから構成される。その他に熱力学的に混合したものを2つに分けるエネルギーがあるがそれは移動のエネルギー及び状態変化のエネルギーに比較して大変小さいのでここでは割愛する。
 
 分離装置の大きさは、分離装置の断面積(A)と長さ(L)によって決まる。特に化学法によるウラン濃縮のように濃縮係数が小さい場合には、断面積が濃縮係数(ε)とウランの保持量に、分離塔の長さが分離ユニットの高さ(H)に比例して決まる。

 「分子装置全体を流れる総流量」総流量(ΣL)は、単位分離量(単位生産量)あたり、

(1)

であり、
(2)

(3)

で示される。ここで、βは供給流と濃縮流とのモル比(頭分離係数)、xはモル分率、P,W,Fはそれぞれ供給流、濃縮流、および減損流を示す。式(1)より分離装置の断面積は、分離ユニットの化学的な特性値(頭分離係数(β))による項()と、人間がどの程度の原料を用いて(xf)、どの程度の濃縮ウランを得たいか(xp)、さらに経済的見地からどの程度の減損ウランにして回収率を高めるか(xw)という「人間的」「経済的」な項(Va1)の二つに分離される。①「分離ユニット内に分子を移動し、それを分離ユニットから抜き出すエネルギー」は分離装置全体の大きさに比例する。

 膜分離の場合には分離プラント中で化合物の状態を変化させることは少ない。分離のエネルギーは実質的に①で支配され、分離エネルギーは、

(4)

である。即ち膜分離の分離エネルギーは濃縮係数の2乗に反比例する。
 一方吸着などの平衡分離の場合には分離エネルギーは主として②に支配され、

(5)

となる。化学法ウラン濃縮の場合の電子の必要量は、

(6)

で示される。ここで、ζはの分離塔内のウランの分配の関数である7

 膜分離のような場合を「不可逆分離法」、吸着のような場合を「半可逆分離法」と呼ぶ場合もある。ウラン濃縮のような超分離にあっては濃縮係数が小さい(0.001)ので,膜分離の場合の上式の値は1,000,000、吸着の場合には1,000となって3桁の違いが出る。

 そのため一般的には濃縮係数が小さい場合にはできるだけ可逆に近い方が有利である。ウラン濃縮の場合には1kgの3%ウランを取るのにガス拡散法と呼ばれる膜分離法では10,000KWH 、吸着を使う化学法では200KWHと50倍程度違い、分離エネルギーの点で膜法の不利は明らかである8。
 「繰り返し分離するために分子の状態を変えるエネルギー」は分離プロセスによって様々な形をとるが、例えば蒸留の場合の「還流エネルギー」をあげることができる。蒸留でガスと液体を繰り返し接触するためには一旦ガスにしたものを蒸留等の最上部で還流して戻し、再び接触させる。
 
 そのために塔頂ではガスを凝縮し、塔底では液体を蒸発させる。ウラン濃縮では電子の少ない六価のウランと電子の多い四価のウランを接触させるとウラン235は六価のウランに濃縮されるが、それを300万回行うには次々と六価のウランに電子を与えてその一部を四価にし、接触させることを繰り返せねばならない。そのために酸化剤と還元剤を用いる。酸化剤で四価のウランから電子を抜き取り、還元剤で六価のウランに電子を与えるのである。即ち同位体の分離量に応じて正確な電子量が必要となる。
 
図5 化学法ウラン濃縮の電子の流れと当量関係


3.2  平衡反応の慣習系と統一系の換算式

 分離研究をはじめた最初の段階では化学法ウラン濃縮自体が化学工学的に明らかではなかったので、分離エネルギーが解明されたということで成果であった。そしてその結論は原理的に濃縮当量だけは必要であるとされた。しかしウラン濃縮のような「超分離」では全ての技術要因を物理定数の許す限り改善することを要求されると言うところがあり、「当量関係」と思われたこのエネルギーについても改善を求めたのである。
 
