人生とは難しいものである。

1) 人は広い野原で一人で生きていくのは寂しい。だから都市に群れる。
2) 人は目標を持つ。その目標の多くは「人より良くなること」である。
3) 人は目標が無ければだらけてしまう。

 この3つの矛盾を抱えて、人間は悩む。いわば、自分で創り出した解決のできない悩みである。

1) 一人で生きることができないのだから、一緒に生きてくれる人に感謝しなければならない。
2) だから、感謝する人より良くなろうとするのは恩知らずというものである。
3) でも、目標はどうしてもいる。

 この矛盾を無くし、悩みの無い人生を送るためにはどうしたら良いだろうか?

 毎日を目標の達成のために生きる人がいる。その典型が「大学受験生」である。大学の受験生はすべての生活を大学合格という目標に捧げる。まれには受験時代が充実している人もいるが、多くの学生は苦しむ。そして、この時代に勉強がイヤになる人も多い。

 人生で時に受験時代を過ごすことも悪くはないが、それは若いこと、一時期であることが条件である。長い人生を「目標のために生きる」と苦しい。

 人間は目標のためには生きることができない。人間に生きる力を与えてくれるのは、
1) 目標があるが、その目標が達成されるかどうかには関心が無いこと、
2) 自分のためではなく、愛する人のために生きること、
である。それしか生きる方法がない。

 私の目標は普通の人のような目標ではない。たとえば会社員の時には「社長になる」というのが目標ではなく、「この研究を成功させたい」というのが目標だった。研究が成功したらどうなるか、などとは考えなかった。

 大学の管理をしている時には「学長になる」という目標を立てても私はファイトが湧かなかった。学長の仕事は意外に単調なものである。「工学教育を良くしたい」とか「この大学を良い大学にしたい」というのが私の目標だった。

 学長補佐をしていたある時だった。毎日、夜遅くまで学長室で大学の仕事をしていた。そうしたら私と親しい事務の人が「先生、学長を目指して頑張ってください」と励ましてくれた。私は「ありがとう」とは言ったものの、私が夜遅くまで大学で仕事をしている目標が、「その大学を良くすること」とは言えなかった。他人が聞いたら歯が浮くような目標で、それは胸の内にしまっておくものだからである。

 でも、私の人生が順調だったのは、目標が普通の人と違ったからではないかと思う。
学生時代は一番になりたいとは思わず、勉強ができるようになりたいというのが目標だった。
会社時代は社長になりたいとは思わず、仕事を成功させたいというのが目標だった。
大学時代は学長になりたいとは思わず、教育を改善したいというのが目標だった。

 中学校や高等学校で先生が生徒に夢や目標を書かせる。
東大に行く、社長になる、お金持ちになる・・・それはみんな「他人との関係」で「勝つ」ことを要求する。でも、自分の目標に他人との関係が入ると挫折し、暗く、そして苦しい。

 勉強ができるようになりたい、仕事を成功させたい、お金を節約し家族に安心を与えたい・・・それは自分自身で完結し、自分だけでできる。だからストレスは無いし、一度、失敗しても気にする必要も無い。

 勉強をすれば必ず少しはできるようになる、仕事は時に失敗するが何度か挑戦していればやがて成功する、お金を儲けることができなくても精一杯働き節約することはできる・・・何でも自分だけでできる目標である。

 それに、一緒に暮らしてくれる世の中の人を押しのけないから、それほどは恨まれない。そして、結果的に勉強ができるようになり、仕事が上手くいけば地位が上がり、人より上に立つかも知れない。でもそれは「結果的にそうなった」ということであり、それを目的にしていない。このところは非常に大切だ。

 私はこれを「お布施主義」ということもあるし、「日々主義」と呼ぶこともある。

 お坊さんは檀家に呼ばれると出向いて一所懸命にお経を読む。読み終わってお茶が入り、檀家の人としばらくお話をする。そして帰る段になるとお布施が包まれる。少ない時もあるし多い時もあるけれど、それはお経を読む時にはわからない。いつも一所懸命お経を読み、結果としていただくものである。

 人間は目標がなければ生きていけない。でも目標を達成することに意味があるのではなく、目標を置くことによって日々、充実して生きることができるのである。だから、それが逆転して「目標のために日々が苦しくなる」というのでは意味が無い。

 人間はやがて死ぬ。だから最終目標は死ぬことと言っても過言ではない。でも、同時に自分の人生はかけがえのないものである。その人生を充実して送るためには、
1) 他人と関係の無い目標を立てる。できれば他人を助ける目標が良い。
2) 目標は毎日のためにある。目標のために毎日を過ごさない。
以上のことを決めれば人生はずっと楽しくなるだろう。

 自分で決めることができず「向こうから来るもの」を目標にしてはいけない。自分ができることに力を注ぎ、向こうから来るものは気にしない。試験を受ける時、勉強は一所懸命やるけれど、点数は気にしない、あるいはお店を大きくしようとするのではなく、毎日お客さんに喜んでもらおうという目標を立てると良いということだ。

おわり