狂牛病の基礎


 食の安全のシリーズを執筆するにあたって、まず狂牛病のことから始める。このシリーズはこれまで盛んに議論されてきた食の安全の問題を「冷静で、できるだけ科学的」に整理をしたものである。このシリーズの中に書かれていることは、食を食べる人の立場だけで書かれており、生産者や政府に関することにはあまり触れていない。あくまでも食に不安を持つ人に科学的な指針を持ってもらいたいという希望に基づいている。

 1913年6月、アルツハイマー教授のもとに、一人の女性が診察に訪れた。この23歳の患者が、のちに狂牛病とよばれ、世界中を震えあがらせた病気に最初に感染した女性だった。

 彼女を診察した神経医学の教授アルツハイマー博士は、のちに「アルツハイマー病」という名前で後世に名をのこした医師であり、その横にかしこまっていたのが、クロイツフェルト助手であった。

 アルツハイマー教授が診断した彼女の病名は「海綿状脳症」であった。この奇妙な病気はクロイツフェルト助手の研究としてとりあげられ、その病体を記した論文によって「クロイツフェルド・ヤコブ病」と命名される。
 
すでにアルツハイマー病という脳の病気はよく知られているが、クロイツフェルドという助手の名前の病気も有名になった。

 このことは必ずしも偶然ではない。今では当たり前のアルツハイマー病だが、わずか50年前にはほとんど知られていなかった。だからこの病気が「最近になって起こってきた」ということではない。単に医学が発達して発見されただけである。

 食の安全を考えるときに重要なことの一つに「もとから存在したが、知られていなかった」ということが多く、それが曲解されて「最近、危なくなった」といわれる。しかし「知ること」はより安全になることだから、元から存在するものが知られるようになったのは、より安全になったことを意味している。

 さて、話を狂牛病に戻そう。

 アルツハイマー先生の診察から80年後の1993年、こんどは15歳の少女がイギリスの病院に担ぎこまれた。80年前にアルツハイマー教授のもとに現れたあの女性とそっくりの症状を呈していたこの女性こそ、ウシのクロイツフェルド・ヤコブ病・・・初めてウシの狂牛病がヒトに感染した「新型」の病気、つまり「狂牛病」の第一号の感染者だったのである。

 そして、あの伝統あるイギリスの酪農家にとって20世紀の終わりの10年は、悪夢のような時代となった。飼育していたウシが最初はよろよろと歩くようになり、そしてよろめき、ついには、前足の膝をおりながら地に屈し、そして最後を迎える。まるで、なにかに取り憑かれたようである。

 この不気味なウシの病気に「狂牛病」という名がついた。

 1990年代、イギリス国内では、実に18万頭のウシが狂牛病にかかり死んでいった。そして次第に感染の範囲は広がり、ヨーロッパへ、そしてはるか大西洋をわたり、カナダ、アメリカ、そして日本でも狂牛病のウシが発見されるまでになった。

 狂牛病に感染したウシの数には諸説があり、18万頭が必ずしも正しい数字ではない。しかし、物事を正しく判断するためには本質的ではない細かいことをあまり追求しないことである。ましてそのことを「雑だ」とか「いい加減だ」といっていると本質を見誤る。世界は刻々と変わり、ほとんどの数字は「おおよそ」しか判らず、「おおよそ」の方が真実に近いことも多い。

 ところで、狂牛病はウシの病気だから、人間とは一応無関係である。そこを少し解説しておく。

 生物の体は「種」によって異なる。ヒトがサルから進化し、ヒトに一番近い親戚と言っても、サルとヒトではずいぶん違う。体のしくみも違えば、性質も正確も違い、病気も違う。だから、異なった種の間では病気は感染しにくいが、このことを「種の壁」と言う。

 狂牛病も最初は、ウシの病気だったが、やがて「種の壁」をこえ、ウシから人間を襲うようになったのである。イギリスでは狂牛病に感染した人のうち130人余が死亡した。やがて、狂牛病の患者はフランス、アイルランド、イタリアなどのヨーロッパ諸国にひろがった。