 そんなときにシャルローの分析化学の本に巡り会った9。古くから分析化学の分野での名著であるこの本は、酸塩基反応から入って錯形成反応、酸化還元反応などの典型的な溶液内の平衡反応を丁寧に解説している。シャルローの教えるところを私流に要約すると「化学反応、特に平衡反応は見かけが違っても全て同じ」と言うことであった。目からウロコが落ちると言う思いがした。
 
 特に化学法ウラン濃縮では、吸着反応、分離のもとになる酸化還元反応(電子交換反応)、錯形成反応、酸塩基反応の4つが基本的な反応である事もあり、私の興味がそれに集中していたことも手助けになった。私がシャルローの教えに基づき最初に行ったことはこの4つの平衡反応の平衡定数の単位を統一し、反応形式を同じにすることであった。
 
 例えば吸着反応は平衡反応を

(7)

と書き、この平衡定数は一般的に「選択性」と呼ばれ、

(8)

である。さらに原始的には「分配係数:D」なるものを使用することもある。また酸化還元反応は例えば鉄とスズの酸化還元反応の場合、

(9)

で表現するが、この分野にはNernstの影響が強く、多くの場合には半反応で記述し、

(10)

その平衡関係は、

(11)

で示される。さらに酸塩基反応は平衡反応の形式で記述する場合と、pHとpKaを使い半反応で表す。

(12)

(13)

 錯形成反応では逐次反応で示すので、たとえばRuとCl-イオンとの錯形成反応式は、

(i=1~6) (14)

ここでβ1~β6は逐次安定度定数であり、

(i=1~6) (15)

で定義される。 [Ru]Tは次のように表すことができる。

(16)

 この様に溶液内の平衡反応はその歴史的発展の過程や応用分野の違いから異なる表現と定数が使用されている。見かけが違うがこれを統一して次のように表現することができる10。

(17)

このときの平衡関係を

(18)

で示し4つの平衡反応の「慣習系」と「統一系」との間の換算式を作った。それを表1に示した。
 溶液内の平衡反応についてのこの様な「慣習系」と「統一系」の間の換算式は不要であるとの考えもある。確かに既に熱力学的にはGibbsら、平衡反応ではシャルローが基本的概念と基本式を明らかにしている。


表1 統一した表現での平衡反応
反応の形式 付加子
酸化還元反応 電子
酸・塩基反応 プロトン
錯形成反応 配位子
陰イオン交換 陰イオン樹脂
陽イオン交換 陽イオン樹脂
キレート生成反応 キレート樹脂
析出反応 対イオン
溶媒抽出 溶媒

 今更、新しい尺度を持ってきても役に立たないという考えもある。しかし平衡反応を統一系で表現することは普段の溶液平衡の研究や業務の中で簡単にできるものではなく、統一系への換算式は極めて有効である。


3.3  分布の計算

 系内に数種類の平衡反応(J種)があり、錯形成や酸化還元反応を行うイオンが数種類(N種)存在するとき、i種の金属イオンがj種の付加子をnj種付加したものの全体のイオンの濃度に対する比率をとすると、その濃度は

(19)

(20)

の様な簡単な式で示すことができる。
例えば溶液内の鉄(Fe3+)イオンの平衡を考えてみる。鉄イオンは条件によって溶液中で酸塩基反応で加水分解を受け、あるいは沈殿し、錯体を形成し、還元剤やウランと反応して酸化還元し、さらに吸着剤がある場合には吸着することもある11。
 
スキーム1 Fe3+の付加状態

 鉄イオンの模式的な平衡をスキーム1に示した。この様に複数の金属イオンと反応が存在するとき、一つ一つの付加反応を、

(21)

と表し、平衡関係を標準付加ポテンシャルと溶液の示強量を付加ポテンシャルを用いて、

(22)

とすると、式(19)の分配関数は、

(23)

但し、Sp, Lpは、

(24)

(25)

である。ここでS-ポテンシャルは、標準還元電位やpKaの様に、系内に存在する特定の金属イオンと付加子の組み合わせについてあらかじめ決まっている数値の和であり、たとえば塩酸水溶液中での鉄の場合にはΔμ0は次のように求めらる。

