物価の話も6回目になり、だんだん佳境に入ってきました。普通、政府などが発表する「消費者物価指数」は単純な商品の値段の変化で、だいたい1年に4.3%ずつ上がります。経済学ではさらに設備投資や公共投資なども含めた経済全体の物価に「GDPデフレーター」という難しい名前が使われてます。

 もともと学問は国民の為にあるのですから、わかりやすい名前を使えば良いのですが、昔から専門の力を儲けに結びつけるために素人にはできるだけわかりにくい用語を使うというのが一つの手法になっています。これもその一例です。

 ともかく、消費者物価が1年に4.3%ずつ上がっていくということを、少し生活の実感でわかる数字に直しますと、10年で1.5倍、40年で5倍程度ということです。

 だから、現在のようにほとんど利子の付かない銀行に預金しておくと、今の100万円は10年後に67万円の価値しかなくなり、40年後にはたった20万円の価値にまで減少するということです。

 しかし、商品というのは人間を相手にしています。そして人間の「幸福感」というのは「周囲との比較」で決まります。みんなが木造の長屋で八畳間に家族全員という生活が標準なら人間はそれでも幸福ですが、現在のように3LDKに住み、クーラー、自動車も持っているというのが標準になると、木造の長屋で井戸の水を汲むのでは、みじめになります。

 つまり、もし物価の上がり方を人間の為に示すものなら、平均的な生活レベルの向上も含めておかなければなりません。これを私は「血の通った物価」と呼びます。前々回に示しましたように、生活レベルの向上を小学校の先生の初任給という尺度で見ますと、1年に3.3%上がることが分かります。

 「血の通っていない物価」は一年に4.3%で上がり、生活レベルの方が1年間に3.3%ずつ上がるのですから、合計して一年に7.6%ずつ上がっていくと考えた方が良いのです。

 ということは、ほとんど利子の付かない銀行にお金を預けておくと、今年の100万円は10年後には50万円になり、40年後には6万円の価値になるということを意味しています。私は常々、「銀行の利子では足りない」と言ってきました。真面目な方が一所懸命、預金されているのを見て、何となく心配になったからです。

 せっかく、一所懸命、銀行にお金を預けて老後に備えても、100万円が6万円に、1000万円が60万円になってしまいますから、そのことをしっかりと頭に入れておいた方が良いと思うからです。

 ところで、若い人にはもう一つ、考えておかなければならないことがあります。それは「人間は歳を取り、それと共に生活が変わる」ということです。若いうちは夢もあるし、貧乏生活に耐えて将来の楽しみに備えるということができます。生命力もその支えとなっているでしょう。

 その人も30歳を超えて結婚し子供ができるようになると、まさか三畳一間で生きていくわけにはいきません。それなりの収入がないとみじめになります。また50歳にもなると子供が大学に入ったりするので学費もかかり、かなり大きな出費になります。つまり、現代の日本人は時間が経つと共にお金が必要になるということを意味しています。

 つまり日本では平均的な賃金が年齢と共に上がり、生活の質を保つような仕組みになっています。それを厚生労働省が「賃金構造基本統計調査」として2000年に発表していますので参考にしてみたいと思います。

 2000年の日本人の現金給与は20歳の時に20万円程度、50歳になると50万円ということですから、1年に一万円ずつ上がっている事になります。厳密にデータを取ると年率に直しておおよそ1年に2.3%ずつ上昇しています。単純な物価が4.3%、生活レベルが3.3%、そして年齢が2.3%の上昇ですから、合計すると9.9%、つまりほぼ10%になります。

 もし、Aさんが「人並みの生活」を望んで、若いうちから節約して銀行に預金したとし、Bさんは毎月、もらう給料を遊びに使ってしまうとします。誰でもAさんの方が「偉い」と思うでしょうが、現代の日本では「偉い」はずのAさんの方が「損」をするように出来ているのです。

 Aさんが毎年、100万円ずつ貯金して40年。それまでの蓄えを使って悠々とした老後を送ろうと楽しみにしていたとします。ところが自分が20歳の頃にやっとの思いで貯金した100万円は「2万円の価値」になってしまいます。それなら若い頃、100万円を使ってしまえば良かったと悔やむのではないか、と私は心配するのです。

 もちろん、だからといって私が浪費を勧めているわけではありません。やはり貯金をしておかないと自分が歳取った時に困ることになります。でも、「お金」、「現代の日本」、そして私たちの「生活と人生」は、まったくバラバラになっているので、このことを指摘して、自分の身を守るようにして欲しいと思います。

 社会制度が進歩し、自由に事業をする人に有利にお金が配られることによって最初の4.3%が決まります。また技術革新が進み、生活レベルが急激に上がるから2番目の3.3%が決定されます。そして年功序列型給与の中で徐々に生活が良くなる方が良いと日本人が考えるので最後の2.3%となります。

 それぞれそれほど悪いとは言えません。最初の4.3%があるからこそ日本社会は改善されて国際的な競争力を持っているし、もちろん技術革新も同じです。だから2番目の3.3%も我々は受け入れているのです。

 すなわち、社会が良くなり、技術が進み、歳と共に楽な生活になる、という我々の社会は同時に「お金を貯めておくと失う」ということにもつながっているのです。どちらを選択するかは日本人自身が決めることであり、そのためには正確な情報を国民に伝えて国民が選択するというのが正しい方法でしょう。

 また個人的には、社会が良くなったり技術が進んだりすることを止めることはできませんから、それを前提にして自分の財産をどのように守るかということをじっくり考える必要があるのです。

つづく