今から100年ほど前、ライト兄弟が初めての飛行に成功した時は軽い機体にプロペラをつけて地上すれすれに飛んだものです。それを見た人たちは空を飛ぶ姿にびっくりしたかもしれませんが、なんとなく感覚的には理解できたでしょう。

 でも人間が最初から、ジャンボジェット機がゴーゴーと音をたてて空を飛ぶのを見たら本当にびっくりすると思います。なんであんなに重たいものが空を飛べるのかと不思議に思うに違いありません。しかも、鳥のように羽をばたばたさせているわけでもなく、プロペラが回っているわけでもないのに飛んでいくのです。

 飛行機ばかりでなく、科学的なことというのはなかなか庶民感覚でわかるものではありません。携帯電話やテレビ、パソコンなども同じかもしれません。私たちは今、科学が創り出した不思議なものに囲まれて生活をしています。

 それでも、長く使っていると不思議なものも当たり前のように感じられます。どこにいても話したい人と話せたり、画面に地球の反対側の景色が出てくるのは不思議といえば不思議なことです。

 これと同じように、環境で問題になっていることも「庶民感覚」では理解ができないことが多いのです。しかし、環境というのはなんとなくわかりやすいので庶民感覚で理解できると思うところに難しさがあります。

 その典型的なものがリサイクルでしょう。庶民感覚で見れば一回使ったペットボトルはまだ新品同様に見えるので何回でも使えると思います。ペットボトルはリサイクルできないといくら聞いても理解するのは難しいのです。

 エントロピー増大の原理と言ってもいいし、分離作業量の原理と言ってもいいのですが、社会に薄く散らばったペットボトルは散らばった時点で資源では無くなっています。しかし、一般的な人が良く理解するのは難しいでしょう。

 そこで私が説明する時には、「中東から運んできた油が東京湾で少しずつ漏れたために東京湾がいつも油で汚れているといっても、そこから油を回収することはできない。それとペットボトルを集めることは同じだ」と説明をします。

 でも、東京湾に浮いている油と、1回使ったペットボトルではずいぶん様子が違いますので、やはりあまり理解してもらえない感じです。

 スーパーのレジ袋の問題などはもっとひどい話で、もともと石油製品というのはそれほど自由に何でも作れるわけではありませんから、「余りもの」となる材料が存在します。しかし、なんとか技術を工夫して「せめてスーパーの袋に使って貰いたい」ということで作っているのがレジ袋です。だから、「石油製品の余りもの」をできるだけスーパーのレジ袋に使うのが石油を節約する最も良い方法なのです。

 でもそんな簡単な話もなかなか日本の社会では通用しません。それは石油の成分がどういうものなのか、石油からプラスチックがどうしてできているか、を知らないと判断ができないからです。

 ここでやっかいな問題があります。

 現代の社会はとても複雑なので、なかなか庶民感覚で理解するということが難しくなってきています。だから専門家がしっかりしなければいけないのですが、その専門家が自分の利害のために発言するのが問題です。

 もっとも、専門家が信用できなくなったのは80年も前のことだと言われますから、今更、仕方がないかも知れませんが、環境問題で専門家が不正確なことを言っている例が多すぎるのです。時には私も専門家でない人に罵倒されることがあります。

 私は、環境問題の多くは非常に難しい科学的なことなので、よほど自分に知識がある場合を除いてあまり自分で判断しない方が良いと思います。庶民感覚とか市民として言うのも大切ですが、時として非常に危ないものです。

 問題は聞く相手の専門家がしっかりしているかどうかをよく見極めることが、庶民としては大切なことになります。最近、関西テレビでいかがわしい捏造番組がありましたが、もともと「何を食べたら良い」とか、「どこの水が良い」というようなほとんど科学的には意味の無いことに右往左往するということ自体が問題を複雑にしているように思います。

 庶民感覚ではわからないから、専門的知識に聞くのが良いと言うと、現在の日本社会では非難されることがあります。あなたは庶民を馬鹿にするのか、専門家も悪いことをしているのではないかということになるのです。

 普通の人が高度な科学の知識を知らないということと、庶民を馬鹿にするということは全く違いますし、専門家の中にも悪い人がいます。だからといって専門的な知識が必要無いということではありません。

 高度に発達した工業社会に住む人としては、科学的に正しい判断を求めることが大切だと私は考えています。リサイクルを中心とした科学的なことに、ずいぶん一般市民が活躍しました。その中にはあまり知識が無いと思われる人も多くいました。その人達は、「生活」はよくご存知ですが、科学的には明らかに間違っているということもずいぶん多かったものですが、残念に思います。日本の将来に関する大事なことですから、良く考えて貰いたいものです。

 そして我々専門家は、どんなに社会から非難されようと、何かの発言で損をしようと、常に自分が専門とする学問や科学に対して、忠実であるという覚悟が求められると思います。

おわり