図6 塩酸水溶液中での鉄の標準付加ポテンシャル系列図

 既に計算機が十分に発達しているので、自分の研究する系に存在する金属イオンと付加子についてのデーターを入れておけば、S-ポテンシャルの方はいつでも簡単に計算が可能である。一方、L-ポテンシャルの方は、溶液の液電位(E), pH, 錯体の活量(pL)などであり、溶液の付加子(電子、水素イオン、配位子、吸着席など)の活量を測定すれば求めることができる。
 
 この様に反応系内に他種類の平衡反応が存在してもあたかも1種類の反応のように取り扱うことができるが、そのことを模式的に表現すれば図7の様に表せる。
 
 反応系に四種類の付加子がある場合、それぞれの付加子と金属イオンとの親和性によってΔμ0が決まるが、1つ1つの付加反応毎に付加強度を示すΔμ0と付加子の活量Δμの差で平衡が決まるのではなく、系内の反応の付加ポテンシャルの「和の差」によって決まる。繰り返すと「系内で起こる4つの反応はどの反応がどのように起こるかという事と全く関係なく、一つ一つの強さ(Δμ)と受容体側の受け取り易さ(Δμ0)のそれぞれの合計の差である」と言うことである。

図7 分布を求める式と内容

 紙面の都合で詳しく述べることができないが、統一系での取り扱いでは複数の付加反応と複数の金属イオンが存在するときにも、簡単な連立方程式を解くことによって分離の計算ができる。


3.4  Addox反応のウラン濃縮への応用

 付加反応に関するこの様な考察に基づけば「ウラン同位体を分離するのに化学量論的に電子が必要」という先の理解は一面的であることが判る。分離量が電子の循環量に当量的に結びついているというのは分離系の中での反応を「個性的」に捉えているからである。
 
 実際に応用したのは酸化還元反応を濃縮塔内で吸着反応によって逆反応させて分離エネルギーの一部をリサイクルする方法であった。即ち、酸化剤に用いていた鉄イオンの還元電位と還元剤に用いていたバナジウムの還元電位の差の分に相当するイオン交換の付加ポテンシャル強度を鉄に持たせれば、逆反応が進む。普通の反応では、Fe3+とV3+が反応して、

(25)

となるが、ADDOX反応では反応は反対に進んで、

(26)

となり、二価の鉄が酸化されて三価になる。酸化還元反応もイオン交換反応も慣習系によっているので直接的に比較することができないが、統一系の表現では直接反応が進むか否かを判断することができる。

 酸化還元反応と吸着反応の標準付加ポテンシャルを合計したポテンシャルは条件を自由に選べる基礎研究では様々な試みを行い、最高で94%の電子のリサイクルができたが、大規模の濃縮装置では70%程度のであった。

図8 化学法ウラン濃縮での逆反応の実験値

 Addox反応を応用した化学法ウラン濃縮のフローシートを図9に示した。Addox反応が応用されると言っても、いくらかの電子は必要なので中央の濃縮塔で消費される酸化剤還元剤は濃縮塔外に取り出されて、賦活工程に送られ酸素と水素で再生される。濃縮塔内で活性な酸化還元剤が自己的に再生されるので、プロセス構成としては「再生塔」や「連続循環のための予備塔」などが不要となり、実に簡素なプロセスになった。
 学問的にはAddox反応と酸化還元反応の逆反応の達成割合が極めて興味があったが、経済的には逆反応によってプロセスが大幅に簡素になったことが大きい。

図9 化学法ウラン濃縮のフローシート

 Adsorption-Redoxと言う意味でAddox反応と名付けたこの反応で分離エネルギーを回収できることがわかり、分離工学分野では分離効率について従来とは少し違う考えを生んだ。一般的には分離では少しでも分離係数が大きい方が良いとされる。確かに式で示したように分離装置内の総循環量は濃縮係数の2乗に反比例するし、エネルギー消費量は濃縮係数に反比例する。
 