 ただしイギリスの130名ほどの狂牛病の犠牲者がすべて牛肉から感染したかどうかはまだ明白ではない。狂牛病はウシを食べること以外でも感染して発症することがあるからである。それについてはこのシリーズで詳しく説明する予定である。

 ともかく、怖いことは怖いが、世界を震撼させたこの病気の犠牲者は、それほど多くない。20世紀のはじめ、スペインから全世界で拡がったインフルエンザの一種、いわゆる「スペイン風邪」では、日本だけで40万人、全世界で実に3,000万人の犠牲者を出している。これに対して、狂牛病の犠牲者は、わずかに130人程度に過ぎないからである。

 このように種の壁を越えて感染してきた多くの病気の内では狂牛病はそれほど怖い物ではないが、その影響は多数の犠牲者をだしたイギリスに止まらず、全世界の酪農におよび、日本ではすべてのウシが狂牛病にかかっていないかを調べる全頭検査や、狂牛病のウシが見つかった国からの輸入制限へと発展した。

 いまや狂牛病は世界でもよく知られた病気の一つとなり、農業ばかりではなく、その国の経済や文化にもその影響を及ぼすようになったのである。

 なぜ、普通ならあまり注目されない位の患者しか発生していないこの病気がわたし達に不安を与えたのだろうか?

 「牛を食べると死ぬ」という簡単な論理がまず、多くの人々に言いようもない恐怖心を与えた。日本では明治のはじめまでウシやブタのような「四つ足」を食べる習慣がなかった。山で狩猟をする人はシカやイノシシを捕らえて食べていたが、家畜としてウシやブタを飼育することはなかった。

 でもそのような民族は世界では少なく、中国でも、ヨーロッパ、アメリカでも昔からウシは日常生活のなかの重要な栄養源であったので、牛肉を失うことは主な栄養源の一つを失うばかりではなく、生活や文化の一部をも失うことになったからである。

 また、狂牛病に感染したウシが悲惨な症状だったことも、テレビをみた多くの人がこの病気に衝撃を受けた原因になった。

 人間ではどうか?

 人間がこの病気に感染すると、最初のうちは入浴を嫌ったり、食欲がなくなったりするだけだが、そのうち、奇声を発し、よろよろと歩くようになる。このころになると家族は、前と人格が変わってしまった肉親を悲しみ、目の前で毎日のように進行していく姿に呆然とする。

 最初の女性の患者がアルツハイマー教授のもとを訪れたとき、すでにこのような症状が出ていたのである。

 やがて、患者はまったく動けなくなり、家族は回復が期待できなくなることを知る。そして、多くの患者が死を迎えるまでにはそれほどの時は残されていない。

 狂牛病で犠牲になった患者の脳を解剖すると脳細胞がところどころ脱落して穴が空いたような状態で、まるで海綿のようである。そのことから、この病気を「海綿状脳症」とよぶようになったのであるが、脳の神経がところどころ切れているのだから、その人の理性が徐々に失われ、そして行動もままならなくなるのである。

 さらに狂牛病には人が不気味におもう特徴があった。

 それは「長い潜伏期間」と「発病してから最後を迎えるまでの時間が短い」という組み合わせである。

 狂牛病に感染してから発病するまでの潜伏期間は二年から八年。この長い時間のあいだ、さしたる症状もでないで元気で生活できる。でも、脳の中では正常プリオンが少しずつ異常プリオンに置きかわっている。そして、発症したとたん、急に病状が悪化して、半年に満たないうちに最後を迎えるのだから、確かに不気味でこわい。

 そんな特徴をもった病気なのに、イギリス政府が間違った。潜伏期間がながいのだから、患者が発見されるまえに、「狂牛病はウシからヒトに感染するおそれがある」と注意しなければならなかった。もし潜伏期間が8年とすると、最初の患者が発生するまでの8年前から、「自分は食べていたか?」と思い出さなければならない。

 「潜伏期間の恐怖」が騒動に輪をかけた。

 実際にも、ウシに奇妙な病気がはやっているのは知っていたが、ヒトには移らないだろうとおもって、普通通りに牛肉を食べていたイギリス人は、政府の発表でビックリし、怒った。

 それならそれとなんで早く言ってくれなかったのか?

 多くの人が政府に裏切られたと思ったのは無理からぬことだった。
 それに加えて、専門家が解説する「狂牛病の奇妙な病原体」が恐怖心をかきたてた。狂牛病はウシの体のなかに毒物が発生し、それを食べて死ぬのではない。そうかといって、普通の病気のように細菌やウィルスでもない。

 毒物なら、それを体の中に入れた量が問題になる。毒を飲んでもうまく吐くことができれば助かる。

 また、細菌やウィルスのように子供を作って人間の体のなかで増えていくものでは、数が少ないときにはその症状も軽いし、体の抵抗力で排除することができる。細菌なら抗生物質という決め手もある。

 でも、狂牛病は違うという。これまで人間が長く「病原体」として戦ってきた細菌でもウィルスでもなく「プリオン」というタンパク質だということになった。

 プリオンというタンパク質は、健康な人の体に普通にあるタンパク質で、脳などの組織をつくっている。タンパク質は柔らかく、変化しやすいので、熱や酸素でも簡単に変わる。でも、それが病原体のように振るまうことはなかった。

 狂牛病では「正常プリオン」が「異常プリオン」という構造が違うタンパク質にかわり、その「異常プリオン」が、さらにつぎつぎと正常プリオンを異常プリオンに変えていくのである。

 その結果、脳細胞がスカスカになる。

 牛肉という普通の食べものを食べると死ぬ、症状は悲惨であり、潜伏期間は長い、病原菌は細菌でもウィルスでもないので防ぎようがない、それに加えて、ウシからヒトへと「種の壁」を越えてくる・・・じつに不気味で恐ろしい病気のように感じられたのも無理はない。
 
 この奇妙な病気はいったいどのようなものなのか、本当にわたし達の食の安全を脅かすものなのだろうか?

 1913年に死亡した23歳の女性はウシからの感染ではない。自分の脳にある正常プリオンが突然、異常プリオンに変わったもので、「真性狂牛病」であり、医学用語では「孤発性CJD」とよばれる。おそらくは、昔からあったと考えられているが、いつから人間の病気としての孤発性CJDがあったのかは判っていない。

 この「孤発性CJD」のほかに、現在、知られている狂牛病は四種類で、原因不明でおこる孤立性CJD、遺伝的な原因のCJD、脳の手術などの後におこるもの、そして牛から感染するもの、の四つである。

 このうち、孤立性CJDに感染する患者数が一番おおく、100万人に一人の割合で自然発生する。日本は人口が1億2000万人だから、患者数は120名といわれている。

 狂牛病の中では圧倒的におおいが、一年に死亡する日本人は150万人程度だから、死亡する原因としては珍しいので、奇病の一つに数えられる。

 普通に生活をし、ウシを食べなくてもこの病気になるので、なにが原因しているのかはまだはっきりしていないが、異常プリオンが増えて脳細胞が海面のようにスカスカになるのは狂牛病と同じで、症状も同じである。

 人間の体はそれほど頑丈なものではできていない。タンパク質にしろ、DNAにしろ、化学物質としては不安定で反応性も高い。有害な物質を食べたりして変化することもあるが、人間の生活に欠かすことができない太陽の光や酸素でも影響をうける。太陽の光や酸素は、体にはかなり危険なものである。

 だから、人間の体はつぎつぎと傷ついているが、それを四六時中、修繕している。それでもときどき治しそこなうことがあって、そんなときに病気になる。

 孤立性CJDの原因も、医学が進歩すればわかっていくだろうが、現在の日本でも約100人の人がウシの肉を食べなくても狂牛病にかかるのは事実であり、これは知っておく価値がある。

 第一話では狂牛病について、その全体像を足早に説明した。おそらく様々な疑問が浮かんだと思うので、次回から少しずつ詳細にわたって説明を加えていきたいと思う。

(第一話 終わり)