 しかしAddox反応率が95%とすると異種の化学種を接触するために要するエネルギーは小さくなり、濃縮係数が半分になっても全体のエネルギーの5%が増大するに過ぎない。話しが少し飛躍するが、更に反応速度が大きくなって分離ユニットの高さ(H)が限りなく小さくなると濃縮係数の重要性はさらに小さくなる。
 
 もう一つ分離エネルギーの点で指摘しておきたいことがある。分離の中には特別に「能動分離」と名付けられた一連の分離方法が知られている。この様な名前が付くのは生体関係に近い分離方法の場合が多い。例えば生体膜分離でカリウムなどの濃度が膜の外より中の濃度の方が高くなるような分離の場合、能動的と呼ばれる。この言葉は普通の分離が「能動的」ではないかのような印象を与える。
 
 しかし、もともと分離とは濃度の低いものを高くする行為であるから全て能動的である。それ故に分離のエネルギーが必要で、エネルギーがどのような形で供給されうるかは千差万別であり、分離装置の外からポンプのような形で供給される場合や分離装置内にエネルギーの補給機構がある場合もある。いずれにしても分離は「濃度的には逆流であり」「分離には何らかの形でエネルギーが必要である」という前提が崩れるわけではない。


4  おわりに

 統一系で整理できる反応はここに示したような酸塩基反応、錯形成反応、酸化還元反応、吸着反応、沈殿反応、溶媒抽出(溶媒和)などに限定されない。吸着剤や半透膜など「相」を分ける物理的な仕組みを持つ系では、異相間のイオンの活量の差と圧力の間に簡単な関係がある。
 
 また、熱と圧力の間の相互関係についても熱力学のような基礎的な学問ばかりでなく、材料分野でもその他の工学分野でも統一系での取り扱いが可能である。おそらく現在でも純粋に熱力学的考察を分離工学分野や材料工学分野で研究することは有意義であろうし、分離工学に於ける分離係数の評価の問題で示したように基本的な性能に関する考察が不足していると感じられる。

 今回学術振興会第69委員会にて溶液内平衡反応の統一系の表現、及びその分離工学への応用について発表の機会を与えていただいたことに感謝したい。


1  ウラン238とウラン235は半減期が異なるので地球が誕生した頃はウラン235は数十%であった。人類が原子力を発見したときウラン235は僅かに0.7%に減少していたが、それでも重水や黒鉛などを材料に使用すれば何とか原子炉を運転することができた。
2  原子爆弾用のウランはウラン235が90%以上であるが、濃縮工場の配管を変更することで3%生産用に変更できる。
3  当時の原子力工学の権威M.Benedictが主催した委員会で、1972年”ORO-694 Report”として公表されている。
4  フランスにあるガス拡散法によるウラン濃縮工場には工場で使用する電力を供給するために発電所がついているが、1つの濃縮工場に100万キロワットの原子力発電所が4基付属する。
5  武田邦彦、「分離のしくみ」 (1988) 共立出版
6  武田邦彦,鬼塚初喜,渡辺利典,日本原子力学会、Vol.28, No.1, pp.82-89 (1986)
7 Takeda K.,et.al.:Nuclear Technology,
Vol.89,pp.372-380 (1990)

8  Y.Nishigaki, H.Onitsuka, and K.Takeda, Journal of Nuclear Science and Technology, Vol.89, pp.372-380 (1990)
9  シャルロー“Stability Constants of Metal-Ion Complexes, with Solubility Products of Inorganic Substances”, by J. Bjerrum, G. Schwarzenbach, and L. G. Silen, the International Union of Pure and Applied Chemistry (1957). The second edition was compiled by the Chemical Society (1964)
10  H.Onitsuka, H.Obanawa, F.Kawakami, M.Sasaki, and K.Takeda, Separation Science and Technology, Vol.23, No.14, pp.2329-2347 (1988)
11  武田邦彦,佐々木光永,畑上 到,小花和平一郎,電気化学および工業物理化学, Vol.53, No.9, pp.685-692 (1985)